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024 私の知らない場所で何かあった?

 本来、全世界を対象とした記憶操作などうまくゆくはずはない。

 とある一人の人間に関わった事のある、すべての人間の記憶を操作するなど出来るはずがない。

 そう、完全なんてこの世の中には存在しないのだ。

 だからこそ完全ではなかった。この魔法は完全ではなかった。


【記憶しているけど思い出せない】


 天使のかけた魔法はそういう魔法だった。

 桜に関する記憶を深い深い奥底へと送り込んだ。

 とある日常の些細な出来事レベルにまで重要性を落とした。

 人間はたったそれだけでも思い出せなくなる。


 皆さんはどうだろうか? 昨日の記憶ですら完全ではないのではないだろうか?


 昨日すれ違った人間すべてを覚えてますか?

 昨日食べた食事を完璧に把握していますか?


 ただ、それでも万が一はある。

 人間はふとした瞬間に物事を思い出す事がある。

 だからこそ天使はふたつの魔法は完璧にしようとした。


 ひとつは桜という人間へ対する記憶の改変。

 改変といっても、桜が元から女だと植え付ける事だけ。

 だけどそうすれば、例え万が記憶が戻ったとしても、桜はただの男らしい女で終わる。

 そう、桜の事を思い出しても男だったと認識できなければ問題は大きくならない。


 そして、もうひとつの魔法は物理的な桜に関わるものの消去(表面的なものを含む)だ。

 それは中学校の卒業アルバムだったり、写真(桜だけ写っていない)だったり、そういう桜が男ったと判断が出来るものをこの世の中から消す作業だ。

 だが、先にも言ったがそれも完璧はない。

 流石の天使の魔法であっても全世界すべての文章や写真をうまく改竄するなんてできない。

 だからピンポイントに消失させた。桜が写った写真。桜が書いた文章。桜が男だとわかるもの。桜の痕跡を消した。


 不特定多数の人物が使ったようなものや、そのものから男だとは判断できないものは消失はさせなかった。

 桜が使っていた鉄棒だって残っているし、歯ブラシなんかもなくなってはいない。

 だからこそ未來のハンカチも残っていたのだ。


 先に語った万が一に思い出す事がある。

 未來はそんな万が一の奇跡を起こした。

 未來は奇跡的に桜の記憶を思い出した。深い深い場所にあった桜の記憶を思い出した。

 だが、桜が男だという事だけは思い出せなかった。

 それは万が一のない完璧なる改竄の魔法だったから。

 だけど、その完璧な魔法で消した記憶は実は記憶の奥にあった。

 とても頑丈な鍵の掛かった引き出しにしまってあるのだ。

 そう、未來の記憶の奥底にも男だった桜の記憶は存在しているはずだ。

 思い出せそうで思い出せない。

 引き出しは頑丈で開けられない。

 だからこそ未來はあやふやな自分の記憶になり混乱をしたのだ。


 最後に、今回の作戦の最大のポイントの話をしよう。

 いや、今回の最大の失敗の話になるかもしれない。


 それは桜にかけようとした記憶操作が失敗してしまったという事だ。

 正確に言えば失敗したと言うよりも、桜によって魔法媒介が破壊された事により、操作した記憶の魔法がうまく固定が出来なかったという事。

 これにより、桜は自分が男だった記憶の部分を取り戻してしまった。

 しかし、それはあくまでも自分が男だったという記憶だけであり、塗り替えられた女性らしい口調や行動の基本などは変わらなかった。

 そしてそんなあやふやな記憶を思い出した桜も未來と同じく混乱してしまう。


 そして数日が過ぎた。


「行幸、大丈夫か? 鏡に向かって独り言病か?」

「!? シャ、シャルテ!」


 茨木家の洗面室で鏡に向かっていた行幸。

 誰も入ってこないだろうと思ったら、思いっきりシャルテが入ってきた。


「なかなか戻ってこないから心配で見にきたんだけど……」

「い、いや、見に来たって言うけど、俺はトイレに行くって言ったよな?」

「そうだったっけ? でも洗面から行幸の声が聞こえたし、だったらここに入るのが普通だろ?」

「いやいや……」(おかしい、口に出してないのに! 何で俺の考えがわかるんだよ? まさかリリアか?)


 すぐに洗面室から飛び出す。すると逃げる人影が見えた。翼が見えた。

 さっきのは間違いなくリリアが絡んでいた。

 くっそ! リリアめ! チートで人の思考を読みやがって! あと、心の語りは独り言じゃないからな!


「で、行幸は何してたんだよ?」

「あれだ、読者の皆さんに俺がお前らに聞いた事を説明していたんだ」

「読者? どこに読者がいる? って、読者ってなんだ?」


 はっ!? そうだ! 自分が語り部とか決して口外しちゃダメなのか?

 そうだよな? 語り部は語り部なんだ! 俺、KYだった。

 ここはごまかすべきなのか? でもどうやってだ?


「……い、いや! あれだ! 諸般の事情があってだな、俺はええと、そう、心の演説だ! そういうのを練習してたんだ! そのうちあるPTAの発表会のやつを練習してたんだ!」


 どうだ! 改心の言い訳だ!


「でも、心で思ってても伝わらないだろ? 普通の人間相手にはさ」

「やめようよ! もうメタ発言だよそれ!」

「メタル? 金属かそれ?」

「……シャルテ」

「何だよ?」

「さ……」

「さ?」

「察しろよ! そして俺をいじめるなーーー!」


 と、下らないやりとりはさておき、結果的に桜は中途半端に記憶を取り戻していたらしい。

 そしてなぜかちょっと頬が桃色な彼女。シャルテさん。


「だ、だってさ、……好きな相手ほど苛めたくなるってことわざがあるし……」

「ない! そんなことわざはない!」


 そしてシャルテはほっておいて話を戻すと、桜は記憶を取り戻そうと動いているらしい。リリアがそう言っていた。


「ぼ、僕はツンドラだ!」

「ツンデレだろうが! って自分でツンデレ言うな!」

「み、行幸のくせに生意気だっ!」

「だってさ、今更だけどさ、シャルテは俺がまだ好きなのか? ほんとに」


 シャルテの顔が桃色から真っ赤になった。いや、そこまで反応するか?


「ぼ、僕が結婚して子供まで生んだお前を好きとか……ある…ある…あるはず」

「ないよな? 普通にないよな?」

「……いや、僕は恋愛の天使だぞ!」

「いや、堕天使だよな?」

「そ、それを言うなよ!」

「だって突っ込みどころ満載だしな」


 するとシャルテが俺の頬を固定した。まさかキスする気じゃないよな?


「おい行幸!」

「な、なんだよ? 離せよ!」


 顔が近い! で、でもやっぱお前ってかわいいな。


「行幸はわかってるんだろ?」

「何をだよ!」

「ぼ、僕が……堕天使のままなのはなぜかって……事だ……」

「あっ……」


 そう、シャルテが堕天した理由は人間に恋をしたからだった。

 そして今もシャルテは堕天している。と言う事は?


「なんで僕がお前なんかをこんなにずっと想ってなきゃいけないんだよ……」


 そうだ、シャルテは今でも俺に恋をしているんだ。


 ……


 ……


 なんか申し訳ない……シャルテにこんな想いをさせてしまって……


 ……って何か違うよな? 何かおかしいよな?


 あれ? 俺ってさっきまで何の話をしてたっけ?


 そうだ! 俺はいま娘の説明をしてて、結構なシリアル場面だったんだ。


「行幸? 聞いてるのか?」

「ちょ、ちょっと待て! いまちょっと重要な部分なんだよ」


 ええと、続きだよな?

 だ、だけど……いくら桜が頑張っても周囲の人間の記憶はもう戻らない。

 これでよかったっけ? って誰に聞いてるんだ?


「重要って何が?」

「だからちょっと待てって」


 語り部中に話しかけられてるのって、数多くある小説でも俺くらいじゃないのか?

 しかし俺はくじけない! かつての主人公をなめるな! よし、続けるぞ?


 ええと、どんなに頑張っても、桜を男だって覚えている人間はもういない。

 いや、もう桜を思い出せる人間はもういないんだ。なぜなら……


【魔法は完全に安定期に入った】


 リリアがさっき俺のそう教えてくれた。

 もう天使のかけた魔法は完全に固定化されたのだ。


「待ってって? ほんとに何してるんだ?」


 ……桜。


「なぁシャルテ……」

「な、なんだよ?」

「これでいいのかな?」

「……え? これでって」

「桜のことだよ……」


 シャルテは唇を噛んだ。


「なぁ、桜って幸せになれるのかな?」


 俺の質問にぴくんと反応したシャルテはぐっと顔を上げる。そして言い切った。


「大丈夫だ! 安心しろ! 僕が絶対に桜を幸せにしてやるから!」


 シャルテの笑顔を見て少し気持ちが楽になった。だけどやっぱり心に何かが引っかかる。

 俺のやった事は間違ってなかったか。

 桜の記憶まで操作して本当に桜は幸せになれるのか。


「……なぁシャルテ」

「今度は何だよ?」


 俺は男だった時の記憶がある。それに女で生きてゆくって決め時だって世界の記憶だって改竄されていない。


「相談にのってくれるか?」

「えっ? し、仕方ないな……相談にのってやるよ」


 もしかして、俺たちは桜の事を思っているつもりで余計な事をしてしまったんじゃないのか?


「ありがとう。あのさ、やっぱり俺……」

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