022 私の過去を追って
朝から未來の態度が明らかに変だった。
なんていうか、昨日の件のせいなのか女友達的な態度じゃなくなった気がする。
ちょっと距離が出来たと言うか……
「さ、桜……おはよ」
「おはよう未來」
「あ、あのね……あれから家に帰ってからなんか色々と思い出したんだ」
苦笑する未來。
「そうなの?」
「だから……お昼休みに時間あるかな?」
「あ、うん、いいけど」
「じゃあ、また昼休みに……」
午前中、未來はそれ以上は話してくれなかった。
そして昼休みになった。
もう教室にいなくなっていた未来。
私が急いで約束の屋上へと上がると、そこにはすでに未來の姿があった。
手には二つのおべんとう。
「桜、今日もつくって来たよ」
「うん、ありがとう」
ベンチに二人で腰掛けてから弁当を広げる。
あい変わらず綺麗にまとまったお弁当だ。女子力半端ないね、これ。
「でさ、美香ったら彼氏とデートしてさ……」
私に話があったはずの未來。だけど下らない話をしているだけで本題に入らない。
結局はそまま時間は過ぎていった。
だんだんと気になって仕方なくなってしまう私。
そして、ついに私から聞いてしまった。
「未來、朝に言ってたやつ、私に話って何なのかな?」
未來は弁当を握りしめながら緊張した表情を浮かべた。
いや、屋上に来てからずっと緊張していたよね。
「そ、そうだね……呼んだの私だよね」
「うん……でも話ずらかったらいいよ?」
一応は空気を読んで対応をしてみた。気まずくなるのも嫌だし。
「だ、大丈夫。うん、大丈夫だよ」
「……そっか、うん……じゃあ聞く」
ここまで聞こえてくるくらいの深呼吸。
未來は覚悟を決めたのか話を始めた。
「さ、桜ってさ……」
「うん」
「一学期からこの学校にいたっけ?」
「えっ?」
私は記憶を思い出す。自分の事を思い出す。
記憶の断片断片に浮かぶ制服。昨日気になった女子の制服。そして自分の制服を見比べた。
「ち、違う……制服が違う……私、この学校の生徒じゃなかった!」
「だよね? だって、私は桜と別の学校に行ったはずだって思い出したんだよね」
未來の言葉に体が緊張する。なぜなら、私にその記憶はなかったから。
私はすっかりこの学校に最初から通っていたと思い込んでいた。
「わ、私……気がついてなかったよ……ううん、違う……気にしてなかった」
夏休みの記憶とか、最近の記憶は思い出せていたのに、なんでこんな事に気がつかないの? なんで気にしないの?
言われて思い出せば、私の知っている制服はこの制服じゃない。
「昨日ね、家に戻ってから桜に関する資料を探してみたの。そしたらね、幼馴染なのに一緒に写った写真もないし、卒業アルバムにも載ってなかった。こんなのおかしすぎるよね」
「わ、私も卒業アルバムは見た! 写真もなかったよ!」
「それで色々と部屋を漁っていたら出てきたのが今のクラス名簿だったの。でも、そこには桜の名前はなかった。今は同じクラスなのに」
「そ、そうっか……」
「だから、桜は一学期までは別の高校に行っていたはず」
それは間違いないと思う。私はきっと一学期までは別の高校に通っていた。思い出したあの制服の高校に。
たぶん、学校名はきっと調べればすぐにわかるだろう。
誰が今回の黒幕がわからないけど、まさか高校まで消すなんてないだろうし。
でも何で? 何で黒幕は高校まで変えたの?
「ありがとう未來、貴重な情報だよ」
「う、うん……桜のやくに立てて嬉しい……」
ポッと、まるで恋する乙女のごとく未來が照れた。
おかしい、この情報を伝えて照れる要素なんて皆無なのに。
「未來? どうしたの?」
「え、えっと……もう一つ情報があってさ」
「まだあるの?」
「うん……」
そう言って未來が取り出したのはハンカチだった。
「それって昔はやった戦隊ものだよね?」
「うん……」
「で、何でそれを未來が持ってるの?」
「ええと……これは……」
ゆっくりと未來がハンカチを開いた。そのハンカチにはしっかりと名前が書いてある。
私はそのハンカチにある名前を見て驚愕した。
【いばらき さくら】
そう、私の名前が書いてあった。
「それって私の?」
「う、うん」
「どうして未來が持ってるの?」
「お、覚えてない?」
なんだろう? 未來との記憶は結構思い出しているけど、そのハンカチの記憶は思い出せない。
たぶんだけど、男だった時の私が覚えていた記憶しか思い出せてないんだと思う。
人間なんて起こった全部の記憶を覚えてるはずないしね。
だけど、未來の態度からすごく私と未來に絡む重要アイテムだって事はわかる。
「覚えてないかも……」
「そっか……じゃあ話してもいい? 恥ずかしい思い出をさ」
「う、うん」
未來は弁当を食べながらゆっくりと話を始めた。
「小学校四年の夏休みに、私は桜の家族と一緒にキャンプに行ったの」
……行ったかな?
「そして、そこはとても空気が澄んでいたところで、とても空も綺麗だった」
どこだろう? 場所。
「私ね、その頃から桜が大好きだったみたい……ずっと桜を目で追ってた記憶がある」
じゃあ……未來はすごく前から私が好きだった?
「だから私はハッキリと思い出したんだと思う。昨日の料理の話もそう。私は好きな人の記憶をいっぱい思い出したよ」
私は夏休みより前の記憶はあまり思い出してない。
未來と行ったキャンプもなんとなく言ったような記憶しかない。
これは想いの違いなんだよね。私はきっとこの頃は未来をそんなに好きじゃなかったのかな。別の人を好きだったのかな?
「そのキャンプの夜、何があったと思う? 桜は思い出せる?」
「ううん……なんとなくキャンプに行ったのは思い出したけど」
「そっか……でも、私にとっては重要な重大な出来事だったんだよ?」
私は未來の表情にドキッとした。
笑顔の未來の表情が本当に恋する乙女だったからだ。
未來はそのまま空を見上げた。
ふわふわと秋風になびく短めの髪。揺れる制服。
男っぽい中にも女性らしい可愛さを感じてしまう。
「あの夜、桜と一緒に星空を見た……」
「澄んだ空にはいっぱい星が浮かんでいた」
「私は星に興味はなかったけど、それでも桜と見た星空はとっても綺麗だった記憶がある」
「そんな星空を見ながら私は桜といっぱい話をした」
「話の内容は覚えてないけどね?」
「それでも楽しかったって覚えてる」
「そして、私は……」
桜が私を優しく見詰めた。思わず心臓が跳ねる。
「……桜に告白した」
「えっ!?」
未來から告白されたのは今年の夏休みの記憶しかない。
えっ? 嘘? 前に私は告白されてたの?
「私は将来、桜のお嫁さんになりたいって……言ったんだ」
笑顔で言い切った未來。
だけど突っ込み要素がありすぎる。
「いや、それって告白っていうよりプロポーズだからっ!」
「だよねぇ~」
なんだか顔がだんだんと熱くなってきた。
こんな重大な事をなんで私は思い出せないんだろう?
「桜、顔が真っ赤だよ?」
「そ、そりゃそんな話を聞いたら赤くなるよ!」
「へぇ……じゃあ桜は私が好きって事なの?」
「な、なんでそうなるの?」
「いいよ? 別に桜が答えなくっても私は言うからさ」
「な、何を?」
すーっと近寄る未來の顔。そして、私の頬にちゅっと未來がキスをした。
「み、未來!」
「私は桜が好き……大好きだよ」
私の両手から、両足から、顔、額、背中、おなか、胸の谷間、あらゆる場所から汗が吹き出た。
すべての部分が熱くなり、そして湯気が出そうに頭に血がのぼった。
「私の記憶の中ではずっと桜は女の子のまま。だけど、私は桜をこんなに好きだったんだって思い出した。うん、私は桜のお嫁さんになりたかった。だけど私は勇気がなくってダメな女の子だから……うん、だからこんな状況になるまで言えなかったみたい!」
満面の笑みの未來の瞳が潤んでいた。
「このハンカチは桜から貰ったの。桜にプロポーズした後に桜は言ってくれた」
「な、なんて言ったの?」
これもまったく記憶にない。
「もしも、十八歳になってもお互いに恋人がいなかったら、その時は彼女にしてやるって……」
「な、なにそれの台詞! 私、何を言っちゃってるの?」
どんだけ上からトークしてるの私!?
「だよね~」
「で……未來は?」
「うん! 私はちゃんと彼氏はつくらなかったよ?」
ここで未來がいきなり悲しげな表情になった。
「だけど……もう少しで桜が十八歳って時に……桜に恋人が出来たんだよね」
「えっ!?」
私に恋人? 嘘だ……そんなの思い出せない。
「だから私は決めた。笑顔で二人を見守ろうって決めたんだ……」
な、なんて良い子なの!? 未來、あなたすごすぎるよ!
私はそんな約束なんて覚えてなくって彼女を作ったんだよね?
なのに文句も言わなかったの?
でも、私にはその恋人の記憶がない。
断片的に思い出せる別の高校の女子がもしかすると恋人だったのかもしれない。
だけど思い出せない。名前も浮かんでこない。
「嵐丘高校の鈴木百合香さん……それが桜の恋人だった人の名前」
「!?」
「うん、やっぱり桜は男の子だったんだね? 女の子の記憶しかないけど、もうこれで女の子だったとか言えないよね?」
鈴木百合香……名前を言われても思い出せない。
何で? 何で未來との記憶は取り戻せたのにその人の記憶は思い出せないんだ?
記憶を思い出す方法とかあるのかな?
「どうする桜? 逢いに行く? 一緒に行ってもいいよ?」
もしかすると、その女子に逢えば私の記憶がまた戻るかもしれない。
その可能性は大きいし、それに私がわざわざ高校を変えさせられた原因もわかるかもしれない。
どうする? どうすりゃいいのかな?
「桜、【悩むより産むが安し】って言うじゃん」
「いや、それは【案ずるより産むが易し】だよ?」
さっきまでシリアスな空気はどこへやら。
いきなり未來は真っ赤になって弁当を食べ始めたじゃないか。
「い、いいじゃん! 私はどうせ国語得意じゃないし! 国語よりも社会史得意だし! 第二次大戦の戦車とかいっぱい知ってるし! 榴弾最高!」
いや、それは世界史じゃないよね? あと、榴弾って何?
「と、とにかく行く? 行くの? 行くよね? 思い出したいんだよね?」
「未來?」
「じゃあ、この昼休みが終わったら早退するからね!」
「えっ!? 今日行くの?」
「だから産むが易しだよ!」
こうして私の有無を聞かずにいきなり未來は早退すると決めてしまった。
うん、人生で始めてのサボリです。
★☆★
鈴木百合香という女子が通う高校は昔の私の家から近い場所だった。
案外時間がかからずにその高校に到着したが、今は五時限の授業中なのか、体育の授業以外の生徒の姿は校庭にはない。
私と未來は校門で鈴木さんを待つ事にした。
顔はわかるの? と聞くとバッチリと答える未來。
未來はその鈴木さんを知っているみたいだ。
でも、私はボンヤリとしか思い出せない。
「どこで顔を覚えたの?」
「恋のライバルの顔くらい覚えてるよ」
うん、なんだかごめんなさい……
しかし、元恋人の記憶も未來のプロポーズもすっかり記憶から失念している私っていったい。
そしてしばらくして生徒の下校が始まった。
別の高校の生徒が珍しいのか、私と未來を横目に生徒たちは校門から出てゆく。
「居ないなぁ……」
「そうなの?」
そんな出てゆく生徒をしかめっ面で見ている未來さん。
少し怖がられている気もしなくない。
なんか生徒がみんなここから離れて歩いてない?
それからまた時間が経過。
二十分くらい経ってから未來がいきなり反応した。
「いた!」
そしていきなり駆け出す。
「ま、待って!」
私も懸命に追いかける。
すると、未來が一人のハイブリットボムの女子生徒を捕まえていた。
さてはて、あと何話で終わるのでしょう? だいぶん前に完成したのに再度書き直した私がここにいます!(本当は22話で終わりでした)




