021 私は思い出してしまった
あれ? 私ってどうなってたんだっけ?
さっきまで重大な出来事があった気がする。
だけど今は靄がかかったように記憶が霞んでいる。
「やっと気がついた……もうっ……何度も驚かせないでよ……馬鹿ぁ……」
気が付けば未來が鼻をすすりながら私の右手をギュッと握っていた。
「未來……私は……どうしたんだっけ?」
確かに私は気を失っていた。そして、何か夢のようなものを見ていた記憶がある。
だけどなんでだろう? 今はまた記憶から遠のいている。霞んででいる。
思い出せない。本当にすごく重要な事だったはずなのに。
それでもだんだんと何かが思い出しつつある。思い浮かびつつある。何かを。
「どうしたのこうしたもないよ! いきなり苦しみ出したかと思ったら、また気を失ったんじゃん!」
「そうなんだ?」
ハッキリしない。あと少しだと思うのに。
「なんで他人事!?」
「いや、うん、ごめん」
「まぁ、先生も原因はわかんないって言っていたけど、でも一時間も眠ってたんだからね?」
鼻と瞼が真っ赤になった未來。本気で心配したんだって伝わってくる。
そうだよね、今は自分の事よりも未來の事だよね。
「未來、ごめんね……」
「ほんとだよ……」
未來の瞳からひとしずくの涙が落ちた。そして、その涙が私の右手の甲に落ちた時だった。
ぶわっと脳内に何かが溢れ出す。それは先ほどまで靄がかかっていた記憶。
「こ、これって……」
「何? どうしたの? どこか痛いの?」
「違う……」
「じゃあどうしたのよ? 顔色また悪くなってるし」
私の脳内にはどんどんと未來との記憶が溢れてきていた。
そして、本当に走馬灯のように断片的に印象深い記憶が鮮明になってゆく。
「私……」
私は思い出した。そう、さっき見ていただろう夢を。
ううん、これは未來とあった本当の出来事だ。
それは今年の夏休みの出来事。
「桜? 具合が悪いならもう帰った方がいいよ」
「未來!」
私は体を起こし、そして未來の両肩をぐっと持った。
「な、何?」
目を腫らした未來の顔と、夏休みの夜の未來の泣き顔がリンクする。
「未來……私……」
「どうしたの? やっぱりどこか痛いの?」
「あぁぁ……うう……くぅ……嘘……こんなの嘘だよ!」
「どうしたのよ? 桜!? しっかりして! 救急車? 救急車呼ぶ!」
未來が私の手を放して携帯を取り出した。
「ええと、救急車って110番だっけ!?」
おどおどしながら未來が携帯を弄りだす。咄嗟に私は未來の手を掴んだ。
「大丈夫だよ……救急車はいらない」
「さ、桜?」
「あと、110番は警察だからね?」
私はかなりのショックを受けている。まさかの記憶に混乱している。
だけど混乱してる訳にはゆかない。ここで混乱しちゃだめだって思うから。
「つ、突っ込まないでよ!」
「いや、突っ込みどころまんてんだったし」
「桜のいけずーーー!」
「いけずーはないんじゃない?」
私が微笑むと未來も微笑んでくれた。
「もうっ……本当に驚かせないでよね」
未來が体を震わせながらぎゅっと私を抱いてくれた。
優しい女の子の匂いがする。未來の柔らかな部分が私を包む。
そう、私の幼馴染の女の子が私を抱いてくれているんだ。
「未來……私ってなんなんだろうね? 今の私って本当の私だと思う?」
私は思い出した記憶からついそんな質問をしてしまった。
「どうしたの? 桜は桜だよ! それ以外ないじゃん」
強張っていた頬肉が緩んだ。
そうだよね、うん、その通りだよ。
「桜、聞いて欲しい事があるんだ」
こうなったら思い出した記憶が現実なのかどうなのかを追求するしかない。
「なに? なんでも言って」
そう、未來になら話してもいいよね。
だって、記憶の中で未來は私に好きだって言ってくれたんだから。
そして、私も未來が好きだから。
「私って女だよね?」
「????????」
未來がなんともいえない表情になった。当たり前か。
「でも、私って夏休みまでは男だったみたいなの」
未來が固まった。無言で表情を引き攣らせて固まった。
「未來?」
「あ、えっと? どんだけ高度なボケなの? 突っ込めなかった」
「いや、ボケじゃないよ? 真面目にだよ?」
「な、何を言ってるの? 桜は前から女の子だよ!」
表情を見て確信した。未來は嘘を言っていない。
だけど、そうなるとこのハッキリした記憶の意味がわからなくなる。
そして、私は重大な事実に気がついた。
「未來」
「な、なに?」
「未來は私の中学校の時の制服姿を覚えてる?」
「えっ? あ……ええと……」
「小学校の時にどんな格好をしていたか覚えてる?」
「……あ、あれ?」
そう、私は女として過ごした記憶がない。
今こそ女子の制服を着ているけど、思い出した記憶の中での私はずっと男だったから。
「思い出せない?」
「い、いや、ど忘れかな?」
「じゃあ、私がどんな格好をしていたのか覚えてる?」
未來は懸命に思い出そうとする。額に汗をかきながら頭を悩ませる。
しかし、結果的に出たのは思い出せないという言葉だった。そして聞いた。
「もしかして男みたいな格好?」
「……ボ、ボーイッシュ?」
たぶん、未來の思い出した私の服装は男子の服装だったのかもしれない。
確信した訳じゃないけどこれでなんとなくだけどわかった。
まるでSFみたいな展開だけど、そうとしか考えられない。
結論はひとつ。
【私は男だった時期がある】
目を閉じで思い出す。さっき思い出した記憶を順番に。
ここで気がついた。私には確かに男だった時代の記憶が戻っている。
しかし、それはかなり断片的だった。そしてその断片的な記憶の中でも未來との記憶はかなりハッキリしていた。
だけどこれでも理解した。私は記憶喪失のように断片的な過去の記憶がないって事に。
もしかして私は誰かに記憶操作をされたの?
でも今年の夏の記憶ははっきりとしてる。
なんでか名前は思い出せないけど、だけど私は夏休みに色々な人と過ごしていた。そして私は男だった。
あと、一人の女性が関係があったような記憶も思い出した。
誰だろうこの人? 何でその人の名前を思い出せないんだろう?
もしかすると、本当に記憶を操作されたのかもしれない。
「桜、本当におかしいよ?」
「うん、おかしい」
「ちょっ! 大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも」
「だったらやっぱり病院に行った方がいいんじゃん?」
「行っても無駄だと思うからいいや」
「無駄!?」
そして、私は思い出した過去の記憶の一つから未來にある質問を投げかけた。
「未來、もしも私が男だったら、未來は私を好きになってくれた?」
未來は私との記憶がないかもしれない。
無駄な質問かもしれない。
でも、もしかしたら何かの切っ掛けで私が思い出した記憶を思い出してくれるかもしれない。
「な、なに?」
未來はびくんと反応してから息を飲んだ。
「だから、私が男だったら未來は私に告白してくれる程好きになった?」
「い、いきなりなに? どうしたの?」
「いいから答えて」
「だ、だから桜は女の子だし、そういうのってないでしょ?」
やっぱりすぐには私を男だとは認識してくれない。
「思い出して! 私は夏休みに未來に告白されたんだよ!」
「えっ!?」
「だから、私は夏休みまで男だったの!」
私は言い切った。きっとおかしくなったと思われるかもしれない。
だけど私は言い切った。
「そ、そんなのありえない」
「うん。ありえない! でもあるの! 私は思い出したの! 私は男だった。でも、本当は女なの! それが発覚したから私は引越しをしたの!」
「う、嘘だよね? 冗談にも程があるよ? なんのジョーク?」
「冗談じゃないの!」
ぐっと未来に顔を寄せた。未來の息遣いがわかる程に寄せた。
なんとか想い出の引き金を引けないかと、ある台詞を言い放った。
「覚えてないかな……『男の桜が好きだった』 未來はそう言って私の前から……」
未來の頬が紅潮した。ピンク色に染まった頬が乙女に見える。
「わ……私は……ええと……あ、あれ? な、なにこれ? 嘘だよね!?」
頭を抱える未來。もしかして何かを思い出しているの?
「思い出して! 夏休みに私に告白したよね?」
「……こ、公園で?」
思い出したの?
少しドキドキしながら私はさらに顔を寄せる。
「そう! 公園で! 夜に!」
「な、なんか少しだけ思い出したかも……」
「ほんと!?」
「で、でもね? なんでだろう? 記憶の中で桜が男の子じゃないの……」
「えっ?」
「私、今年の夏休みに告白したのは……今の桜だよ」
う、嘘? なんで? なんでそんな記憶なの?
私の中では私は男なのに、なんで未來では私は男じゃないの?
「……私に? 今の私に告白したの?」
「……たぶん」
そんな……記憶が食い違ってる……じゃあ何? もしかして私のこの記憶が嘘の記憶なの?
もしかして私の記憶が混乱してるだけ? 一人でおかしくなってるの?
桜は意気消沈した表情で未來の両肩から手を離した。
「でも……そんなのおかしいよ……」
未來は深刻な表情で離れてゆく桜の肩を抱いた。
「私に百合属性はなから! 絶対に女の子なんて好きにならない! それに……」
次の言葉で意気消沈していた桜の心に一つの光が灯った。
「私はもしも桜が男だったらっ……わ、私は桜を絶対に彼氏にしたいって思った……はずだから……」
だんだんと小さくなる声。未來の照れ顔。
よほど恥ずかしかったのだろう。
そして、桜は未來の男だったら彼氏にしたいって言葉が心に響いていた。
「私の記憶の中だと、未來が告白したのは男の私なんだけどね」
その言葉にカーっと真っ赤なる未來。
「で、でも……私の中では桜は女の子だからっ!」
やっぱり私が女という記憶は覆らないみたいだ。
でも、だけど、未來は私に告白をした事を思い出してくれた。
やっぱり私の記憶は嘘じゃない。私はきっと男だったんだ。
だけど……うん……私は本当は女なんだよね……あはは……
女として生を受けて、私はお母さんのおなかの中で性転換をしていた。
そして私は男として生まれた。
あはは……これってどんだけSF展開なの?
ありえないよね? ほんっと二流映画だよこれ。
だけど私の記憶が正しければ事実だ。
私は女だけど、男だったんだ。
いいよね。記憶の中でも私は女だったってわかっていたんだし。
だから今の私が本当の私だったって事でいい。
だけど私が男として過ごしていたのも事実なんだ。
でも、せめてその確信が欲しい。
私が男として過ごした十八年の想い出をもう一度だけ想いだしたい。
こんな断片的な想いでなんてやだ。
「桜……私、へんな事を思い出しちゃったよ」
「えっ? なに?」
「わ、笑わない?」
「うん、笑わないよ」
未來はもじもじとしながら俯きながら話を始めた。
「わ、私って……桜にお弁当を食べてほしいから料理を覚えたみたいなの」
「えっ? な、なにそれ?」
衝撃の事実。私の記憶にもそれはない。
「ちゅ、中学校の時に……家庭科実習の時に……桜が料理が出来る女の子と結婚したいとか言ってたから……」
「ちょ、ちょっと待って! 私がそんな事を言ったの?」
「だよね? おかしいよね? 女の子の桜が言う台詞じゃないよね?」
未來は両手で口を押さえて首を振った。
「私がおかしいのかも! 私、もしかすると百合なのかも!」
「待って、おかしくない! それは私が元は男だったからでしょ? 要するに、未來は男だった私と……」
け、結婚したいって思ってたの!? 未來さん!?
「き、きっとあの頃の私は混乱魔法でおかしくなってたんだよぉぉ!」
顔はベッドに押し付けて悶える未來。
「この世に魔法はないから! 未來はおかしくないから!」
「ほんと?」
「ほんとだよ! だから、私は男だったの! それが未來の記憶上は女になってるの! 理由はわかんないけどさ……だけどさっきの台詞だと私が女だって事はないよね?」
「う、うん……」
未來は顔を上げた。じっと私を見た。
目と目が合う。通じ合うわけじゃないけど……
そして未來は小さくため息をついた。
そして私の瞳をじっと見る。
「桜……」
「な、なに?」
「桜は何で女の子なの?」
まるで恋する乙女のような優しく、そして悲しそうな表情で未來は桜に問うのだった。




