019 私はふつうの女の子になり……あれ?
「おっはよー」
鞄を机の上に置いた時によく知る声に振り向く。
そこには朝から元気のよい幼馴染の未來の姿があった。
「おはよう、未來」
「おはよ、桜!」
「今日もギリギリだね」
「あはは……昨日も夜遅くまでゲームしてたからね」
「何? まだあの戦車のゲームやってるの?」
「やってるよ? 面白いじゃん。桜もやればいいのに」
「えー? 私はいいや。ああいうの苦手だし。だけど、なんで未來ってあのゲームやり始めたの?」
「えっと? あれ? なんでだっけ?」
「何? わかんないの? 自分の事なのに」
「……あれ? ええと……」
「いいよ、別に気にしてないし」
未來は眉間にシワを寄せて唸っていた。
どうやら本当にわからないみたいだ。
そして授業が始まり、周囲の女の子が集まって女子トーク。
「でさ、私の彼って夏休みに泊まろうとか言うんだよ?」
「えー? で、どうしたの? 泊まった?」
「泊まるはずないじゃん。泊まりなんて親が許さないもん」
私がやってるエッチなゲームでは高校生がふつうにエッチしてる。
だけどリアルはそんな訳ない。あ、そうだった。エッチゲームって全員が18歳以上の設定だったんだ。
でも、あの幼児体系で18歳は無理あるよね。
脳裏に思い浮かべたのは某エロゲの幼女だった。
「で、桜って夏休みってどうしてたんだっけ?」
「わ、私? 私は……」
私は答えられなかった。
そう、私には夏休みの記憶が半分くらいなかったからだ。
横にいる未來の顔を見る。
ぼんやりだけど、未來には夏休み中に逢っていた気がする。
だけど、未來と何をしたのか、何で逢ったのか思い出せない。そして、未來すら覚えてない。
これって私の勘違いなのかな。
「何もしなかったの?」
「いや、うん、そうだね。何もしてないかな」
キンコンカーン
始業のチャイムがなった。
「あ、先生くるね!」
そして、蜘蛛の子を散らすように井戸端会議は終了。
昼休みになった。
チャイムが鳴り響くと同時に男子生徒が一斉に購買へとダッシュする。
「あいつら、昼ごはん先に買ってくればいいのにね」
未來はそんなセリフを吐きながら、次には私をお昼に誘ってきた。
「桜、昼、一緒に食べない?」
「ああ、うん。私は今日はパンが一個だけだから購買いこうかなって思ってるんだけど」
「そうなの? でも大丈夫だよ! 私さ、今日は桜のお弁当も作ってきたんだ!」
じゃじゃーん! と効果音を口から発生して、未來は弁当箱を2つ取り出した。
どうやら私の分も作ってきているみたいだ。
「このせいで今日は遅れたんだよ? ゲームじゃないよ?」
と言いつつもいつも遅いのは事実。
「でも悪いよ」
「えー? 食べてくれない方がもっと悪いんだけど?」
結果、未來の手作り弁当をもらう事になった。
でも、鞄の中にコンビニで買ったパンが入っているんだよね。
「パン、どうしよ?」
「いいじゃん、それはおやつで」
「そうだね」
でも、一応は鞄も一緒に持って行く事にした。
「ここでいっか」
「だね」
私たちは屋上に上がってからベンチに腰掛ける。
今日は運がよく屋上のベンチに空きがあった。
たった二つしかない屋上のベンチ。いつもは昼休み早々に屋上のベンチは埋まってしまうのに。
「じゃじゃーん!」
再び効果音。うん、ワンパターンだね未來って。
「わぁ!」
ワンパターンなんだけど、それでも弁当を見て驚いてしまった。
未來が弁当箱を開けると卵焼きに煮物にハンバーグなど、典型的なおかずがその存在を現したからだ。
入っているおかずは典型的なのに彩がきれいだ。
こんな弁当を作るとか私には無理です。
私の同じ女子なのにこの差は何だろう? って言うかさ、未來、あんた見た目よりも女子力高いとかどういう事!?
「そう言えばさ、こうして私のお弁当を食べてもらうのって初めてだよね」
「そうかな?」
そう言えば、未來が私にお弁当を作ってくれるのは初めてかも。
そして、私は誰かにお弁当を作った記憶はない。
それって、恋人という存在が私にはいないからかな? それとも女子力ないから?
「実は私ね、ずっと前から桜にお弁当をつくってあげたかったんだよね」
「えっ!? そうだったの?」
衝撃でもない事実である。うん、衝撃はない。
「だけどなんでかな? 今までできなかったみたいなの」
「でも、今日は作ってきてるじゃん」
「うん……そうなんだよね? 今日は思い立ったらそのまま実行できたの。なんでだろう? おっかしいなぁ……」
未來は苦笑しながら弁当のおかずを箸で取った。
「そう言えばさ、すっかり聞くの忘れてたんだけど。夏休みの途中からバイト来なくなったけど、何かあったの?」
「バイト?」
「うん、メイド喫茶のバイトだよ。覚えてないの?」
私がメイド喫茶でバイト?
がんばって思い出そうとするがまったく思い出せない。
「あれ? その顔って覚えてない感じ?」
「……うん」
「そ、そっか? だからさっきも夏休み何やったか答えてなかったんだ。私てっきり内緒にしてるだけかと思ってた」
「いや、本当に覚えてないんだけど……本当にそんなバイトしてたの?」
「してたよ。だって、バイト仲間に聞かれて私も思い出したんだもん」
「そっか……って、未來も忘れてた?」
「てへ」
でもなんで覚えてないんだろう? そんなバイト忘れるはずないのに。
でも、未來も忘れてたんだよね?
「まぁ、それはいいとしてさ……」
「あ、待って未來。ちょっといいかな?」
そしてこの後、私は今の自分の記憶が曖昧な件と、未來と夏休みに何をしていたのかを聞いてみた。
だけど、バイトの件と同じで、なぜだか未來も自分の行動をよく覚えていなかった。
夏休みに私とメイド喫茶でバイトしたって事くらいしか覚えていなかった。
おかしい。未來もだけど、夏休みの記憶が曖昧というよりは欠落しているみたいだよ。
原因はわからないけど、きっと何か要因はあるんだろう。
「桜、深刻な顔しないの! 大丈夫だよ。今こうして生きてるんだから」
「あは……まぁそうだけど」
なんというポジティブ思考なのさ。
ほんっと可愛くってやさしい未來に彼氏ができない理由がわからないよ!
「元気だして!」
「うん、そうだね」
結局は何の解決もせず、二人で屋上の踊り場へと入ったのだが。
「注意して、そこ危ないよ」
と言われたのにガツンとドアに鞄をぶつけてしまう。
拍子に鞄が手から落ちて床に落下。中身が踊り場に散乱した。
その中にはあの壊れた時計もある。
「何やってんのよ桜」
「ごめん!」
そして、慌てて壊れた時計に手を伸ばした時だった。
階段ぎりぎりにあった時計が指に触れたら時計が転がって落ちてしまった。
再度慌てて手を伸ばして追いかけようとした私だったが、同時に手を伸ばした未來とぶつかってしまい。
「あっ……」
「さ、桜!」
私は体の制御を失って階段の方へとふらつく。
視界がおかしな方向へと移動する。見えないはずの天井が見える。
そして、気が付けば私の視界は階段の踊り場に立っているはずの未來を見ていた。それも下から。って事は?
「あれ? 未來!?」
「桜ぁぁぁ!」
手を伸ばす未來。そして、周囲がまるでスローモーションにかかったように動きを緩める。
そのまま視界は一回転して目の前には壊れた時計。
そこで私は気が付いた。壊れたはずの時計の時間がカタカタと進んでいるのに。
なんで壊れてるのに?
そして、いきなり時間が進み始めた。
「と……」
まるで頭をシェイクされたようにがんがんと揺れて、体中に衝撃が走る。
視界はジェットコースター以上のわけのわからない状態になって、最終的に私の視界は真っ暗になったのだった。
だた、遠くで未來が呼ぶ声だけが脳裏に響いた。




