017.5 俺の知らない場所で何かがあったのか?
この小説は行幸視点です。あと途中で第三者視点に移行します。はい、まどろっこしいです。ごめんなさい。
俺は今日は学校だと嘘をついた。
そんな嘘をついたのには理由がある。それが……
慌てて家を飛び出した桜を見送った後に俺は急いでリビングへ戻った。
すると、すでにそこにはシャルテの姿があった。
シャルテは強張った表情で俺を見る。
「まさか媒介を壊されるなんてな……」
シャルテが話した媒介とは、魔法の媒介の事だ。
魔法を施行するために必要になるものだ。
「シャルテが目覚まし時計にするからだろ」
「だけど、まさか破壊されるなんて思ってなかった」
「まぁ、俺もまさか破壊されてるとは思ってなかった。今朝、桜が持って降りてきてびっくりだったよ」
そう、桜が今朝壊れた目覚まし時計を持ってリビングへと降りてきた。
その瞬間、背筋が凍るほどにびっくりした。
でも、桜の口調は女の子になっていた。ちょっと胸をなでおろす。
そして、その壊れた目覚ましこそが桜の記憶を操作する魔法の媒介だったのだ。
「行幸がいきなり桜の記憶を改ざんしてくれとか言うからびっくりした。元はこの世界の人間の桜に関する記憶を操作する魔法だけだったはずなのに」
「だって、桜がすごく落ち込んでたから……それならいっそ桜の記憶も改ざんして、最初から女の子だった事にしてくれた方がいいって思ったんだよ」
「だけど、世界の理を変える大魔法と並行して、一人の人間の記憶改ざんの魔法を施行するとか、どんな無理難題だと思ってる?」
「いや、急にお願いしたのは悪かったって思ってるよ」
「ほんとかよ?」
シャルテはぷんぷんと怒りながらリビングのソファーへ座った。
「で、媒介が壊れてもダイジョウブなのか?」
「ん? ダイジョウブじゃないはずだけど?」
ぴくりと顔がひきつる。
「でも、記憶は改ざんできてたみたいなんだろ?」
「あ、そ、そうみたいだな? 女言葉だったしな」
聞いてたのかよ?
「じゃあ、まだ安定してないだけで、このまま時間が経過すればうまくいくと思うけど?」
「本当かよ?」
「わかんないけど」
「なんだそれ!」
俺はシャルテの横へと座り込む。
ぐっと体を寄せる。するとシャルテの頬が少し赤くなった。
なんだこいつのこの妙な反応は?
ふふーんそっか……
「な、なんだよ? なんで寄る?」
「言い迫ってるんだよ! 桜の事が心配なんだよ! 決してシャルテと触れ合いたい訳じゃないんだよ! 少しは一緒にいたいけど」
シャルテは真っ赤な顔でニヤケてる。
なんて正直なやつだ。そんなに嬉しいのか?
「で、桜はどうなんだよ?」
「ん? 桜?」
シャルテは小さくため息をつくと目を細めた。
「たぶん、それ相当の事でも無い限りはダイジョウブじゃないか?」
「そう言い方はやめろ! そういうのってフラグって言うんだよ! そういう時に限って何かがあるんだよ! ゲームじゃだいたいそうなる!」
「ゲーム?」
「そう、ゲームだ」
シャルテは眉間にしわを寄せると俺を睨んだ。
「まさか、えっちなゲームじゃないよね?」
やばい、頬肉がひきつる。変な事を言うんじゃなかった。
「な、なんで俺がエロゲなんてするんだよ? だいたい俺は女だぞ?」
「ふーん……じゃあ、なんで『プリムローズ~過去からの導きを目指して~』の事を考えてるんだ?」
顔が熱い! やばい、きっと真っ赤になった。
「お、お前、思考が読めないんじゃないのか? 魔法使えないんだろ?」
「あれ? なんだ……そのまんまだったのか?」
「へ?」
「いや、さっきお前の部屋に転送されたら、パソコンの横にそれが置いてあったんだ」
俺は頭を抱えた。
そうだった。昨日が初プレイだからパッケージを外に出しっぱなしだった。
こいつ、俺がきっとプレイしたと思って取りあえず言いやがったのか?
「で、ゲームをプレイしていて興奮して、昨日の夜はリアルでもお楽しみだったと?」
な、なんでこいつ!? あれ? な、なんで?
「み、見てたのかよ!」
そしてシャルテは頬肉をぴくぴくと動かす。
「あたり? マジであたりなのか? 言ってみただけだろ? うわぁ……エロゲで興奮してとか、マジで変人だな、行幸」
「ば、馬鹿か! ふ、夫婦の営みだよ! 夫婦で仲良しって証拠を見せたんだよ! エロゲは切っ掛けだ!」
「ほほう……なるほど……女を満喫していると?」
「ば、バカヤロウ!」
もう完全にテンパってしまった。
やばい、きっと真っ赤な顔の上に汗まみれになっている。
シャルテはそんな行幸をみてやさしい笑みを浮かべた。
彼女の中でいつまでたっても行幸は行幸だった。
そう、それは自分が初めて恋をした相手。
その初恋の相手がこんなにも自分に素直に接してくれているのだ。
元から結ばれない運命だった天使と人間。
だからこそ、こうして今も関わりを持てるのがシャルテとしてはうれしかった。
それが桜の不幸が要因だとしてもだ。
「よかったな……大好きな人と一緒になれてさ」
行幸は真っ赤な顔のままうなづいた。
「だけど、まさか男に戻らないなんて思ってなかったけどな」
「そ、それはもう言わないでくれ。菫にも幸桜にも言われまくったんだからさ」
「それでまさかの出産だよ……」
「だから言うなって!」
困った表情のままおどおどする行幸。
シャルテはゆっくりと立ち上がってから行幸の方を向く。
「たぶん、魔法はうまくかかっていると思う」
「そ、そっか? それならいいんだけど」
「だけど、注意してほしいのは、術者がリリア姉ぇだからまだ安定していない可能性があるって事だ」
「なんだ? リリアって魔法が不得意なのか?」
シャルテは大きく首を振った。
「違う! リリア姉ぇは天使でも高度な魔法を使える方だ」
「だったら……」
「だけど、今回の魔法は桜だけの問題じゃないんだ。世界レベルの魔法なんだよ」
「世界レベルって!?」
「桜が女だったって植え付ける魔法は、最高神が行ったんだ。これはもう間違いない魔法だよ。だけど、今回の桜の記憶改ざんは天使レベル。うまく全世界に浸透しているかは未知数って事なんだ」
「そ、そんなに大変なのか?」
「そりゃそうだよ。一人の人間の記憶と、世界中の桜に関わった人間の記憶を改ざんするんだからな」
行幸はぐっと唇を噛んだ。
「でも大丈夫だ。きっと一か月もせずに記憶は定着するから」
「でもさ、逆に一か月は危険と隣合わせって事だよな?」
「そうだけど、だけどそうそう魔法が解除されるなんてない。さっきみたいに何かの拍子でもない限り」
「そ、そっか……」
「取りあえず、壊れた時計は捨てておけ。あれは危険だから」
「わかった」
【ガチャ】
玄関か鍵を開く音が聞こえた。
慌てて行幸は立ち上がる。
「もしかして桜か?」
「そ、そうだと思う。今日は夏休みなのに学校行けとか言ったから、きっとばれた」
「行幸、馬鹿か……」
心底あきれた溜息をつくシャルテ。
そして、リビングの扉が開いた。




