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015 俺の本当の人生の始まりへ向けて

 薄暗い公園のベンチに座る俺と未來。

 カピカピになった鼻下と腫れぼったくなった目を触りながら、俺は小さくため息をついた。

 ふと気が付くと、隣に座った未來が俺をじっと見ている。

 真っ赤になった瞳で、それでもさっきとは違う、吹っ切れたような顔つきで俺を見ていた。

 二コリと優しく微笑む未來。俺も笑顔を返した。


「ねぇ桜」

「何だ?」

「気が付いてるんでしょ?」

「何に?」

「私は桜を好きだって事」


 未來は少し瞳を潤ませて、それでも笑顔を振りまいていた。


「知ってるよ」


 すでに未來は桜花を俺だとは思わず、桜が好きだと教えてくれている。

 だから、未來が俺を好きだって事はすでに知っている。

 これは誤魔化しようのない事実だ。


「そっか……そうだよね……」

「なんかごめんな……なんって言うかさ、お前を騙したような感じになっててさ……」

「ううん、仕方ないんじゃないかな? 桜だっていろいろあった訳だしさ」


 そう言って未來は星の見えない夜空を見上げた。


「だけどさ、どうせならちゃんと告白したかったなぁ……好きだって」

「……」


 軽い口調で話しているけど、その表情はとても悲しそうだった。


「それでさ……」

「……」

「聞いてる?」

「あ、うん。聞いてるよ」


 ただ何も返せなかっただけだ。


「あのさ、お願いあるんだけど?」

「お願い?」

「うん。ええとね? 今から桜に告白していい? ちゃんと告白させて欲しい」


 未來は俺の返事を聞かずに立ち上がると、数歩前に歩み出てこちらへ振り向いた。

 街灯の明かりでうっすらと浮かぶ未來の表情は可愛かった。

 俺は未來をちゃんと異性として意識をしていなかったから、実はこいつの可愛さに気がついていなかったのかもしれない。


「立ってほしいな……」

「あ、ああ」


 お互いに顔を見合わせる。

 俺はいつもの見慣れた未來の顔をじっと見る。

 未來は前の俺の顔ではなく、本当の俺の顔をじっと見ていた。

 ……未來はどう思ってるんだろう?

 正面の未來の顔がまったく別人の男になってしまったら俺はふつうに見られないと思うし……

 だけど、未來は俺を見据えている。

 しっかりと俺の瞳を見ている。


「ちょ、ちょっとこういうの恥ずかしいな」

「そうだね、私もはずかしいよ?」


 そして、未來は一歩前へと歩みでてきた。

 手を伸ばせば未來の胸に触れられる距離になっている。

 いや、胸を触りたい訳じゃないぞ?


「じゃあ……いいかな?」

「ああ……」


 返事をすると同時に未來が動いた! えっ? 動いたっ!?


「桜っ!」

「は、はいいいい!?」


 そして未來のやつは俺の顔をがっちりと固定しただと!?


「み、未來? な、なにをするつもりだよ?」

「桜っ! 私は、私はあなたの事がずっと前から好きでした!」


 俺の顔はがっちり固定されたまま告白が開始される。

 いや、これって俺の想像してた告白じゃないんだけど?


「小学校の時から気になり初めて、中学校に入った時にはもう好きで好きでたまらなってました!」

「未來?」

「そして、もちろん今も好きです!」

「お、おーい」

「それは……桜が……」


 突然、未來の言葉が震え始めた。

 彼女の瞳には再び涙があふれている。

 しかし、未來は言葉を止めない。強い意志で俺の顔をしっかりと見つめたまま告白を続けた。


「女性だとわかっても……私の気持ちはっ……えっく……気持ちは……」


 そんな未來を見ていて、俺の視界もぼやけてきた。

 やばい、もらい泣きしてる……


「かわ……かわり……」


 未來の言葉がつまり、未來はついにうつむいてしまった。


「たくなかった……ずっと好きでいたかった……」

「えっ?」


 未來は顔をあげて俺を睨みながら大きな声で怒鳴った。


「私は男の桜が好きだったんだぁぁぁぁぁぁ!」


 未來は俺の顔から両手を離した。そしてくるりと方向転換をするとそのまま走り出した。

 俺も慌てて未來の後を追う。

 未來を追いかけながら、俺はさっきの未來の告白を思い出していた。

 そう、最後の言葉を……


 未來は男の俺が好きだった……

 そう、未來は俺にそう告白をしたのだ。


「未來! 待てって! おい未來!」


 しかし、未來は止まらない。おまけに運動神経も良いので早い。

 まるで追いつく気配もなく、完全に未來に置いてきぼりにされてしまった。


「……未來……なんだよその告白」


 意気を切らしながら、俺は夜の住宅街で罪悪感に襲われたのだった。


 ★☆★


 俺は未來に自分が桜だと伝える事は出来た。

 未來も俺が桜だと理解してくれた。告白までしてくれた。

 だけど、未來は俺の元から立ち去った。

 その後、未來の家へと行ったが、未來の母親に丁寧にもう俺とは話したくないと言っていたと伝言された。

 今は夏休みだ。だから明日学校で会う事もない。


「未來……」


 もうお前とは逢えないのか?


 ★☆★


 引っ越しまであと二日に迫った。

 実は俺は今だに百合香には自分が女だった事を伝えていなかった。

 本当は未來に事実を伝えた次の日に伝えようと思っていたのだが、未來のあの別れ際の姿を見て伝えられなくなっていた。


 俺は引きずっていた。

 あんなに仲良しだった幼馴染にあんな別れ方をされて、気持ちが凹まない訳がない。

 心が痛くって、痛くってたまらない。

 もうこんな想いはしたくない。

 だから、俺は百合香に逢う事が出来なかった。


 それでも、恋人同士だからメールのやりとりだけはしている。

 だけど、逢いたいと言われても巧みに断っている。

 家に来てもいないと言ってもらっている。


 そして、ついに引っ越しの二日前になった今日。

 俺は駅前の本屋で単行本を買ってから自宅に戻ってきた。

 あの後の未來の事も気になるし、百合香の事も気になるが、今日が発売日の漫画だけはどうしても読みたい。

 こんな状態なのに漫画を読みたいとか、どんな精神かと思われるだろうが、やっぱり読みたいものは読みたいのだ。

 家に戻ると母さんが笑顔で俺を出迎えてくれた。


「桜、お客さんが来てるわよ」

「お客さん?」


 不安が胸をよぎる。まさか?


「そうよ……」


 もしかして……百合香なのか!?

 俺は急いでリビングに飛び込んだ。


「桜花さんではなく、桜さんなのか? どうしても貴女あなたに逢いたくって来てしまいました」


 俺は思わず硬直してしまった。

 そう、リビングのソファーに座っていたのは俺が一番家に来るとは思っていないやつだったからだ。


「ご、五反先輩?」


 そう、お客様とは五反先輩だった。

 そして、俺が桜だってなぜか知っている。


「えっと、先輩は何をしに来たんですか?」

「だから、君に逢いに来たと言っているだろ?」

「ええと、私が先輩を嫌ってるって知ってますよね?」


 もうここまで来たらどうでもいい。はっきり言ってやる。


「もちろん知ってる」


 しかし、五反先輩にはイマイチダメージを与えられていないみたいだ。

 ぜんぜんまったく堪えた表情にならない。


「じゃあ、なんで来るんですか? それもこんな時期に」

「なんでって? さっきも説明しただろう?」

「意味わかりません!」

「どういう風にわからないんだい?」

「すべてですよ!」


 すると五反先輩はソファーから立ち上がって俺を睨んだ。


「好きな女性が引っ越すとわかって、黙って去られてなにが楽しいんだ! 僕はいくら嫌われていようと、桜に挨拶はしたかった! だめなのか? それもだめなのか!」


 俺はこういうタイプの人間は嫌いだ。

 理屈っぽいと言うか、くどい人は大っ嫌いだ。だけど……


「安心してくれ。君の元気が姿が見れたからそろそろ退散するよ」


 五反先輩はそのまま俺の横をすぎて玄関へと向かった。

 母さんが俺をすごく怪訝な表情で見ている。

 俺は思わず振り返った。すると、すでに五反先輩は靴を履いているじゃないか。


「ご、五反先輩!」

「いきなり来て申し訳なかった……君を困らせたい訳じゃなかったんだ……」


 くどいはずの五反先輩が、本気で俺に挨拶をしに来てくれていたのか。

 だから、母さんは五反先輩を家に上げたんだ……

 なのに俺って……


「先輩っ!」


 五反先輩は玄関ドアを開いて外へと出る。そして少しだけ振り向いて一言だけ残して扉を閉めた。


「今までありがとう」って言い残して……


 バタン閉まる玄関。思わず手を伸ばすが、もうそこには五反先輩の姿はない。


「桜……」


 母さんはなにかを俺に言いたかったのかもしれないが、結局は何も言わずにリビングへと引っ込んだ。


 いくら嫌いだったと言え、五反先輩とも最低な別れをした俺。

 あんなに俺を好きでいた人を俺はすごく最低な言葉を並べて……


「五反先輩……ごめんなさい……」


 ★☆★


 そしてついに引っ越しの日になった。

 結局は俺は百合香に逢っていない。

 ただ、メールで一言だけさようならを告げた。

 しかし、彼女からの返信はなかった。


「それじゃあ桜ちゃん。いろいろあると思うけど頑張ってね」


 未來のお母さんが車の外から挨拶してくれた。

 でも、未來本人の姿はない。

 二階の部屋を見ると、カーテンが閉まっていた。


「おばさん、未來は?」

「ごめんね……あの子にも最後くらいはって言ったんだけどね」

「そうですか……うん、仕方ないです。俺だってこんな風になるなんて思ってなかったし……」

「……そうね……でも一番大変なのはあなたなのにね」

「大丈夫です。だって、これが本当の俺なんですから」


 おばさんの瞳から一粒だけ涙が落ちた。


「……がんばってね」

「はいっ!」


 こうして、俺は生まれ育った街を去ったのだった……


 ★☆★


「ついたぞ」

「……へ?」


 車は走る事30分で止まる。

 いやいや、これって隣町じゃないのか?


「桜、いろいろあって全てをリセットは無理だった!」


 いきなり親父に衝撃の告白をされる。

 リセットは無理ってどういう事だ!?


「店だって最初からって金銭的にも無理だし、お前だって転校の試験を受けてないだろ?」


 そう言えば、転入する高校の試験を受けてない。

 ……って!? おいまて!


「まぁあれだ。母さんが天使と相談してくれて、結局は天界のチートな魔法で今日の夜12時に、お前は【最初から女の子だった】って事に世界の記憶が記憶が改ざんされる事になった」

「えっ!? な、なんだそれ?」


 なんだその壮大な記憶改ざんは!?


「だから、無理に遠くに行く必要もなくなった」

「で、でもさ、そんな事してもいいのか?」

「天使が良いのなら良いんだろう」


 マジかよ!?


「しかし、この先にいろいろと性別的な記憶の混濁はあるかと思うが、俺と母さんの記憶は改ざんしないから大丈夫だ」


 何がどう大丈夫なのかさっぱりわからない。


「ともあれ、今日の12時にお前の男としての人生が終わる」

「……そっか」


 まったくもって納得感がない。

 話が壮大すぎるし、天使がチートすぎるし、わけがわからない。

 そしてシャルテ! あんた途中から消えただろ! どこいった!

 でも、それでもわかった事はある。

 それは、俺が男だったという事実が今日の12時で消えるって事だ。

 今は16時だから、そんなに残りの時間はない。


「桜、私がこれからずっとフォローするし、女の子としていろいろな事を教えてあげるから安心して」

「え、えっと?」


 母さんが自信満々に言い切りやがった。でも母さんって……元男じゃん?


「大丈夫! もうちょっとで女の人生が男の人生を上回るもん!」


 何が大丈夫なんだかさっぱりである。

 で、結局は元男の母さんに女の子を教わる事になってしまった。


 ……


 そして……


 ついに俺は男としての最後の時を迎えようとしていた。

スピンオフのこの作品もあと数話で完結します。更新がままならずに申し訳ありませんでした。

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