013 俺の偽りの人生。そして始まるこれからの人生ってなんかのタイトルみたいだ
少し時間を遡って今日の昼間。
「行幸さんにかかっていた性転換魔法の後遺症です」
「えっ? なんだよそれ? それって俺を女にした魔法の後遺症って事なのか? それが桜を?」
「そうなります」
俺がちょうどメイド喫茶でバイトをしていた時間、白衣の天使リリアが座布団の上に正座し、俺の両親へなぜ俺が女になったのかの結果報告をしていたらしい。
もちろん、俺はリリアさんが来る事も、そして報告がある事も知らなかった訳で……
「あはは、冗談はよせって。じゃあ何か? 桜は生まれながらにして性転換の魔法がかかっていたって言うのか? ばかばかしい」
母さんは顔を引きつらせながらリリアさんの言う事を流そうとした。
いや、リリアさんが嘘を言っていない事なんて母さんは理解していた。
だけど、それを信じたくなかった。ただそれだけだ。
「冗談ではありません!」
そして、そんな母さんに向かってリリアさんは涙ながらに言い切ったのだ。
リリアさんは俺が女になってからすぐに天界へと戻った。そして、天界で俺が女になった原因を調べた。
そして、実はその原因はすぐに解っていたのだ。
俺が女になった原因は、俺が女になった二日後にはすでに解っていたのだ。
しかし、リリアさんはそれを俺たちには伝えなかった。
まだ調べているように振る舞った。
何故か?
それは、俺が女になった原因を伝える事によって俺も母さんも親父も、俺に関わる人間のすべてが戸惑い、そして悲しむと理解していたからだ。
そしてリリアさんは天使のトップが集う会合で、審議によって俺に男にする魔法をかける許可を取ろうとした。
しかし、結果は【NO】だった。
俺は元から女だからだ。
要するに俺は元から女性なのに魔法で男になっていた。
しかし、今は性転換の魔法の効果が切れ、元の女性に戻っただけだった。
なんで誕生日に魔法の効果が切れたのかはわからない。
単純に偶然が重なっただけだろうって言っていた。
★☆★
そして今に戻る。
母さんはゆっくりと立ち上がると、俺を愛おしそうな目で見た。
こんな母さんは見た事ない。いや、こんな母さんを見たのは小学生だった時以来だ。
俺は反抗期に入ってから、母さんからこういう目をされるのを嫌がってたから。
「リリア、あのな? さ……桜はな? う……生まれる前からおちんちんついてた……ついてたんだぞ?」
汗を額にいっぱい浮かべて母さんは今になっても否定しようとしていた。
俺が女だと認めようとしていないみたいだった。
「それは、卵子の時から性転換魔法がかかっていたのです」
「へっ? 卵子? 何それ? ありえないって! そんなのあるか! 聞いた事ない!」
ぶんぶんと頭を左右に振る母さん。
「はい、私も初耳でした。しかし、それが事実なのです」
「そんな馬鹿な……なぁ、今からでも冗談でしたって言っても良いんだぞ? 今ならまだ許すからさ……」
しかしリリアさんの厳しい表情は変わらなかった。
「冗談でこんな事を言いません。はっきりともう一度言います。行幸さんのお子さんは……桜さんはこの世に生を受けた時から本当は女性だったのです!」
「あは……あはは……」
ふらふらと母さんが後ずさりする。
「なんだろうな? なんかさ……すっげー……すっげー……」
そしてばたりと床に倒れた。
まるで電池の切れたロボットみたいにいきなり倒れた。
俺は焦って母さんに寄ろうとしたが、親父が先に動いた。
倒れた母さんを親父が抱え上げる。
「なぁ恋次郎……俺さ、なんかすっげー悲しいんだけど? どうすればいい? どうすればいいのかな?」
「……」
「俺……元々は男だけどさ……でもさ……それでも桜を……腹を痛めて産んだんだぞ? 俺、こう見えても母親なんだぞ?」
「ああ……」
「俺のせいか? 俺のせいで桜がこんな事になったのか?」
「違う……」
ボロボロと涙を流す母さんに親父は一言二言返すだけだ。
いや、むやみに声をかけられないんだろう。
「行幸さん、現実を受け止めるしかないのですよ」
俺は知っている。
そう毅然と言ったリリアさんも本当は震えていた。
瞳は潤み、いつでも泣ける状態だった。
でも、泣かなかった。
ぐっと堪えて俺たちを見ていた。
「リリアさん」
野太い声が部屋に響く。親父がリリアに向かって声をかける。。
「俺は正直に言ってこの状況がまだ信じられない。いや、行幸と同じで信じたくないんだろうな」
「はい……」
「だけどな? リリアさんが教えてくれた事が真実だし、桜は女だったって事がこの世にとっての事実だったんだよな?」
「そうです」
「だったら……ちゃんと受け止めるしかないだろうな」
「はい」
親父はすっかり意気消沈して泣き疲れた母さんをお姫様だっこしたまま立ち上がった。
その巨漢で六畳間に威圧感を張り巡らせる。
親父はまずリリアさんを見て小さく頷いた。そして、次に俺の前へと体を向けた。
「桜」
「は、はい」
「お前はショックか?」
「……言葉に出来ないくらいショックだよ」
それが俺の素直な気持ち。
「だろうな」
「この状況で嬉しいって奴はいないだろ……」
「桜」
「はい」
母さんをだっこしたまま親父が片膝をついた。
「俺もショックだよ。だけどな? お前は俺の子供だ。それが息子だったとしても、娘だったとしても、お前は俺の愛する子供なんだよ」
「……そんなの知ってるよ」
「何だ? お前は俺の愛を受いれてたのか?」
「へっ? う、受け入れてないけど! でも、嫌われてはいないって思ってたよ。いや、違うな。きっと……親父も俺がす、好きなんだろうなって……ちょっと思ってた」
親父が珍しく微笑んだ。ニコリと優しく。
「ありがとう」
「いや、お礼を言われるのもあれだし……」
「桜、なかなか難しいかもしれないが、現実を受け入れようじゃないか。お前は元から可愛い女の子だったんだ」
「……で、でもそう簡単にはあれだし……あと、俺はずっと男として過ごしてた訳で……」
「だから、生活もリセットしようか」
「へっ?」
「ここから引っ越そう。どこか遠くへ」
いきなりの引っ越し宣言に驚いたのは俺だけじゃなかった。
母さんも、リリアさんやシャルテまでもが驚いている。
「な、何で?」
「すべてをリセットするために」
「すべてをリセットするって?」
「あれだ。いくら何でも今回の件は中途半端にリセットするんじゃ済まないレベルの事態だろ?」
「れ、恋次郎さん! いくらなんでもすべてをリセットにすると言うのはどうなんでしょう!?」
リリアさんが慌てて立ち上がった。
そして立ち上がったリリアさんを親父が睨む。
「じゃあ、あんたがどうにかしてくれるのか? 桜に関わったすべての人間の記憶を改ざんしてくれるのか? 桜が最初から女だったって事に出来るのか?」
リリアさんは答えられなかった。
「それは無理だよな? 俺にもその位わかる。これはゲームじゃない。セーブポイントなんて存在しないんだよ。やり直しはきかないんだよ」
親父が言い切るとリリアさんの横にあった影が動いた。
「そうだな、恋次郎の言う通りだな。僕は引っ越しをする方向でいいと思う。だって、今の桜は18年もこの世界に存在していたんだぞ? もし改ざんの魔法が使えたとしても、男としての桜に関わった人間の記憶を消してしまうのはどうなんだ? すべての想いでまで消してそれでいいのか?」
シャルテは言葉を続ける。
「僕は恋愛を司る天使だ。だからこそ桜の存在を消して欲しくない。今の彼女だけじゃない。他にも桜に恋い焦がれた多くの人間がいる。その人たちの気持ちを消して欲しくないんだよ」
「シャルテ……」
リリアさんが動揺した表情でシャルテを見るが、シャルテは落ち着いた様子だった。
「リリア姉ぇ、もしも魔法で桜を男に性転換させたとするよな? それだと、本当の桜の、本当は女だったはずの桜の人生は消える事になるんだよな? 僕はこう思う。本当の桜は女性なんだから、女性としての人生を歩むべきだろうと」
「そ、それは……」
「桜はこの世に生を受けて、まだ18年だぞ? 今からの人生の方が長いんだぞ? 今の時点での考えだけで物事を決定しちゃダメだと思うんだ」
確かに正論だった。そう言われればそう思った。
俺は本当は女だった訳で、魔法が解けた今からは、女としての人生というものを歩むべきなんだ。
性転換魔法で男になったとしても、それは本当の俺の人生じゃない。
確かに、確かにそうなんだけどさ……
「桜、すっげー不安そうな顔してるけど大丈夫だ。行幸だって女になった時はすっげー動揺しまくってて、それでも立派な母親になった。あ、そう言えは行幸は偽りの人生を送り続けているのか? でも行幸だからなぁ」
「い、偽りとか言うな! 俺はもう女なの! 結婚して子供を産んだのに男とか気持ち悪いだろうが!」
いつの間に立ち直ったのか、母さんが親父に支えられて立っていた。
「まぁ、行幸みたいな奇想天外な人生を送るのは世の中で一人でいいよな」
声を上げる笑うシャルテ。
「も、元はと言えばお前らが罰とか言って俺を女にしたからこうなったんだろ!」
「だって、ネカマキモイし!」
「待て! それはネカマに対する偏見だ! ネカマはいっぱいいる! 今でもいるし!」
「そうなのか?」
「いるいる! 世の中のネットゲームの女は大半が男だ!」
「へぇ……でもお前は中の人も女だって答えたよな?」
母さんの顔がみるみる真っ赤になる。
「ネ、ネカマの大半はそう答えるんだよ!」
「ふぅん。で、話は戻るけどさ」
「おい待て! 軽く受け流すな!」
ふと見れば親父も笑顔になっていた。
リリアさんもクスクスと笑っていた。
いつの間にか部屋の空気が変わっていた。
暗く淀んでいた空気がいつもの明るい空気に戻っていた。
なんだろうこれ。いつも馬鹿天使だって思っていたシャルテがすっげー天使に見える。
「桜、今からの数日はすごく辛いと思うけどさ、頑張れ! 僕は桜の味方だからな!」
「……あ、うん」
それからの数日はマジで辛かった。
まずは引っ越しの準備だ。そして次に転校の準備だ。
茨木桜と言う男だった俺はもはや存在しない訳で、アフリカにボランティアに行ったまま留学って事になってしまった。
そんなこんなで学校も友人も、そして色々な関わった人がみな動揺したらしい。
もちろん五反先輩だって相当動揺していたらしい。
そしてあいつもだ。あいつ……えっと……名前忘れた。
あいつだよ。あの五反先輩と一緒に俺に告白した……
……思い出せない。
まぁ、その程度の奴だったって事で終わり!(おい)
そして、戸籍は魔法でどうにかしてもらった。
茨木桜という架空の人間は消え、そして茨木桜花という女の子が誕生した。
俺は本当に茨木桜花っていう人間になったのだ。
「まぁ、じゃあ広島に?」
「はい……」
「いつ引っ越しされるの?」
「来週には引っ越します」
お隣に両親と一緒に挨拶をする。
親父のすべてをリセットという言葉の意味は、決して夜逃げではない。
だから、きちんとやらなきゃいけない事はやるんだ。
俺は玄関の隙間から未來の顔を見ていた。
悲しげな表情の未來を。
さようなら未來。俺を好きでいてくれた幼馴染みよ。
お前の事は一生忘れない。
……って何か大事な事を忘れている気がする。
「では、また挨拶にきます」
「はい」
両親の挨拶は終わったらしく、目の前の玄関扉が閉まった。
親父と母さんは何かを話しながら俺の横を通過すると早足で家路へとついた。
家路と言っても数メートルだけどな。
そして、数メートル歩いた時だった。
俺は背後から抱きつかれた。
いや、背中になんか感触が……
「み、未來?」
「桜花ちゃん! ちょっと待って!」
俺が未來に捕まったのを前を歩いていた両親が見つける。が、助けてくれる気配がない。
頑張れよって感じで家に入って行ったし!
「な、何?」
「桜って留学したの?」
「……そ、そういう感じ?」
「じゃあ、留学先を教えて!」
「な、なんで?」
「告白しに行く!」
ああ、そうだった。
俺、すっかり忘れていた。
こいつ、俺に告白するつもりだったんだ。
いや、どうする?
教えるにも留学してないし、変に教えるとマジで行きそうだし……
俺は考えた。考えに考えて言った。
「……未來」
「へっ?」
「お前に話しておきたい事があるからさ、今日の夜九時にターザン公園に来てくれ」
「タ、ターザン公園? って……な、なんで桜花ちゃんがその名前を?」
そう、ターザン公園とは数年前までぶら下がる紐の遊具があった公園の俗称だ。
今はすでにその遊具はない。
だから、この俗称を知っているのはこの周辺にずっと前から住んでいる人間だけだったりする。
「そんな事は後で話す」
「え、えっと?」
「じゃあ、後でな」
俺は動揺する未來を背に家へと入ったのだった。




