012 物語はどうしてこうも俺の予想を裏切るんだ?
夕方になってもまだ日は高い、夏休みのとある日。
メイド喫茶でのバイトを終えた俺は未來と二人で駅から自宅へ向かって歩いていた。
隣で歩く未來をちらりと見る。
数日前の衝撃の告白から俺はどうやらこいつを意識してしまっている。
なんて言うか、幼馴染みが俺を好きだとか、どんな漫画展開だよと思いつつも俺は嫌な気分じゃなかった。
自己満足と言うか、彼女までいるのに妙な優越感がわいてくる。
やばい、男ってこういう生き物なのか?
「ねぇ、桜花ちゃんって好きな人いないの?」
「な、何をいきなり!?」
いきなり唐突に質問されて思わずきょどってしまった。
お願いだから、聞く前に前振りしろよな。心の準備が出来ないじゃないか。
「ねぇ、桜花ちゃんは桜と連絡を取ってるの?」
って言うか、いきなり話が飛んだよ!
ちょっとびっくりだぞ。お前のその会話の展開。
でも、好きな人ネタよりはいっか。
「いや、とってないけど?」
「そうなんだ?」
だって俺が本人だしな。とる必要がない。
「ねぇ、本当に?」
「ああ……ってなんでニヤつく?」
マジで何でニタニタしてんだこいつ?
「実はこっそり連絡を取ってるとか?」
「だから、とってないって言ってるだろ?」
「そっかぁ……」
「でさ、桜花ちゃんっって桜の事をどう思ってる? 異性として意識できるレベル?」
「へっ? い、意味わかんないよそれ」
何気に好きな人は誰的な会話に戻ったのかこれ?
「意味わかるでしょ? 桜花ちゃんが普通の女子なら」
いや、俺は普通じゃないけどな。
「なんでそんな事を聞くんだ?」
「えっと……なんとなく?」
なんとなくって。でも、答えないとまた何度も聞かれそうだしな。
ここは好意が無い的なアピールをしておくべきか。
「まぁ、しいて言えば普通?」
こう言っておけば無難だろう。
すると未來は元気のない笑顔をつくって俺の肩を抱いた。
「ぶっちゃけ、恋愛対象として見れる?」
「あんた、私の話を聞いてた?」
「聞いてたよ」
「だったらそういう質問でないよね?」
「……だよね。でもさ……」
未來はぐっと唇を噛み締めたかと思ったら、いきなり眉を中央に寄せて険しい顔になった。
俺をじっと睨んで何かを思い悩んでいるような顔になっている。
流石にここまで露骨におかしい未來を見ていると心配になる。
こいつはあれか? 俺が俺を好きかもしれないって思って、何度も波状で確認する攻撃を仕掛けているのか?
だったらわかったよ。言い切ってやるよ。
「ハッキリ言っておくけど、桜は恋愛対象としては見れないからな!」
桜は俺だ。いくらなんでも自分で自分を好きとかありえない。
いや、嫌いじゃないよ? 自分は好きだよ? でもそれは恋愛とは違う。
俺、ナルシストじゃないし。
それに、俺は彼女がいるし、百合香が好きなんだし。
でも、これまた不思議なんだよな。
今もそうだけど、未來を前にしてると俺はもしかして未來が好きなんじゃないかって思ってしまうんだよなぁ。
やっぱり長年の付き合いっていうのもあるし、現実に異性として意識した最初の女性はこいつなんだし、だからだよな?
「そ、そっかぁ」
ああ、やっぱりな。
未來は本当に安心したような顔になって胸をなで下ろしてる。
「あ、あのさ、桜花ちゃんて恋話って好きかな?」
「好きでも嫌いでもないけどって、さっきからしてる会話って恋話じゃないの?」
「あ、そうなるかな?」
「なるだろ? 誰が好きとかそういうのって恋話じゃないのか?」
「でさ、ちょっと相談があるんだけどいいかな?」
「相談?」
また唐突だけど、ここで嫌だなんて言えないよな。場の空気的に。
「えっとね、最近になって桜に彼女が出来たみたいなんだよね」
「ああ、そうみたいだね」
やっぱり俺の話題か。
「あ、知ってたんだ?」
「まぁね」
だって自分の話題だし。
「桜花ちゃんはさ……」
「なに?」
ここで未來の顔がいきなり真っ赤になった。
真っ赤になったまま壊れた人形のように動きを止めてしまった。
口だけもごもご動いているけど声が出てない。
まったくもって未來らしからぬ行動だ。どうした未來?
「どうしたの? 質問あるのかな? 何?」
あるなら早く言えよ。言いたくないならまた今度にしろ。
そしてその態度はやめろ!
でないと俺の方がドキドキするじゃないか。
未來はそんな俺の気持ちを察したのか、いや、察する訳はないな。
だけど、大きく深呼吸をして何かを決意したかのような表情になった。
「ねぇ! 今からでも逆転ができると思うかな?」
「ぎゃ、逆転って?」
いや、どんな意味なのかはすぐに察した。
でも、できるよなんて答えられるはずがない。
「もちろん、鈴木さんに私が勝つの! それで私が桜の彼女になるって事!」
「い、いや、どうしたの? そんなにいきなり意気込んで」
やばい、俺の体中から汗がバリバリと噴出してくるんですけど!
本人を目の前にしてそんな宣言をされると、もうなんとも言えない気持ちになるだろうが。
もう、ドキドキが収まらないじゃないか。
「ことわざにあるじゃない。傷は浅いうちにって」
「え、えっと? 未來さん? 傷って?」
「こ、恋の傷よ! 私の心の恋の傷はまだ浅いの。だから、きっと桜を彼氏にすれば治るはずなの!」
見た事のない程に緊張した未來が、真っ赤な顔で俺の目を見据えています。
「ぐ、具体的にはどうしようとか考えてるの?」
いや、俺は何を聞いてる? 無理だって言えよ!
「桜が何ヶ月以内に戻ってくれば、その時に告白する! で、戻って来なかったら……」
「来なかったら?」
「追っかける!」
「げふっ」
「アフリカでもなんでも行く!」
「いやいや、女の子一人じゃ無理でしょ?」
「じゃあ、桜花ちゃんも連れて行く!」
「いやいや、私が行く意味がわからないよ!?」
「じゃ、じゃあ……」
「だいたい、旅費はどうするの? 高校生で海外とか無理でしょ?」
「旅費はアルバイトで稼ぐし、うちの両親は桜と結婚するって言ってもきっとOKなはずだから。いつも桜君をいつになったら手籠めに出来るの? って聞かれるし」
「ちょっと待て! お前の両親半端ないぞ!」
何を言ってるんですか、おじさん、おばさん!
「だ、だけどさ? やっぱり彼女がいるのにそれはありかな?」
未來ががっしりと俺の両肩を持つ。
「桜花ちゃん、高校生カップルなんて別れてなんぼでしょ? 私の知り合いなんてつきあって三日で別れたよ? 桜だって初めての彼女だからって今は浮かれてるけど、そのうち倦怠期に入って互いにすれ違うんだよ。気持ちが高ぶっている時だから今は続いているだけだよ? それに、きっと桜は私が好きなはずなんだから。高校になっても家に入れてくれるし、なにげにいつも私の胸とか見てるし! だから私が告白すればうちに傾くはず!」
見てるのばれてた!? って言うか、本人を目の前にしてそんなに意気込まないで欲しいんですけど!
「落ち着いて、もうちょっと落ち着いて考えるべきだよ? 彼女だってそうそう別れないかもでしょ? 高校生で付き合ってからずっと続くカップルだっけいるじゃん」
「何? 桜花ちゃんは鈴木さんの味方?」
睨むな! 凄んだ目で睨むな!
「み、味方とかじゃないけど、でも……ど、どうなの?」
「あーわかったわ。要するに鈴木さんに宣戦布告すればいいのね」
「へっ?」
するといきなり未來は携帯を取り出して誰かに電話を始めた。
「あ、鈴木さん? 私、未來だけど?」
って言うか、なんであなたが百合香の携帯知ってるの?
「えっ? ああ、桜の携帯からあなたの番号をゲットしたんだよ」
「ちょっと待ってぇぇぇ! いつの間に!? なんて事してるんですか!?」
しかし俺の声は届かない。まったく無視されてます。
いやいや、なんだこいつ? 俺の知らないうちに俺の携帯を覗いてたのか?
恐ろしい! なんて恐ろしい女なんだ。
「……と言う事だから、よろしく!」
「あ、あれ?」
「桜花ちゃん、ちゃんと宣戦布告しておいたから!」
「何で? 何でそうなるの!?」
マジでなんでこうなったんだよ?
「私は鈴木さんとは違う! 私は桜とずっとずっと一緒だった! 幼稚園も小学校も中学校も一緒だった! 高校は一緒じゃないけど。でもね? 私が今の高校にに決めたのは桜がうちの高校の制服が可愛いって言ったからなんだよ? 私は桜の好みの女の子になれる努力を惜しまなかったっての」
そしてすっごく俺が好きなアピールされてるんだけど!
「桜花ちゃん、なんで顔が真っ赤なの?」
「い、いや、熱い言葉にちょっと」
「そっか! うん!」
なんか妙に納得している未來さん。
「で、鈴木さんは何って言ってた?」
「ああ、ええと、聞いてない」
「えっ?」
「一方的に宣戦布告した」
「えぇぇぇ!」
「負けないからね?」
「あ、あの?」
「絶対に桜を奪ってみせる!」
「いや、振り向かせて見せるの方が適切かと?」
「いざとなったら既成事実よ!」
「ま、待って! 高校生だから! 俺たち高校生だから!」
どんどんヒートアップする未來の顔が鬼の形相に変化している気がする。
「いいの! 好き同士だったらいいの! 私の方がずっと前から桜を好きだったからいいの!」
そして俺も未來が好きだという設定になってるんですけど? いや、嫌いじゃないですよ?
「だから私は負けない。桜に告白する! そしてあいつの童貞は私が奪う! ああ、大丈夫だよ? 私は別に初めてはあいつでいいと思ってたから! それにちゃんと危険日は避けるし! あと、男だったら求められて断るなんてできないはずだよね?」
な、なにを言ってるんだこいつ?
そして、俺ってすっげー震えてるんだけど?
体中が熱いし、もうなんだこれ?
俺が男の姿に戻ったら俺は……こいつに?
「え、えっとね? そういうのってよく考えた方がいいと思うんだ。よくよく考えてから行動しなきゃダメだよ? まだ私たちは若人なんだからね? 自分だけの体じゃないんだからね?」
「私、いっぱい考えたよ。六年も考えた。それでも短いかな?」
「うぐっ」
それは短くないな。くそ、なんだこれ?
「そ、それでも私は未來には大人な対応をして欲しいと思うからっ!」
そして俺はついにその場から逃げ出してしまった。
もう、これ以上未來の言葉を聞くのがつらかった。
未來は嫌いじゃない。未來とエッチな事はしてみたい。本音だとそう思っている。
未來の言う通り、さっきの言葉を聞いていて俺は別の意味で心臓が高鳴っていた。
だけど違う。あいつは今は冷静じゃない。だから冷静な判断が出来ていないはずなんだ。
「くっそー!」
俺は全力で走った。
胸がぶるぶると揺れて走りにくいったらありゃしなかったけど頑張って走った。
そして、家へと到着すした。
「桜さん……」
そこにはどう見ても深刻な表情の天使が待っていたのだった。
★
「……う、嘘だよな?」
まるで底のない崖から突き落とされるような衝撃を俺はうけた。
もう、頭の中が真っ白で何も考えられなくなった。
先ほどまで聞いていた、あの未來の熱い暴走までもが頭の隅へと追いやられる。
それ程にリリアさんの言葉は衝撃的なものだった。
「嘘ではありません」
天使リリアは真剣であり、かつ申し訳なさそうな表情で言葉を紡ぐ。
横に座るシャルテと母さんと親父はぐっと唇をかんだまま動かない。
「……それって俺の時より酷いだろう」
母さんの声が震えていた。体も震えていた。
「私も天界に戻り色々と調べました。そしてすぐになぜ桜さんが女性になったのかを理解しました」
「じゃ、じゃあさ、何ですぐに教えてくれなかった? すぐに理解してたんだろ? 桜が女になった理由を!」
母さんがぐっと拳を胸の前にあげる。
表情に怒りが見える。
「それは……対策を……対策を練っていました」
リリアは怒りに震える母さんを見据えてそう言った。
「対策ってなんだよ?」
「桜さんを男性に戻せるかです」
「……で? 結論は?」
「……」
そう、結論は一つだった。
【俺は男には戻れない】
いや、違うな。
【俺は最初から女だった】
そう、俺は性転換の魔法がかかったまま生まれていたんだ。
そう、俺は……最初っから……
「うぅ……なんで? なんで? どうしてこうなったんだよ……」
女だったのかよ……
【とある天界での会話】
「ありえません! 魔法がかかったまま生まれるなんて……」
「だけど、これが現実です。茨木桜は天界での登録は【女性】なんです」
「でも何で? 何でどの天使もこの事実に気がつかなったのですか?」
「……私たちは常に人間すべてを監視している訳にはゆきません。確かに天使は生を司りますが、しかし、そのすべてを見届けている訳ではないのです」
「ですが……彼は……いえ、彼女は生まれてからずっと男性として過ごしてきました」
「そうですね。魔法の効果で男性として過ごしてきました」
「だったら、このまま男性として生活をするのも良いのでは?」
「ダメです。今回はたまたまの事故です。事故によって性別が変わっていただけなのです。それが魔法効果の失効によって本来の姿に戻った。我々が関与して性転換をさせた訳ではないのですから、リリア天使長の願いも叶える事はできません」
「しかし! 桜さんの母親である行幸さんは今も性転換魔法がかかっていますし、そしてその魔法をかけたのは天使です! その影響で桜さんがこういった事になったのですからっ!」
「天使長! いくらその人間に好意を持たれているからと、特別扱いはしないで下さい!」
「特別扱い?」
「そうです! あなたは一部の人間に特別な感情をお持ちだ!」
「そ、そんな事は……」
「……私だってつらいのです」
「……わ、わかりました……天界の族長審議を受ける事とします」
「そうですか……わかりました」
「私の意見ではなく、天界としての総意であれば……」
「そうですね、もう一度、彼女に男性として生きる道も出てくるやもしれません」
「……私は」
「リリア様……」
「……いえ」
「……」
「私は早速、各族長への議案書を作成します。それではまた……」
「はい……」




