009 俺の夏休み
『宅急便は便利である』
突然なにを言い出すのかと思っただろ?
実は五反先輩に貰ったスマホを先輩の自宅へと送り返す準備をしている。
黒い猫のマークの配達業者は翌日には先輩の携帯を届けてくれる。
なんて便利な世の中なんだろうな。
あ、何で住所がわかったのかだって?
卒業生の住所を調べるなんて簡単だからな。
前に所属していた部活の男子部員に聞けばすぐに教えてくれた。
こういう時は女は便利だなってつくづく思ったよ。
これが噂にハニーなんとかなんだな。
女ってこえぇな。
「明日のお届けでよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
コンビニに荷物を預けてやっと一息ついた。
まったく、自分で買った携帯を俺に持たせるとかどこのゲームの主人公だ。
だが、ここで素直に受け取ってラブコメ展開に発展するような俺じゃない。
「どうしよう……スマホなんて貰っちゃった……(照」
なんて反応するような女だと思ったのか? っていうか俺は男だよ!
まぁ、ともあれこれで一段落だな。
「ふふふんふんふん」
俺はリズミカルな鼻歌交じりに帰路をゆっくりと歩いた。
しかし、先輩はどういう反応をするんだろう?
人間は暇な時についつい変な事を考えてしまうものだ。
さっきまで先輩の携帯を所持していた俺は、宅急便の届いた時の先輩の顔を思い浮かべる。
「お、送り返してきただと!?」
言いそうだ。うん、先輩なら言いそうだ。
「僕の愛を受け取ってくれないなんてもう俺はダメだ」
これは言わないかな?
ともあれ、送り返してきたスマホを見て呆気にとられた上にショックを受けるんだろうな。
俺が先輩の立場なら間違いなくショックを受けまくる。
もう立ち直れないだろう。
先輩はどうかは知らないけれど、多少なりダメージを与えられるのは間違いない。
「よしっ!」
俺は小さくガッツポーズした。
「あっ! ……15年ちゃんじゃん!」
何か聞き覚えのある声にゆっくりと振り向く。
俺の背後には平沢未來の姿があった。
いつの間に背後に? お前はストーカーかよ。
そして、おい、お前は今俺をなんて呼んだ? 15年ちゃんって何だよ!
「こんにちは、15年ちゃん」
また15年ちゃんとか呼びやがった。
「ええと、私の名前は桜花です」
「あ、そうそう! 桜花だ! 桜花ちゃん! あれでしょ? 人間魚雷の名前」
「それは回天ですね……まったく違います。海と空くらい違います。って軍事ネタですか? それも第二次世界大戦の」
「私は第二次世界大戦は興味ないよ?」
「ないんかい!」
俺が呆れておでこに手をついて呆れているのに未來はなぜか喜んでいる。
お前は犬か? マゾか? なんで俺のこの態度を見て喜ぶんだよ?
「でさ、回天ちゃん」
「だから、桜花ですって!」
「あ、そうそう! 桜花ちゃん」
「わざと間違ってないですか?」
「戦車道って好き?」
「聞いてる!?」
この桜花キャラと未來はそんなに仲良しになっていないはずなのに、なんでこんなになれなれしいんだよ?
「聞いてるよ? 戦車好きだって」
「言ってないし!」
「あ、そうなの? でも戦車好き?」
なんでここまで戦車を引っ張るんだよ?
「私は戦車は詳しくないので……」
「そうなの? じゃあタイガー戦車とか知らない?」
「えっと? それってティガーですか?」
「おお! それそれ! 魔法瓶のやつ」
「くっ……」
なんかもう突っ込んだら負けな気がしてきた。
「あのぉ? 私に何が用事ですか?」
「うん、用事だよ! 戦車は関係ないからね?」
そりゃそうだろう。
「で、何の用事ですか?」
未來がニヤリと微笑んだ。
背筋がぞくりとする。なんだこの顔は。
「もう夏休みだね」
「そうですね」
「で、なんでさ、今日は【私】って言ってるのかな?」
「……えっ?」
「この前は【俺】って言ってたよね?」
「……あ、えっと……」
そうだったかもしれない。
でもあれから他人モードを発動させた時は私って言うようにしてたんだ。
でも、なんでこいつがこんな事を気にするんだ?
「はい。今日はお出かけモードなんで私です」
「おお! お出かけモードなの!? すごいね! なにそれ!」
食いつきスギだろ。
「ええと、私には三つのモードがあってですね、「私」「僕」「俺」の三種類の一人称を使い分けるのです」
それに付き合ってやる俺の相当のお人好しだけどな。
「おおおおおおおおおお! 桜花ちゃんすごいね! 私もそういうモードつくろうかな」
「未來さんがですか?」
「うん! えっと、私は……『ツンデレ』『ヤンデレ』『クウネル』ってどうだろ?」
最後のクウネルって何だよ……。あと、お前がツンデレとかヤンデレとか出来るのか?
「どうしてその三つなんですか?」
「今ね、メイド喫茶で色々とチャレンジ中なんだけど、それで自分の特徴というか、なんていうか、個性を出したいと思ってね」
「メイド喫茶で個性ですか……」
何もしなくてもお前は個性の塊だろ。
「そう! 個性だよ! ツンデレってシベリアの個性だよね!」
「それはツンドラね……それに個性じゃないです。気候です」
「亀甲かぁ……」
「小さい【っ】を入れるな!」
俺は大きいため息をついてしまった。
「あ、呆れてる!?」
「多少は」
「ひどい!」
思わず顔を見たが満面の笑みだった。
「ヤンデレって……つけちょこスナックの事だよね?」
「えっと……しいて名前は言いませんけど、まったくもって無理矢理すぎですよ。ヤンしかあってないじゃないですか」
「ヤン……銀河英雄かな……」
「……はい。そういうキャラもいましたね」
こいつすっげーめんどくせーーーー!
しかし、こいつがこんなにボケたりする奴だとは思ってなかった。
前に俺と話していた時にはやけに大人しくしてた奴だったんだけどな。
こんなに騒がしい奴だったんだな。新しい発見だ。
まぁ、俺はこういう未來も嫌いじゃないけど。
ただ、うざい。
「クウネルはあれだよ? 食って練るって意味だよ?」
「練るじゃなくって寝るですよね? でもこれって文字じゃないとわからないんですけど?」
「えっ? 違うよ。練るだよ。納豆だもん」
「納豆かよ! 納豆をクウネルなのかよ! 聞いた事がなかったよ! 新しい発見だよ!」
「わーい! 桜花ちゃんっておもしろーい!」
「くっ……くそっ」
「と言う事でさ」
「何がと言う事なのか理解できませんが、なんですか?」
「一緒にバイトしよ?」
「嫌です」
俺は即答して歩き始めた。
「即答すぎて諦められないよ!」
「諦めてください。今はバイトしたいなんて思えないんです」
俺の後ろをトコトコと未來が着いてくる。
それを無視して歩くがずっとずっと未來がついてくる。
いい加減に俺も気になって仕方なくなったので思い切り振り向いてやった。
「ひぃ!」
なんかびっくりされた……心外すぎる!
「お、驚いた……いきなり振り向くんだもん」
「ずっと未來さんがついて来るから気になって仕方ないんですよ!」
「えっ!? 気になってるの? 私が? 気になるの? でも……私たちは……まだぁ……」
頬が赤いんですけど。何か勘違いしてませんか?
「私たちは赤の他人です」
そう言って俺は再び歩き始めた。
「冗談よ! 冗談!」
「はいはい、そうですか……」
「で、何の話だっけ?」
「あんたがついて来るから、俺が用事は何かって聞いたんだろうが!」
思わず怒鳴ってしまった。
ハッと我に返ると、周囲にいた人たちが一斉に俺を見ている。
いっきに顔に血が上って熱くなった。
「くっそおおおお!」
なんでこんな事になった?
「桜花ちゃん、落ち着いて!」
「あんたのせいだろ!」
俺はその場から逃げだした。
マジで涙が出そうだ。
昨日はダブル告白で参ったけど、今日はまさか幼馴染みに翻弄されるとか……。
しばらく走ってから後ろを振り返るともう未來はいなかった。
流石のあいつも悪かったと悟ったのか? それとも面倒くさくなって追ってこなかったのか?
とりあえず助かった。
そして家に到着した。
「ただいまぁ」
「お帰りっ!」
満面の笑みの未來さんが俺にいきなり抱きついてきた。
「なんであんたここにいるの!」
「自転車?」
「あの近くに置いてたのかよ!」
「うん」
もうなんというかすごい疲れた。
「でね、真面目な話なんだけど一緒にバイトして貰えないかな?」
先ほどまでのバカな表情がいきなり消えた。
未來は本当に真面目な表情で俺の目をじっと見ている。
「で、でも……メイド喫茶だよね?」
「うん。そうなんだけど、人が本当に足りないの」
「そうですか……」
「だから桜花ちゃんの力を借りたいの! あなたなら出来るわ! ほら、空に輝く星が……」
「今は昼です。と言う事で失礼します」
俺は階段を上がる。未來なんて無視して。
なんていうか、真面目に聞こうとして俺がバカだった。
「ちょ、ちょっと待って! 本当に手伝って欲しいの! ただ、私、まだ桜花ちゃんと仲良くないし、だから頑張って仲良くしたかっただけなの!」
俺が二階に上がりきった所で振り向くと、未來の瞳に涙が浮いていた。
「はぁ……」
まったく不器用というか、本当にこいつはなぁ……。
こんなんだから友達だってできなんいだろ。
「桜花ちゃん、お願いします……バイトを一緒にしてください……」
未來がいきなり土下座してきた。
いきなりすぎてびっくりする。
すると母さんが階段を上がってきて俺たちを見た。
「いいんじゃない? やってあげれば?」
あんた、聞いてたのかよ。
「俺の問題だ。簡単に言うな」
「でも、女子力をアップするにはそういう経験も必要でしょ?」
「何で俺が女子力を……」
未來と目があった。
「……と、とにかく俺はやらない」
「でもね、桜花?」
「なんだよ?」
「働かないとお小遣いないわよ? 夏は0円で過ごしてね」
「えっ!?」
「ちょっとお父さんが仕入れした限定版のエロゲーが売れ無くってね、換金が出来てないの」
「ここでリアルな家庭事情だすな!」
しかし、お小遣いがないのは厳しい。
厳しいけどメイド喫茶は……。
「今なら時給が1200円」
俺の心の中の何かが砕けた。
「……週何日出ればいい?」
「1日からOKだよ」
「……あ、あんたの為にバイトしてあげる訳じゃないんだからな」
背に腹は替えられない。俺はバイトを決意した。
未來はニコリと微笑んで立ち上がる。
「桜花ちゃんのツンデレ頂きました♪」
「は、はぁ!? お、俺はツンデレじゃないし!」
こうして俺のツンデレデビューが決定した。
違う! バイトデビューが決定してしまった。




