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アイドル

はいけー。



かんそうとかもらうと、ないてよろこぶでござる。



そーそー。

「くそ……アルから金をもらうのを忘れていた……ジュースも買えないじゃないか」


人通りの多い交差点を、独りごちつつただ歩く。右も左もせわしなく道を急ぐ人間。俺はなおさら憂鬱な気分になった。

俺が生まれたころから、人類というものは何も変わっていない。短き生涯を愚かにも行き急ぐ……よわい万年に近い俺には、到底理解も納得も出来ない思考だ。

そんな人ごみの中で、目を引く集団に俺は出くわした。


老人から青年、年齢層こそばらつきはあるが、一様に色の揃った半纏はんてんを羽織り、頭には虹色の鉢巻、手にはメガホンや光る棒……サイリウムというんだったか? それらを握り締めた軽く四、五十人はいる人間たち。


そんな異様とも見える集団の視線の先にいたものは。



「みなさーん! 今日はアーシェのゲリラライブに来てくれて、本当にありがとー!!」




『アァァァァァシェェェェェェっっ!!!』


「!?」

唐突に轟く轟音。目前の集団が発した叫びとも取れる声は、周りの空気を震わせるほどの熱気であった。

そんな声援を笑顔で受け止めながら、煌びやかとまではいかないが垢ぬけた舞台衣装を纏う、アーシェと名乗った少女は、マイクを片手に声を上げる。


「それじゃあ早速いくよー!! 新曲……thirdchallenger!」

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』



少女の声を皮切りに、周囲に響く音楽と歓声。無感情に満ちた交差点という空間は、石火の如く様変わりする。その熱気と勢いは通行人はおろか、走行する車さえ立ち止らせる。


この場にいるすべてのものが、あの少女にせられている。


無論、俺を除くが。


「これは、あれか、アイドルとかいうやつか」


あくまで冷静に、俺は口にする。よく見ればあの少女も見覚えがある。最近テレビ番組に……もちろん俺は公園の公共テレビで観たに過ぎないが、よく出演している売れっ子じゃないか。

そりゃこれだけ熱狂的なファンがいても、不思議ではない。


と、ここまで考えて、俺は雑念を払うべく頭を払う。払いまくる。


「テレビもアイドルもくだらんな! はっ、なーにが歌だ! 浮ついた愚か者どもめ!」


わざと大きめの声で悪態をつくも、だれもが超人気アイドルに夢中で、俺などには目もくれていない。


……情けない気持ちになる。以前は俺が口を開けば、すべての人間が恐怖におののいたものを……。

これ以上ここにいても、虚しいだけだと気づき、俺は歩みを再開した。



「あ、あアーシェちゃんん!!!」


しかし、その歩みは背後の怒声によって阻まれた。


鳴り響くミュージックのさなか、少女の前に歩み寄る小太りの男。明らかにエマージェンシーというべき事態だ。


「あ、あの君? ライブ中はもう少し離れてほしいかな?」

「あ、あ、アーシェちゃんっ……い、いつもテレビからボキをみてるよね、へへぇ」

「え、え? あ、はは、あの?」


突拍子もない言動に、困惑しつつも苦笑いで対応するアーシェ。

いわゆるあれは……たしかストーカーとかいうやつだろうか? 熱狂的すぎるがゆえに、ファンという枠組みから外れてしまった異端者。詳しくは知らないがまぁ定義はこんなところだろう。


と、俺が考えているうちにも、小太りの男は息を荒げながらアーシェに近づく。


「は、ははぁ、やっと会いにこれたんだよっ、ひひ」

「……あ、の……ち、近寄らないで」

「は、恥ずかしがり屋だなぁアーシェちゃんはぁ、へへ、大丈夫だよ……ちゃんと二人きりになれるから」


ついに明確な拒否を示すも、そんな言葉は届いていないのか、男は身勝手なことを並べつつ、懐からナイフを取り出す。おそらく無理心中でもしようと考えたのだろう。


愚かだな。


まずこの状況で、アーシェをどうこうできる筈がないだろう。いまこの場には彼女の親衛部隊とも言うべきファンがごろごろいるのだ。俺も以前は部下たちには世話になったな……。

今では生死すらわからないが、生きていればこういうときにも、俺を守って――?


と思い出に浸っているも、次第に俺ははてなを飛ばす。


アーシェが危険に晒されているというのに、目前でたたずむ男たちは誰ひとりとして、動こうとはしないのだ。


なぜだ、自分の大事なものが殺されそうになっているというのに、なぜ助けようとはしない? 俺の部下達なら命を捨ててでも助けに来たというのに。


……。


そうか。

人間とは、かくも薄汚い生き物だったな。

つい先ほどまで祀り上げていたものでも、いざとなれば所詮は自らの命が優先されるのだ。たかが他人に捧げる命の持ち合わせはないのだろう。


そんな、信念も意地も義心すらもたない、こんなゴミ屑どもに、俺は負けたのか。


腹が立ちすぎて、笑いもでない。


「くそったれが」


唸るように呟きつつ、俺は人ごみを掻き分け、アーシェと男の間に割って入る。


「? な、なんだよお前!」

「黙れ下等生物」


唐突に現れた俺に、男が唾を飛ばしながら抗議してくるが、一言で一蹴する。


「あ、あの君は?」


「お前を助けるわけじゃない、ただのやつ当たりだ!」


「え? あ、はい?」

半ばキレつつ答える俺と、目をしばたたかせるアーシェ。

俺は振り向きざまに、男に吐き捨てる。


「無様に転げまわってからくたばれ! 血塗ブラッドネスりの咆哮ファング!!」



……。


辺りが静寂に包まれる。


ここに至って、俺は一番大事なことを思い出す。


今の俺は政府からかけられた呪術のせいで、



魔法が使えなかったんだ。


「……あ、詰んだ」

「わ、わけわかんねぇんだよ! じゃ、邪魔すんなぁ!!」



「!」


呆然と空を見つめる俺に、ナイフを突き立てる男。その距離が縮まる。


諦めと本日何度目かの情けなさを噛みしめながら、俺は目を閉じた。



まとめ方が分からないこの頃。

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