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バケモノ姫の○○騒動  作者: 長野 雪
バケモノ姫の毒殺騒動
21/35

4.多事多難に心乱れる

※8/15に小話を割り込み投稿しています。よろしければご確認ください。


※汚物(?)表現注意。


『今すぐ寄越せ!』


 将軍の有無を言わせぬ命令に、ユーディリアは即座に自分の身体の主導権を譲る。過去にこんな風に切羽詰った様子で怒鳴られ、助けられたこともあり、即座に反応できたのは積み重ねた信頼の証と言って良いだろう。

 将軍は腰を落として最初の飛来物を避けると、立ち上がり様に振り向くことなく、斜め後ろを歩いていたサッカードの腰から剣を引き抜くと、続いて飛んできたものを次々と叩き落とした!


「え、えっ?」


 何が起きたのか分からないザッカード青年の足元に、その凶器が転がる。


「待てっ!」


 将軍はザッカード青年の剣を持ったまま、ラヴェンダーの株を掻き分け、不審者を探す。


「ここらへんだと思うが……」


 踏み荒らされた地面を眺め、将軍は周囲をうかがう。

 残されたザッカードは、応援を呼ぶ笛を勢い良く吹き鳴らす。


『将軍、あれは何?』


 自分のものだが将軍によって動かされている視界の端に、キラリと輝くものを見つけ、ユーディリアは注意を促した。


「これは……」


 金色のカフスボタンだ。宝石がちりばめられ、決して安くないものだと分かる。


「気配はもうない、逃げられたか」

『将軍、ありがとう』


 ユーディリアは主導権を握ると、そのカフスボタンをドレスの胸元に隠した。

 中庭に、ドタバタと複数の足音が近づいて来るのが聞こえた。


(うまく不審者を捕まえられるといいんだけど……)


 ユーディリアは駆け寄って来たザッカードに剣を返す。


「たぶん、ここから投げて来たのだと思いますわ。……そういえば、必死で見えなかったのですけど、何が飛んで来たんですの?」


 するとザッカードは顔を曇らせた。


「その、知らない方が良いと思います」


 教えてくれないなら、とユーディリアは襲われた場所へ戻って見てみようと足を踏み出した。


「ま、待ってください」


 引き止めようとしたザッカードはユーディリアの手首を掴み、慌てて離した。


「す、すみません。でも、見るのはもっとダメです」

「でしたら、教えてくださる?」


 じっと見つめられ、顔を赤らめたザッカードは視線を外した。


「僕が見つけた限りでは、ネズミ駆除に使われる殺鼠剤入りの団子が三つ、そして、ネズミの死骸が二つ、でした」

「―――そうですの。教えてくださってありがとうございます」


 ユーディリアはザッカードに小さく頭を下げると、きれいに舗装された道に戻った。


「状況を説明するために、ここに残った方が良いのかしら?」

「……そうしていただけると助かります。恥ずかしながら、僕には何が起きたのか分かりませんでしたから」


 二十歳を過ぎてなお、この正直さと謙虚さを持つ青年に、ユーディリアは眩しいものを見るように目を細めた。


「……何か?」

「いいえ、少しあちらで休んでいますわね」


 道の突き当たりにあるベンチを指差すと、ユーディリアは返事も聞かずにすたすたと歩き出した。


『殺鼠団子に死体? ねぇ、それ犯人ゼッタイに女だと思うんだけどー!』


 ベリンダが女って陰険だし、そういうことするって、と自論を展開するのを聞き流し、ユーディリアはベンチに腰かけ、両手で口を覆い隠した。傍から見れば、ショックで怯えているようにも見えるはずだ。


「ベリンダの陰険女って話、将軍はどう思う?」


 手の中で、小さく呟く。音量がどんなに微かなものであっても、声として外に出せば、三人には聞こえる。


『そうすると、毒入り菓子の件とは別の犯人かのぅ?』

『あ、あの、自分、くるみタルトの毒ってどんなものか知らないんですけど、あれも致死量じゃなかった、とか?』

「……まさか、だって、あれだけの欠片で魚が死んだのよ?」

『同じ毒でも体重などによって致死量は異なります。……その、リカッロ殿下に確認することって、できませんか?』


 リッキーはちらりと視線を動かし、歌姫時代の陰険ないじめを挙げ連ねているベリンダを見た。やれ喉を焼くような強い酒だの、衣装をズタズタに切り裂くだの、不幸の手紙だの。

 続々と集まって来る兵達を眺めながら、ユーディリアは考える。


(どちらにしても、わたしへの嫌がらせ、と考えた方が良いのかしら)


 嫌がらせなら命の危険もない。まぁ、ネズミの死体なんぞをぶつけられたくはないけれど。


『……どうやら、直々に足を運んで来たようじゃの』


 将軍が指差す方を見れば、いつものように副官を従えたリカッロがこちらにやってくるのが見てとれた。


『それは、どうする? 渡すのか?』

「……えぇ、そのつもり。だけど、直接渡したいの」


 とっさに胸元に隠してしまったカフスボタン。普通に考えれば、リカッロに渡して調査してもらうのが一番良い。ただし、途中、誰かの手を介してしまうことは避けたかった。

 現場に立ち止まり、ザッカードから話を聞いているリカッロに見られないよう、すばやく胸元に手を入れた。


「エメラルド……かしら。ずいぶん色が深い、上質のものね」


 金色の枠に大きなエメラルド、そして側面には細かい模様が彫られていた。一目見ただけでも、随分と値の張るものだと分かる。


「おい、大丈夫か? ……なんだそれは?」


 近くに来るなり、ユーディリアの手にしたそれに目を留めたリカッロが興味を示した。


「わたしは大丈夫ですわ。ザッカードから状況はお聞きになりましたの?」

「あぁ、いきなりしゃがんだと思ったら、剣を抜いて植え込みに駆け込んだとさ」

「……随分と省略されましたのね。ちょうどあそこの、ラヴェンダーの株あたりから投げられたと思いましたので。……ですが、犯人は見当たりませんでしたわ。―――これを」


 リカッロが差し出した手のひらに、カフスボタンを転がす。


「その辺りで見つけたものです。……犯人のものとは限りませんが」

「カフスボタンか? ずいぶん高価そうだな」


 ユーディリアはベンチから立ち上がった。


「わたし、部屋に戻っていますわ」

「そうだな、二人ほど護衛につける。そこで待ってろ」

「そんな、部屋に戻るだけですもの―――」


 リカッロはユーディリアの辞退の声も聞かないで、現場の方へと戻って行ってしまった。


『まったく、厄介なことだのぅ』

「襲撃が? 護衛が?」

『両方じゃ。護衛がおると、儂が動きにくくなってしまうわい』

「同感ね。……手間取らせるのも悪いし、部屋に戻りましょう」


 護衛を選ぶ前に、とユーディリアは歩き始めた。


「……ユーディリア姫?」


 数歩も行かないうちに呼び止められたユーディリアは、案外早く護衛も選ばれたのね、と思って振り返り、予想外の人物に目を丸くした。

 その一房だけ赤く染められた銀髪は間違えようもない。


「ペトルーキオ様?」

「あぁ、やっぱり。この騒ぎ、何かあったんスか?」

『うかつに話すな』


 将軍に言われなくとも分かっている。変に情報を拡散すれば、リカッロの調査に支障をきたしかねない。


「何かトラブルがあったみたいですわ。―――ペトルーキオ様はどうしてこちらに?」

「あぁ、今日はユーディリア姫に会いに来たんスよ。この間はリカッロ様の邪魔が入ったッスからねー」

「そうですの。でも、残念ながらリカッロ様はあちらで調査の指揮を執っていらっしゃいますわ」


 丁度、二人の護衛が走って来る方角を手で示せば、ペトルーキオは「げっ」と貴族らしからぬ声をあげた。


「それでは、わたしは部屋に戻るところでしたので」


 護衛に追いつかれてしまったが、この男と話すよりはマシだと思い、愛想笑いを浮かべる。


「ユーディリア姫様、我々が部屋まで護衛いたします」

「えぇ、ありがとう」


 それではごきげんよう、と挨拶をすると、ペトルーキオは別れの挨拶を口にはしなかった。


「くるみのタルトはおいしかったッスか?」

(え―――?)


 何を知っているのかと問い詰めたかったが、護衛の兵達に阻まれるように急かされた。おそらく、リカッロがペトルーキオと話をさせないようにと言い含めておいたのだろう。


(まさか、あの人が……?)


 王妃と仲が良かったようだから、今のユーディリアの状況を裏切りと捉えていてもおかしくない。

 あのカフスボタンだって、アームズ公爵家ともなれば、身に着けていてもおかしくない。

 でも、あの毒入りタルトの犯人なら、なぜ、わざわざ自らそれを口にした……?


「あの、ユーディリア姫様?」


 兵に声をかけられ、反射的に「はい」と答え、いつの間にか部屋の前まで来ていたことを知った。


「我々は扉の前で警護しておりますので、何かあればお声をお掛けください」

「まぁ、何だか心苦しいわ。……でも、そうね、そうして下さると、わたしも心強いですわ」


 一応、兵達の顔も立てなければならない、と気付いて感謝の言葉を並べた。イヤだと言ってもリカッロは聞かないだろう。

 ユーディリアは、とりあえず一人になってしまえばこっちのもの、と扉を開け―――


「っ!」


 悲鳴こそ上げなかったものの、絶句して立ち尽くした。


「これはっ!」


 部屋の中を見た兵もぎょっと目をむいた。

 いつも使っているカウチに、赤く汚されビリビリに切り裂かれた白い布が横たわっていた。


「おい、とにかくリカッロ様に報告を!」

「はい!」


 兵の一人が元来た道を引き返して行く。

 ユーディリアは将軍と、何故か探偵気分のリッキーに促され、室内に入って行った。


「ユーディリア姫様! 中に入られると危険です!」

「――人の気配はありませんわ。少し確認したいだけですので、気になさらないで」


 気にします!と兵はユーディリアの脇につき、周囲を警戒しながら部屋に足を踏み入れた。


「これは……、わたしの婚礼衣装ですわ」


 カウチの白い布は、ここセクリアへ嫁いで来た時にまとっていたドレスだった。だが、裾から胸元から、何度もハサミを入れられたようにズタズタに裂かれている上、赤い染料をぶちまけられていた。血ではない、というのはリッキー、将軍共通の見解だ。

 さらに奥に進むが、寝室や鏡台などに荒らされたような後は見当たらなかった。


「あら……?」


 バルコニーで何かが光ったような気がして、ユーディリアは誘われるように足をそちらに向けた。また、犯人の痕跡でもあれば良いのだが―――


『止まれっ!』


 将軍の一喝に、びくり、とユーディリアの足が止まる。続いて将軍の口から出た言葉に、彼女は眉間にしわを寄せた。


「ユーディリア姫様?」


 不思議そうにこちらをうかがう兵に、ユーディリアは「お願いしても良いかしら」とバルコニーを指差した。


「そこの出入り口を、剣で縦に切ってみていただけない?」


 はぁ、と首を傾げた兵は、腰に下げた剣を抜き払い、言われるがままに空を切る。


「え?」


 兵のあげた素っ頓狂な声に、やはりな、と将軍が呟く。将軍に言われるまま、恐る恐るバルコニーに頭だけ差し入れた左右を見たユーディリアは、丁度、彼女の目ぐらいの高さに釘が打ち付けられているのを見つけた。そこからキラリ、と糸のようなものがぶら下がっているのが見える。


『おそらく鋼糸と呼ばれるものじゃろう。細くしなやかで見えにくい。気付かずに外に出ていれば、この高さでは失明の怖れもあったわい』


 淡々と説明する将軍の声を聞きながら、自分の背すじを悪寒が走るのを感じていたユーディリアは「あまり自分で調べると怒られてしまうかしら」と兵を従えて廊下の方へ戻った。

 壁を背に立ったユーディリアは、震えてしまいそうな自分の身体をぎゅっと抱きしめる。

 少なからずショックを受けている自覚はあった。部屋の中ですら安全ではないのだと思い知らされる。王位争いもなく、のどかなレ・セゾンに育ち、命を狙われる経験などあるはずもなかった。たとえ、将軍やリッキー、ベリンダという頼れる相談相手がいても、怖いものは怖い。

 とりあえず、何とか落ち着かなくては、と深呼吸を繰り返す。だが、かえって心臓は跳ねるばかりで落ち着く素振りも見せなかった。


(えーと、何か別のこと、別のこと)


 今回のことで、下手をすれば部屋の外へ出ることさえ禁止されるかもしれない。そうしたら、どうやって時間を潰そう?


(レ・セゾンだったら刺繍の内職をやっていたけど―――)


 果たして、セクリアでその内職はできるのだろうか。何年もやっていたから、そこそこ腕は立つのだけど、さすがによそから嫁いで来た王女に仕事をくれる人なんているわけないし。レ・セゾンで仕事をくれたミリーは元気かしら? そういえば犬を飼っていたわ。セクリアでも犬を飼えたりしないかしら。きっとあのあったかくて柔らかい毛皮を撫でれば、幸せな気分に―――

 気を逸らすための妄想は、階段を上がってくる荒々しい靴音に中断させられた。


「リカッロ様! こちらです!」


 ユーディリアは隣で手を上げて合図する兵を横目に、表向きは平静に見られるよう、自分を抱きしめていた両手をほどいた。


「ユーディリア姫様と中を少し検分しましたところ―――」


 鋼糸についての報告を聞くなり、リカッロの顔が一気に険しくなった。


「こうまで続くと、レ・セゾンからの使者が鉱山の視察に行っていてくれて助かりますね」


 隣の副官の言葉を舌打ちで返したリカッロは、兵を一人だけユーディリアの隣に残すと、部屋の中へと入って行った。残されたユーディリアの目は、ズタズタになった婚礼衣装や、バルコニーを確かめる彼の姿を追う。だが、再び室内を見て、恐怖が舞い戻ってきてしまった。


(いけない、いけない。―――えぇと、どこまで考えたっけ?)


 そうだ。犬だ。愛玩犬じゃなくてもいいから、飼わせてもらえないだろうか。番犬だっていい。あぁ、でも、わざわざ飼わなくても、馬を撫でに行けばいいのかしら。そういえば、婚約後に馬を一頭贈ってもらったけど、あの子はどうなったのかな? 城から脱出した誰かが奪って行ってしまったかもしれない。葦毛のきれいな目をした馬だったのだけど。

 一通り検分したリカッロが目の前にやって来るのが見えた。


「……おい、大丈夫か?」

「はい、大丈夫ですわ」


 楽しいことばかり考えていたからだろう。笑顔は自然に浮かべることができた……はずだった。


(なんで、こんな不機嫌な顔になるのかしら?)


 どこかイヤな物でも見るような目つきで、まっすぐユーディリアの顔を見つめたリカッロは、突然、彼女の手首を掴んだ。


「ボタニカ、ここの調査は任せた」

「はい。リカッロ様はどちらに?」

「適当にぶらついてる」


 え?と当惑する副官を無視し、ユーディリアを引っ張り、リカッロは歩き出した。


「あ、あの、リカッロ殿下……?」

「うるさい、黙れ」


 有無を言わせぬその低い声に、ユーディリアは抵抗を諦め、そのまま付いて行くことにした。


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