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バケモノ姫の○○騒動  作者: 長野 雪
バケモノ姫の嫁入り騒動
13/35

13.被害者は不自然に逃げる

「お願いです、力を貸してくださいっ」


 巡回兵のカンテラの明かりに照らされ、状況が明らかになった。  床に倒れていたのは、見知らぬ男。上下を黒に固めている服装からして、この城で働く者には見えなかった。

 そして、そんな男の腕を後ろにねじり上げ、全体重を使って押しつぶすように動きを封じていたのは、つい先ほどすれ違ったユーディリア姫様ご本人だった。彼女自身が非力であるためか、ぷるぷるとその腕が震えている。持っていたはずの手燭は消され、廊下の端にそっと置かれていた。

 事態を確認して先に動いたのはリカッロの部下二人である。出遅れた元セクリア兵は、重労働から解放されたユーディリアを庇うように支え、ぎょっとして目を逸らした。

 松葉色のドレスが、襟元から腹にかけてザックリと切りつけられていたのだ。暗い中とはいえ、白く滑らかな肌を見てしまった彼は、顔を赤くした。


「申し訳ありません。気が動転してしまって……。泥棒さんがいらっしゃるとは思わなかったのです」


 ドレスの前を掻き合わせたユーディリアは、動転していると言っている割には、落ち着いた声で駆けつけてくれた三人をねぎらう。

 ユーディリアに押さえつけられている時は、ジタバタと暴れていた泥棒は、兵士二人に押さえつけられ、観念したのか抗うことはなくなった。

 そうこうしている間にも、ユーディリアの悲鳴を聞きつけた兵が何人もやってくる。


「なんだ、この騒ぎは」


 その声に、廊下の壁にもたれかかって息を整えていたユーディリアは体を固くした。首を巡らせば、副官を従えたリカッロがやって来ている。


『あーあ、見つかった。アタシ知―らないっと』

『これだけ兵が集まれば、身の安全も保障されたじゃろ』


 口ぐちに勝手なことを言って、ベリンダと将軍が姿を消した。ちなみにリッキーはとっくに逃げている。


「リカッロ様。どうやら盗人が城に忍び込んでいたようです。その、ユーディリア姫様が―――」

「ユーディリア? なんでお前がこんな所にいる?」

「あ、の、申し訳ありません。寝つけなかったので、城内を散策しておりました」

「悲鳴が上がって、駆けつけた時には、もう、ユーディリア姫様がこの盗人を押さえ込んでいたんです。いやまったく、お強いことで」


 余計なことまで説明する巡回兵に他意はなかったのだろうが、その内容に、後ろ手に縛られた男が「ふざけるなっ!」と声をあげた。


「その女が姫様だと? 五年もこの稼業やってる俺様がお姫様なんぞに後れをとるわきゃねぇだろ!」


 兵に頭を床に押し付けられながらも、おいこらそこの怪物女、と叫ぶ泥棒に、ユーディリアは掻き合わせた胸元をきゅっと握りしめた。


「わたし、お邪魔になりそうですから、部屋に戻っていますわ。その泥棒さんのこと、お願いします」


 両手で胸とお腹を押さえ、優雅に頭を下げると、ユーディリアはくるりと背を向けた。灯りも持たず、暗い廊下に吸い込まれるように歩く。


「待て、部屋まで送る」

「いいえ、結構ですわ」


 リカッロ王子の申し出を拒否し、ユーディリアは速足でその場を去った。


「ちっ。―――ボタニカ」

「えぇ、後始末はお任せください。生まれてきたことを後悔するぐらいにキッチリ処罰しておきます」


 リカッロの意図をきちんと理解した副官は、自身も怒りを抱いているのだろう、冷たい視線で男を見下ろした。

 一方、リカッロは逃げようとするユーディリアを、階段の手前で肩を掴んで引き止めた。


「送るって言っただろ」

「……」


 首だけを動かし、リカッロを見上げたユーディリアは何かを言おうとして、口を開きかけ、やめた。


「なんだ?」

「いいえ、何でもありません。ただ、そんなに強く掴まれていては、階段を上れませんの」


 リカッロの声に苛立ちが含まれているのは分かったが、ユーディリアも混乱していて、どう対応していいのか分からなくなっていた。


「それに、……右肩、まだ痛いんです」


 本当はそれほど痛くなかったのだが、その言葉にリカッロは慌てて肩にかけた手を放してくれた。


「何があったんだ。いや、そもそもどうしてお前がこんな所にいる?」


 歩き出したユーディリアを追うように、リカッロも階段を上がる。


「寝つけなくて、散歩をしていたんですの。そうしたら、突然、後ろから襲われた。……それだけのことですわ」


 前を大きく切り裂かれたドレスを掻き寄せているユーディリアに、リカッロはまだ気づいていない。それが良いことなのか、悪いことなのかは分からないが、ユーディリアはとにかく一時も早く部屋に戻って着替えたかった。


 階段を上りきって三階の通路に出た時だった。

 後ろを歩いていたリカッロに肩を引かれ、ユーディリアはよろけるように180度、くるりと回転させられる。


「お前……っ!」


 手に持った灯りに照らされたその姿に、リカッロは驚愕の声を上げた。


「見ないで、ください」


 ぎゅっとドレスを握りしめ、ユーディリアは顔をそむけた。


「何があった。全部話せ」

「……ここまで来たのですもの。部屋に戻ってからでもよろしいでしょう?」


 そのセリフに何を思ったか、リカッロはユーディリアの肩を抱くと、まるでひきずるようにして歩き出した。


「え、あの……」

「部屋に戻るんだろ?」


 ずかずかと歩き、まるで蹴破るような勢いで部屋の扉を開けたリカッロは、部屋の中にユーディリアを押しやると、後ろ手にドアを閉めた。


「さぁ、話せ」


 棘のある声に、ユーディリアはうつむいた。怖くて顔が見られない。それ以前に、今さらながらに恐怖感がよみがえってきて、とても平然とした表情を保てそうになかった。


「廊下を歩いていたら、突然、後ろから羽交い絞めにされたんです」


 できるだけ客観的に、他人事のように話そうと努めるユーディリアの声は自然と固くなっていた。


「今なら、城内も混乱があるはずだ、と泥棒さんは仰ってました。わたしの持っていた灯りを消すように言ってきて……。どこかに戦利品として金目の物がまとめてあるだろう、そこへ案内しろ、と」


 その時のことを思い出し、ユーディリアの身体がぶるり、と震える。


「答えられなかったわたしに、脅せばしゃべると思ったのでしょう。泥棒さんは、持っていた短剣を、わたしの胸元に入れて、一気に……」


 と、突然、リカッロがユーディリアの肩を掴んだ。


「もういい。話すな。思い出そうとするな」

「いいえ、わたしは大丈夫ですわ。細かく話した方が、今後の警備体勢を考える参考に―――」

「つらいなら、無理に話す必要はねぇ。平気なフリすんな」

「そんなに心配していただくほどの、ことで、は……あら?」


 リカッロを見上げたユーディリアの瞳から涙がこぼれ、それがきっかけとなって今まで必死になって押さえていた身体の震えが再開されてしまう。


「あの、申し訳ありません。ほん、とうに、心配なさることでは―――」

「うるせぇ、黙れ」


 リカッロはユーディリアを引き寄せ、抱きしめた。突然のことに驚くよりも、腕の中の温かさに体の力が抜ける。だが、すぐに気を取り直して、ぐっと両足に力をこめた。


「……ったく、お前みてぇなのを見るとイライラする」


 リカッロの胸に顔を埋めたユーディリアからは、彼の表情は見えない。だが、とても怒っているだろうことは、声だけで分かった。


「言いたいことがあれば言えよ。怖いなら怖いと泣けばいい。ガキにもできることが、どうしてできない?」

「……それは、わたしが子供ではないから、ですわ」


 今にも涙声一歩手前の震えた声でユーディリアは反論を試みた。


「ここにいる私は、ユーディリアという一人の人間である前に、こちらへ嫁いで来たレ・セゾンの王女です。求められる振る舞いをする方が優先されます」

「……それ、普通に考えて逆だろ?」


 声に呆れた様子が混ざったのを感じて、ユーディリアは少しだけ緊張を緩めた。


「わたしは、その順番でいいんです」

「そのつまんねぇ考え方が、無性に腹立たしいんだよ、くそっ」


 頭の上で舌打ちをされ、ユーディリアはびくっと身体を震わせた。


「……でも、ずっと、その考え方でやって来たんですもの。今さら、変えられません」


 怯えながらも自分の考えを改めようとしないユーディリアを、リカッロはさらに強く抱きしめた。


「ほんっとーに、お前は思い通りにならねぇ女だな」


 ぎりぎりと抱き潰されそうな力に、ユーディリアの口から小さく呻き声が洩れる。慌てて、リカッロは力を緩めた。


「仕方ねぇ。お前の立場もあるんだろーから、ある程度は許してやる。―――だけどな、オレしかいない場所では、そういうのはやめろ」

「……それは難しい話です。だって、リカッロ様はミレイスの方で、わたしは、レ・セゾンの人間ですから」

「お前は! ……お前はオレの嫁になるんだろ?」


 まるで信じられないセリフを聞いたかのように、ユーディリアは首を動かし、間近に見えるリカッロの顔を仰いだ。


「そんな風に、考えたことはありませんでしたわ」


 すると、その心から驚いたと素直に出した表情に、リカッロの黒い目が和んだ。


「ようやく理解したか? それなら後は訓練だな。―――怖かったんだろ?」


 その言葉に、とうとう緊張の糸が切れてしまったユーディリアの見開いた目に、みるみる涙がたまっていった。


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