⑥
翌日、安藤は学校に登校する時間が普段よりも遅れていた。もちろん遅刻にはならないが、普段よりも十分も遅い。昨日の教室の様子を思い出すと、学校に早く登校するのが嫌だったのだ。
教室に入ると、いつもAR眼鏡に夢中で静かな教室がざわついていた。そんな中、席に着いていない安藤に高田が早足で近づいてきた。
「なぁ。信じたくはないが、本当に昨日の騒ぎのメールはお前ではないのだな?」
「もちろんだよ。僕にもメールが来た、と昨日言ったよね」
高田は伸びきった髪で隠れた、AR眼鏡のテンプルを人差し指で何度か突く。指の動きが止まると、言いにくそうに口を開けた。
「昨日、俺にも問題のメールが届いていたのだよ。添付されている写真が問題なのだ。その、昨日俺が安藤と話しているときの様子を安藤の目線から撮ったとしか思えない写真だった」
高田はAR眼鏡越しに安藤を真っ直ぐ見つめる。
「そう言われても……」
高田は言い訳をするように早口で言う。
「俺は安藤を信じたい。でも俺以外の人間にも、似たようなメールが来ていた。今クラス来ている全員にメールが来ているのだ! 頼む。どうしてこのようなことをするのか、教えてくれないか?」
高田も完全に安藤のことを信用していない。
安藤の心に悲しみが広がる。どうやれば、信用してもらえるのか考えるが分からない。何もすることが出来ない安藤は、ただ否定するしか出来ない。
「僕は送っていないし、撮ってもいない! 信じて、高田……」
懇願するように安藤は高田を見る。AR越しに高田と目と目が合う。
「分かった。俺は安藤を信じ……よう」
苦しそうに言うと、高田は踵を返して席に戻って行った。
安藤は自分の席に座ると、体の力が抜けてしまう。高田ですら北野と同じく、自分を疑っていると思うとこの場にいることが嫌になった。早く時間が過ぎて、授業が始まることを願っていると、ざわついた周りの話し声が安藤の耳に入る。
「北野だけならば仲悪いから、と言えば、その気持ちは分からなくはないけど。さすがに、いつも仲良くしてる友人のプライバシー、も侵害するって何考えてんだよ」
クラスメイトの怒りの声音が安藤の心を刺す。
自分はしていないのに、どうして高田を裏切ったとクラスメイトに思われなければいけないのだろう、と安藤は軽い怒りを覚えた。
「やめとけよ。俺たちの情報も持ってかれてるんだ。変なこと言ってると、情報売られるぞ」
「くそ!」
高田は、今クラスにいる全員にあのメールが来ている、と言っていた。今クラスにいる全員は、高田のように自分を疑っている集団なのか。クラスが騒がしいと思ったら、情報を知られた者同士が感情を共有していたというわけだ。
安藤は、自分にもメールが一度来たというのにどうしてこのコミュニティに入れないのだろうか、と思った。理由は分かっているが、解決することは出来ない。もう何を言っても信用しては貰えないのだ、と途方にくれた。
「すごい顔してるけど、大丈夫?」
声のする方を向くと、東がいた。
「おはよう。大丈夫だよ」
安藤は必死に笑みを作る。安藤の表情が変だったのか、東は苦笑いを浮かべた。
「大丈夫な訳ないよね。二日連続でメールが来たんだから……」
二日連続という言葉が気に、安藤は目を見開いて聞く。
「二日連続? 僕の所には昨日は来ていないよ」
「嘘でしょう……。それって私だけが、メールが来てるってこと?」
東の顔がどんどん青ざめる。東のことを思うと、あまり言いたくはないが高田聞いた話をするしかないと決心した。
「今クラスに来ている僕以外の全員に、昨日あのメールが来たらしいよ」
高田の表情に血の気が戻っていくのが目に見えて分かった。
「そうなんだ。私だけじゃないなら少しは安心だね。私に不幸が訪れる可能性が下がるからね」
そんな会話をしていると、授業の始まりを知らせるチャイムが鳴った。