⑪
数日が経つと違和感はあるが、体動くようになっていた。
安藤は駐車上を思わせる何もない広い一階で体を動かしていた。体が自由に動くようになれば、ニヒと戦うのだな。そう思うと安藤はなぜ戦おうとしているのかを考えた。
安藤が思いつく理由は、生きていたいから。それしか浮かばない。過去の自分は悩んでいたらしいが、その理由は分からなかった。
ゆっくりと広い空間を歩いていると、テレビのある二階から和田が降りてきた。
「調子は良さそうだね」
和田はお茶のペットボトルを片手に持っている。
「まだ激しい運動は出来ない。俺はニヒに挑むことは決定されているようだが、一体なぜ俺は戦おうとしているのだろう?」
和田は優しい笑みを浮かべる。
「それは、東という少女を守れなかった過去の自分を超えるためだ」
守れなかった弱い自分を超えるために、ニヒと戦うのか。そのために、人の命が落ちるのか。そこに違和感を覚えながらも、過去の自分を超えるためという理由には頷けた。
「過去の自分を超えてみせるさ。それが生きるための手段だからな」
そういうと何かを和田が投げてきた。
安藤の足元に落ちた物を見ると、刃に細かい刻みがあるナイフだった。
「振動ナイフだ。使い方は持てば分かるさ。全てはバックアップサーバーが教えてくれる」
ナイフを持つと、刃が高速に振動した。
安藤はナイフを少し振ると、再び体全体を使いゆっくりと運動を始めた。
それから一週間が経ち、安藤は戦闘用の体を自由自在に操れるようになっていた。
「毎日頑張っているね、ノンチョーカ。メシアが君の判断と実行する可能性を認めたよ」
いつもなら二階でテレビを見たり、裏マーケットで入手したアンドロイドの改造などをしたりして、ナイフを私に来たとき以外は、見に来ない和田が珍しく一階に下りて来て安藤に話しかけてきたのだ。
「珍しいな。一階に来るなんて。何かあったのか?」
「メシアが君をツァラトゥストラの失敗品としてではなく、新たなメンバーとして迎えることを決定した。ノンチョーカの訓練データを送り続けた俺に感謝するんだな」
和田が自分の訓練データを取っていたことを安藤は知っていた。もちろん、それを勝手にメシアに送っているのでは、と思っていた。だが、まさかデータを送るだけでなく加入させるところまで勝手にやるとは、和田に対して安藤は呆れてしまった。
「俺は過去の自分を乗り越え生き残るだけだ。それにしか興味はない。超人がどうとかはどうでもいい話だ」
和田は安藤を面白そうに見る。
「やっぱりノンチョーカは変わった。思考のバックアップをしているサーバーが違うのだから仕方がないが、これほどの変化は面白い」
やはり和田は人の話を聞かない人間なのだな、と安藤は再認識した。
「お前が勝手に俺をメシアに入れたようが、俺はメシアの思想に興味を持つ気はない。それでも良いのか?」
和田は安藤の瞳に入り込むようにじっくりと見る。
「組織に入り、そこに従って生きるのが楽な生き方だ。今のところ、ノンチョーカはメシアの言うとおりに動いている」
安藤は和田の言葉の意味が分からず、眉間に皺を寄せ、手を顎に当て思考する。
「いい変化だから気にすることはない」
安藤は無言で頷く。
「そしてノンチョーカに名前が与えられたよ」
安藤はバックアップするサーバーが変わっても、ノンチョーカという外見からつけられた名前に不満があった。メシアからの名前ならば和田も認める、名前が与えられたというのは安藤にとってすごく嬉しい出来事なのだ。
「どういう名前?」
安藤は首を傾げて尋ねる。
「メシアから与えられた名前はゴーストだ」
「ツァラトゥストラが死んで出来た幽霊か」
それほどまでにメシアにはツァラトゥストラという存在が重要だったのだと、驚かされた。
「そうともさ」
そう言って腹を抱えて笑ったあとに、再び和田が話し始める。
「そうだ。ゴーストはもう体を思いのままに操ることが出来るようになっている、と俺は思っている。そこでニヒとの対決をさせたいのだが、どうだ?」
安藤の顔が変わる。しっかりと前を見て真剣な眼差しになった。
「過去の自分を超えられた試すときが来た」
和田はため息を吐く。
「あぁ、明日ニヒと対決出来るさ。奴らのことだ。情報部隊を使って、正規サーバーでゴーストを血眼になって探しているに決まっている。俺は明日までにニヒ達がお前と現れるように準備をしておく」
話が終わると、和田は二階に戻っていった。




