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 スーパーで買い物する全員は楽しそうに周りの人々と会話をしていたが、安藤遼以外の全員が首に金属で作られた太い首輪のような物をつけていた。安藤はその光景に違和感をもったことはなかった。その光景が当たり前すぎて、まるで自分もその中の一人になっているような気がしていたのだ。

 そんな気分からいつもの安藤に意識を戻したのは、スーパーでよく出会う人に言われた言葉だった。

「安藤さんの所の息子さんは偉いね。きちんと外に出て、夕食の買出しの手伝をするなんて。うちの坊っちゃんはアンドロイドに全部任せっきりで、何もしようとしないのよ。困ったものね」

 そう言われて、意識していなかったことを意識した。安藤とスーパーにいる安藤以外のモノは違うモノなのだと。安藤以外のモノが着けている、金属で作られた首輪はセーフティ・チョーカと呼ばれる安全装置なのだ。それによって、ロボットが人間に危害を加えよとした時に自動的に強力な電流を流し、人工頭脳へ繋がる命令系統のショートとデータのバックアップをしているサーバーへのアクセスを停止するようになっている。アンドロイドが開発されたばかりには幾つか事件が起こったらしいが、最近ではアンドロイドによる事件がまったくない。そのため、安藤は自分達人間とスーパーにいる人型ロボットであるアンドロイドを見分けるための道具という印象しか持ってない。

「そうですか。困ったものですね」

 おばさんの言葉を流しながらその顔をよく見ると、肌や表情の動きがどこか作り物めいていた。アンドロイドか、と確認するように心の中で呟いた。

 スーパーにいる店員や客など、自分以外の全員がアンドロイドであることが分かっても、安藤に不快感などは湧いてこなかった。

 親が裕福層のホワイトカラーの家にならアンドロイドが一家に一台あるのが普通だ。ならば、買出しのような雑用を人間がやる必要はない。そう考えれば、当然といえば当然だ。安藤の家のようにアンドロイドに頼らない生活をしようとする人間主義者の親がいる家でなければ、ロボットに家事全般をやらせてしまうのが普通だ。

 安藤は親に頼まれた物を買い終えると、スーパーを後にした。

 外に出ると、湿った空気が体中を包み体中から汗が吹き出した。帰りながら飲むジュースを買えば良かった、と後悔しながら安藤は帰路につく。歩道を進むと、スーパーでは見ることがなかった人間が歩いていた。腹が出るほど太ったスーツ姿の男や腕が骨と皮だけしかないような痩せこけた女子高生など、年齢や性別は違う。だが全員がARメガネというパソコンの場合はディスプレイに移される情報をレンズ上に表示するメガネを掛けていた。

 よくARメガネを掛けながら歩くことが出来る、と安藤はいつ見ても感心してしまう。安藤も小学校時代にARメガネを持っていないことで馬鹿にされたので、買ってもらった。だが使うと気分が悪くなってしまいほとんど使っていない。持っていないと学校で労働階級の人間だと思われ馬鹿にされてしまうので、使わないが学校用のカバンには入れっぱなしにしている。

 視界にネットの情報を移すような、視界の邪魔にしかならない物のどこがいいのだろう、と疑問に思っていると自宅に着いた。

 玄関の扉を開けると家の中から、おかえり、と母親の声がした。ただいま、と返事をすると安藤は台所まで行き、買ってきた物を母親に渡した。

「今日もいつものおばさんと話をしたの?」

「うん。子供が自分に色々なことを任せて何もしないって言っていたよ。そうだ、母さん。明日の授業で使うプリントを印刷するからパソコン借りるね」

 安藤は手を洗うと、家族共有という名目の安藤しか使わないパソコンが置いてあるリビングへと向かった。一般には廃れたメディアを指して言われるデットメディア。博物館にでも行かなければ見ることが殆どないパソコンを現役で使っているのは、人間主義者の家でも安藤の家くらいだ。

 安藤の友人が以前家に来たときに、物珍しさからパソコンに触った。だがログイン画面まで来ると、一般に普及しているクラコンと違い、自分のアカウントをクラウドから呼び出せないことを知ると、触るのをやめてしまったのだ。

 友人はノイマン型コンピュータの遅さに悪態をつきながら、パソコンを起動させた。それにも関わらずログインすらしなかったのは安藤を少し悲しくさせた。

 安藤の家にもパソコンは一台しかなかった。父親が仕事に使っているのは一般に普及しているコンピュータと同じでクラコンだ。もちろんノイマン型ではなく、量子コンピュータだ。

 友人たちの家ではクラコンが一人に一台が当たり前なので、学校でネット教材やネットでのプリント配布などが行われる度に友人達が羨ましい気がした。だがよく考えると、ほとんど使わないので安藤にはパソコンで十分だった。

 それに安藤はパソコンを使っても、ARメガネを使うのと同じように気持ち悪くなってしまうのだ。まるで頭が軽くなって思考がまとまらなくなる。最後には吐き気を覚えてしまう。それだけでなく、脳波操作に馴染めなかった高齢者しか殆ど使うことがない、携帯電話を長時間操作しても気持ちが悪くなる。しかし電話をかけるだけなら、長時間行っても大丈夫なのだ。だが、骨伝導を使ってのAR眼鏡での電話は長時間行うことはできない。それで同年代の人間では持っている人のいない携帯電話を安藤は愛用しているのだ。

 親が人間主義のせいで、小さい頃からあまり機械に触らないで育ったのでこんな体質になってしまったのだろう、と安藤はほとんど諦めていた。この体質に感謝できるのは、テスト前に友達が

「ネットのやりすぎで、テスト勉強が全然出来てない!」

と半分笑いながら言っているときぐらいだ。

 安藤は慣れない手つきで脳波に対応出来なかった高齢者しか使うことがないキーボードを叩いた。このときばかりは、みんなと同じ脳波入力機が欲しい気がする。

 何十分もかけて翌日の授業に必要なプリントを印刷した頃には、安藤の頭は締め付けられるような痛みがあった。パソコンの電源を切ると、自分の部屋へと行き、ベッドに転がり込んだ。


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