プロローグ:全てはあの出逢いから始まった
全てはあの出逢いから始まった
少女が一人薄暗い森の中を彷徨い歩いている姿があった。少女の服は綺麗な状態ではなくて、スカートの裾には泥が跳ねて汚しており、履いてる靴は水に濡れてグジュグジュな状態で歩いている姿が見られた。
髪は茶色の癖がある肩までの長さで、瞳はこの薄暗い森の中でも綺麗に発色して見えるアメジストカラー。可愛い系の顔立ちをしており、瞳は二重でパーツ、パーツが整っている美少女と呼ぶに相応しい少女は、必死に光が差し込む方角を探しながら森の中を彷徨い続けている。
「グスッ……ママ、パパ、お姉ちゃん、どこ……? どーして私だけこの森にいるの……?」
少女は姿のない家族を探し続けているのが言葉から分かる。だが、どうして少女はこの薄暗い森の中に一人で彷徨っているのか? それは時を遡る事、四時間前の朝に場面は移り変わる。
「アレス~」
「おはようアリーお姉ちゃん」
アレス、それが森を彷徨っている少女の名前。そして、アリーとはアレスの三つ上の姉であり、このアレスを森に行かせた張本人でもある。
アリーはまだ料理をしている両親に代わって、アレスをベッドから引っ張り出す役目を請け負っていた。アレスが普段から寝起きがいい事は姉のアリーは十分に知っているから、別に起こす必要はなかったのであるが、アリーにはある目的があったのである。
「アレス、少しお使いをお願いしてもいいかしら」
「私にお使い? でも、そろそろパパとママの朝食が出来上がる時間だよね?」
「その朝食に必要な物を私の代わりに用意して欲しいの。実はパパから頼まれたんだけれど、お腹痛くて行けなさそうでね」
「それは大変。それじゃお姉ちゃんの代わりに用意する。何を用意すればいいの?」
アレスは大好きな姉の頼みともあれば元気一杯に笑顔を浮かべて、アリーに用意する品の詳細を伺う。それに対してアリーは物凄く腹痛を感じているように顔を歪めて、そして、一言告げる。
「この宿泊宿の裏手にある山林に咲いてある「リリルガ」を採ってきて。リリルガは見た目ですぐに分かる。白い茎に青の葉っぱ、蕾は紫の色をした変わったお花よ」
「リリルガ、だね! 分かった! お姉ちゃんはパパ達に私が採りに行っている事を伝えて? すぐに採ってくるね!」
「えぇ……“お願いね”アレス」
アレスが宿泊部屋から飛び出して山林だと説明を受けたのが、冒頭で迷っている森の事で。この森は大人でも昼間も迷うと言われている通称「惑わせ」森と呼ばれており、子供のアレスが迷わないなんて不可能であった。
当然、アレスはリリルガを見つけようと森の中を彷徨っていたが、ある場所も分からないので迷うしかないのが仕方ない。そして、そんなアレスを狙う鋭い視線の数が徐々に増えていくのを子供ながらに気付いてはいたが、確認する事も怯えてしまい出来ないままで足を進めていく。
「お姉ちゃんが嘘を言う訳がない。絶対にリリルガはこの中にある。私が採ってこないとお姉ちゃんがパパに叱られちゃう」
必死に自分自身に言い聞かせて足を進めていたが、次第にその足に追いつく別の足音がアレスの耳に届いてくる。ビクリとしながら、恐る恐る振り向くと……。
「!!(大きなオオカミさん!?)」
振り向いた先にいたのは、耳をピーンと尖らせ、舌を出したままで吐息は荒く、瞳は血が走っている。真横に伸びている口からは鋭い牙が見えていて、鋭さを強調するように先端が尖っているのが伺う事が出来た。
その血走った眼差しを受けて、アレスは恐怖から身体を動かす事が出来ないで固まってしまう。オオカミのようなその存在はこの惑わせの森にしか生息しない、モンスターの「ワルドーグル」と呼ばれている。
アレスがそんなモンスター名を知る訳もなく、逃げ出そうとしても周囲には身を隠す場所も存在しない。仮に隠れてもオオカミのようなワルドーグルには嗅覚でバレてしまうだろう。
「っ……わ、私は食べても、お、美味しく……ないですよ……??」
『がうぅぅぅ! がぁぁぁ!』
「ひっ! いやぁぁぁ!!」
ワルドーグルの唸り声で身体が反射的に動きを見せると、その場からダッシュで走り出すアレスは一目散に目の前に続く道を走り抜けていく。だが、モンスターの脚力を知らないアレスは後ろを振り向いてしまったが故に足がまた言うことを訊かないでその場に派手に転んで泥まみれになってしまった。
ワルドーグルが一歩、また一歩とアレスに近寄りその白くて肉付きのいい足から噛み付こうとした矢先だった。白い光がワルドーグルに降り掛かって……身体が一瞬で消えたのである。
何が起こったのかとアレスは涙が浮かぶアメジストの瞳を動かして、周囲を見渡すと数人の鎧を着た男性の姿が視界に捉える事が出来た。アレスの姿を見た一人の男性がアレスに近寄り、そっと両脇に手を差し込んで抱き上げると、腕の上に座らせてくれてそのまま泥で汚れた顔を、男性はそっと銀のガントレットで拭ってくれた。
「大丈夫ですか、小さなプリンセス」
「……お兄さんは誰ですか?」
「俺は、エレンガルド聖騎士団、白銀の騎士「ランスロット・フォムロム」と呼ばれている。君のご両親から捜索願いが出されて、探していたのだよ」
ランスロット、と名乗った男性の髪は白銀の騎士と呼ばれるのが納得の白銀色をしていたが、アレスは助かった安心感から、急激に意識を落としてしまう。その様子にランスロットは口元に笑みを浮かべて休ませてやるように、身体を自然と楽な姿勢にしてあげてから両親が待つ森の外へと連れて出て行く。
この事件がキッカケで、アレスは意識を取り戻した直後から魔法の勉強と剣術の訓練をし始めていき、物語は始まりの場面を迎える事となる。だが、アレスは未だにあの時にどうして姉であるアリーがアレスを森に行かせたのか? 戻ってきたアレスに心配の言葉も掛けないで憎しみを込めた眼差しを、視線を向けていたのか? それが分からないままであった。
そして、その頃からアリーは両親から無視をされて、居場所を失い社交界で出逢ったエレンガルド国の貴族である男性の家に引っ越した事はアレスの中で酷い悲しみに包まれていた。だが、両親はアレスにこう告げる……「アリーは幸せになっているから気にする必要はない」と。
何が幸せで、何が不幸で、何が正義で、何が不幸なのか。それは今のアレスには分からない事ばかりではあったが、それの答えはこの先の物語で知れたらいいだろう――――




