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第9章:腐敗した「取締役会」と血の契約

 湿った地下室で、エララは私の前にひざまずいていた。


 声は枯れ、目は腫れ上がり、角に控えるトーマスがわずかでも動くたびに、その細い身体を激しく震わせている。


【視点:エララ ―― 追い詰められた情報源】

「アイシャ……いえ、アイシャ様」エララは消え入りそうな声で切り出した。


「私がハナを助けたのは、彼女を好いていたからだと思っているのですか? 違います……私には選択肢などなかったのです」


 私は目を細め、トーマスに黙っているよう合図を送る。「説明しなさい。誰の指示よ?」

「数人の上級貴族……『長老会エルダーズ』です」エララが囁く。


「彼らは、あなたの存在を脅威だと感じていました。アイシャ様、あなたは賢すぎた。清廉潔白すぎたのです。


 あなたが経済を安定させたせいで、彼らには汚職の入り込む隙間スキがなくなった。彼らにとって、あなたは利益を阻む『障壁』でしかなかったのです」


 衝撃が走る。乙女ゲーム『花と王子』において、上級官僚たちは物語の結末でハナを称賛するだけのただの端役モブに過ぎなかった。しかし、この現実では、彼らこそが駒を動かす黒幕だったのだ。


「彼らは知っていたのです……私が下層地区スラムで男を買い漁っている癖を」エララは屈辱に顔を赤らめた。「その醜聞スキャンダルを盾に、私を脅しました。


 ハナを王子に近づけろと命じたのです。王子は脆弱ぜいじゃくで、ハナは操りやすい。あの二人が王座に就けば、長老会は裏から王国を意のままに操れるから……」



 に落ちた。新たな理解が意識を叩く。

【通知:現実同期リアリティ・シンクロ120%】

【ステータス:『世界の真実』解放】

 原作のプロットでは、アイシャは断頭台で果て、王国は「末長く幸せに暮らしました」で終わる。


 だが今、理解した。その「幸せ」とは、アイシャという名の『害虫』を駆除し終えた腐敗役人たちの幸福だったのだ。王国は、長老会が望んだ通りの姿になったに過ぎない。


 これは単なる三流の乙女ゲームではない。恋愛という仮面を被せ、政治の腐敗ヘドロを隠し通した残酷な現実だ。

「つまり」私の声は、以前よりも冷徹に響いた。


「私は愛に裏切られただけじゃない。腐敗した『取締役会』による資産洗浄アセット・クリーニングの犠牲者だったというわけね」


 エララはうつろな瞳で私を見上げた。涙は枯れ果て、精神的な摩耗だけが残っている。「彼らがハナを求めたのは、彼女が決して税金の行方を追及しないからです。……でも、あなたは違う。


 あなたは、出ていく銀貨の一枚まで計算し尽くす人だから」

 私は立ち上がり、エララに背を向けた。トーマスに軍を動かすよう命じようとしたが、私の「プロジェクトマネージャー」としての論理が即座に制止をかける。落ち着け、アイシャ。まだ武器がない。


 このならず者共にあるのは度胸だけで、軍事装備はない。今、表立って動けば王軍の介入を招くだけだ。

「アイシャ……私は、どうすればいいの?」冷たい地下の床で、エララがあえぐ。

 私は彼女の前に立ち、見下ろした。彼女に慈悲をかけるのは共感の浪費だ。


 壊れた、しかし「利用価値のある資産」として扱うべきだ。

「明日の朝、王宮に戻りなさい」淡々と告げる。「おあつらえ向きの理由があるでしょう? 数日間の『魂の浄化』を求めた巡礼よ。


 聖女ポーズを気取るエララ令嬢が祈りのために姿を消しても、誰も疑いはしない。ロイヤル・サロンの口も、すでに金で封じてあるわ」

 エララが顔を上げ、怯えと……そしてもっとくらい何かをはらんだ目で私を見た。


「そこで私の『目』になりなさい。ハナの執務室に入る上級貴族をすべて記録し、どの長老が王子を操っているのか突き止めるのよ」私は身を屈め、彼女の耳元で、背筋も凍るような『報酬』を囁いた。


「もし有益な情報を持ってきたら……またトーマスに命じて、あなたの身体を『無茶苦茶』にさせてあげるわ。好きなのでしょう? 自分が生きていると実感できる、あの痛みが」


 エララの顔が激しく紅潮した。呼吸が荒くなる。彼女は自身の痛みの奴隷であり、今や私はその「悦楽」の鍵を握る主人オーナーとなった。


【ステータス:レディ・エララ――渇望の同期を確認】

【強制忠誠:95%(病的な依存状態)】

「私は……いたします。アイシャ様」掠れた声で、彼女は悪魔との契約書に署名するかのように答えた。


「よろしい。トーマス、彼女をここから出しなさい。宗教的な『苦行』によるあざに見えるよう、完璧に偽装カモフラージュして。


 貴族街に戻るためのアリバイを完成させるのよ」

 背後で聞こえるエララの微かな喘ぎを無視し、私は椅子に深く腰掛けた。トメの仲介人から届いた羊皮紙を広げる。そこには――

【ロケーション:闇市場ブラックマーケット


「トーマス」顔を上げずに呼ぶ。「エララの処理が終わったら、最も忠実なリーダー共を集めなさい。トメからの金で、闇市場から王軍規格の軍事装備を買い揃えるわ。


 データなしで戦うつもりはないけれど、いざという時に錆びた棍棒で戦わせるつもりもない」

 地図に印を書き込んでいく。「ここに『警備会社』という名の拠点を構築するわ。


 奴らに地獄の訓練を叩き込みなさい。私のKPI(重要業績評価指標)を達成できない者に、報酬コインは与えない。……命もね」

「御意、アイシャ様」トーマスがエララを連れて地下室を去る。


「トーマス様……また、遊びましょう……?」エララの艶めかしい声が遠ざかっていく。

 静寂が戻った。私は一人、揺れる蝋燭ろうそくを見つめる。極限まで酷使された脳が、不意に、意識の奥底に封印していた記憶を呼び起こした。



【ステータス:過労死カロウシメモリー――アクティブ】

 東京のオフィス。冷え切ったインスタントコーヒーの匂い。午前三時のモニターが放つ青い光。プロジェクトマネージャーとして、私は完璧であることに執着していた。


 年度末の報告書を『送信(送信)』した瞬間に心臓が止まるまで、自分は無敵だと信じていたのだ。


「あの世界では、魂のないシステムに仕えて死んだ」独り言が漏れる。「この世界では、腐りきったシステムの一部として殺されかけた」


 目を開ける。かつて暇つぶしに遊んでいた『花と王子』が、今はひどく空虚に感じられた。画面の中では、悪役令嬢が断罪され、ヒロインが幸せになるだけの単純な物語。


 だが、アイシャ・ファン・オブライエンとなった今、わかる。あの「ゴミ」のようなシナリオは、深い陰謀という名の海に浮かぶ氷山の一角に過ぎなかったのだ。長老会の介入、エララの歪んだトラウマ。


 これらは単なるゲームの設定データではない。

「これはゲームじゃない」指先で机を一定のリズムで叩く。「これはリアルなビジネス・シミュレーションよ。賭けるのは年間ボーナスじゃない。


 ……断頭台に載せる、首の数だ」

 アルバートとマーサは今も貴族街で、敵の鼻先で機密書類を確保している。そしてエララを最前線に送り込んだ。彼らは敵陣に潜む貴重なアセットだ。


 一歩のミスも許されない。

 こみ上げる頭痛をこらえ、地図を睨みつける。

 ゲームはゴミだった。だが、この現実はもっと汚らわしい。


 そして私は? 私は、この腐ったシステムを内側から食い破る、最高に毒性の強い「廃棄物ゴミ」になってやるわ。

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