第6章:不確定要素(イレギュラー)の接触
拠点へ戻り、私はエララに業務指示を叩き込もうとしていた。
隣にはトーマスが鋼の彫像のように立ち、羽虫一匹の盗聴すら許さぬよう睨みを利かせている。
「理解したかしら、エララ? 貴女の任務は、王宮におけるハナの全動向をマッピングすることよ」
私は鋭い視線を送った。だが、エララの集中力は散漫だった。
その淫らな瞳は、私の隣に立つトーマスを厭わしい熱量で追いかけている。
「アイシャ……隣にいるこの逞しい男は誰? 少しお話しさせてちょうだい……」
エララが吐き気を催すような甘い声で擦り寄る。
――パァン! 私は躊躇なく彼女の顔を張り倒した。「この泥棒猫が。私が長々と説明している間に、頭の中は股間のことだけ?」
不意に、視界の隅にシステム画面が割り込む。
【戦略的助言:トーマスに支配権を委譲せよ。対象は『欲求』を管理されることで、より忠実な駒となる】
私は鼻で笑った。あまりに実利主義で、反吐が出るロジックだ。だが、私はプロジェクトマネージャー。
必要なのは結果であり、道徳ではない。
「トーマス」私は彼に向き直った。「この女を、使い物にならなくなるまで『再教育』しなさい。やるべきことは分かっているわね?」
「ああ、承知した。アイシャ様、貴女に忠実な『犬』に仕立て上げて見せましょう」
元騎士団長らしい、冷徹な響き。
エララは呆けた顔をしながらも、期待に満ちた表情で喘いだ。「トーマス様……私、貴方の従順な犬になりますわ……」
頭痛がする。「勝手にしなさい。その女は貴方に任せるわ」
私は部屋を後にした。扉が閉まると同時に、背後からエララの艶めかしい悶絶が漏れ聞こえてきた。……正直、彼女を「道具」として扱うのは骨が折れる。
原作のハナは多くの男をあてがって彼女を買収したが、私には「管理」を任せられるトーマスがいる。
次に集中すべきは「流動性」だ。
私はヘレンの置屋へ向かい、徴収したばかりの金貨を検収するために、汚物の滴る街を歩いた。夜のこの地区は極めて危険だ。
坊主頭とはいえ、アイシャの整った顔立ちは、飢えた獣たちの欲望を惹きつけてしまう。私は布のフードを深く被り直した。
この地区はクーデターの拠点としてはあまりに脆弱だ。早急に予算を組み、ここを脱出しなければ。壁の向こうから漏れる喘ぎ声と、安酒の悪臭が鼻を突く。
「おい、待ちろよ! どこへ行くんだ?」
背後から荒々しい手が私の肩を掴んだ。
振り返り、その男を嫌悪感を剥き出しにして睨む。――この汚らわしい害虫は誰よ?
「へへっ……少し遊ぼうぜ。いい『パン』を持ってるんだ、食わせてやるよ」
耳元で下卑た囁き。
私は全力でその顔面を殴りつけ、逃走を図った。
だが、アイシャの身体はアスリート仕様ではない。足取りは重く、簡単に泥濘へ押し倒された。
「強情な女だな! 衆人環視の中で犯されるのがお似合いだぜ! ハハハ!」
吐き気と恐怖がせり上がる。だが、男が飛びかかろうとしたその瞬間――閃光!
鋭い斬撃が男の首を裂いた。温かい返り血が、私のボロ布を赤く染める。「ガハッ……!?」男は一撃で沈黙した。
「ひっ……!」
私は後ずさり、心臓を激しく脈打たせた。目の前には、狭い路地で堂々とした軍馬に跨る一人の男。
「……怪我はないか?」
彼は静かに問いかけた。
周囲の者たちは、ただ傍観している。ここでは命の価値など皆無だ。だが、私の警戒を煽ったのは死体ではなく、この騎馬の男の正体だった。
【ステータス:不明な居住者 ―― プロット・データベースに存在しません】
「何者よ? なぜこんな場所に馬を乗り入れているの?」
私は疑念を隠さずに問うた。
男は薄く笑った。その眼差しは鋭く、圧倒的な威厳を放っている。
「名はトメ・ボン・ヨーク。……以後、お見知り置きを」




