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第3章:現場監査(フィールド・オーディット)と強制回収

 ――バキッ!

 ロイヤル・サロンの重厚じゅうこうなマホガニーの扉が、木端微塵こっぱみじんに砕け散った。


 金箔きんぱくと赤ベルベットで彩られた豪華な内装とは対照的に、トーマスの手下たちが泥まみれの濁流だくりゅうのごとく雪崩なだれ込む。


 女たちの悲鳴と貴族たちのパニックが沸き起こり、部屋を包んでいた淫靡いんびな空気は一瞬で霧散むさんした。


  私は入り口に立ち、静かに腕を組む。私の目には、これは暴動ではなく、単なる「現場監査フィールド・オーディット」にしか見えなかった。


 「な、何事だ!? トーマス、貴様、命が惜しくないのか!」

 上半身裸の肥満ひまんした男――どこかの男爵だんしゃくだろう――が、シルクの布で必死に身体を隠しながら叫ぶ。


  トーマスは答えない。彼はただ巨大な棍棒こんぼうを振り回し、高級ワインのボトルが並ぶテーブルを粉砕した。「保護税だ。一人につき金貨五枚。払えない奴は、命を置いてここから失せろ」


  先ほど私を侮辱ぶじょくしたサロンのオーナーは、石のように固まっていた。厚化粧の顔は蒼白そうはくになり、唇が激しく震えている。「ヘレン……一体どういうことなの? なぜ急に……」


  ヘレンは私の視線を一瞬だけ受けると、肩をすくめて困惑こんわくしたふりをした。「世界が変わるのよ、マダム。その高価な家具がまきになる前に、さっさと支払うことね」


  私は冷静に、計算ずくの瞳で目の前の光景を観察した。


 【通知:プロジェクト収益を検知】

【推定獲得額:金貨150枚】

【効率ステータス:極めて良好】


  悲鳴と、震える手で投げ出される金貨の音。私の中に同情センチメントなど微塵もなかった。東京では、不適切なマネジメントによって一夜にして倒産する企業を嫌というほど見てきた。違いといえば、この世界ではその破滅に「血」がともなうことくらいだ。


  混乱の中、私はゆっくりと歩を進める。宝石の指輪を隠そうとしてトーマスの部下に叩きのめされている貴族の傍らを、一定の歩調ペースで通り過ぎる。


  隣を歩くヘレンが、微かに身震いした。彼女は畏怖いふ羨望せんぼうが入り混じった、複雑な眼差しを私に向ける。


 「アイシャ様……」他人に聞こえぬよう、彼女はささやいた。「この光景を見て、何とも思われないのですか? 彼らはかつて、王宮であなたと同じ席に座っていた方々なのに」

  私は足を止め、かつて王宮のホールで私の報告書を嘲笑あざわらった伯爵はくしゃくを見やった。


 彼は今、下層地区スラムのならず者にひざまずき、必死に命乞いのちごいをしている。

 「ヘレン」私は感情を排した声で、淡々と告げた。「マネジメントにおいて、賞味期限しょうみきげん切れの資産に私情を挟む余地はないわ。


 彼らはもう、私の知人リソースではない。ただの初期運用資金シードマネーよ」

  その瞬間、ヘレンはさとった。トーマスの剣よりも恐ろしい事実に。かつて慈愛じあいをもって民のために尽くしたアイシャ・ファン・オブライエンは死んだ。


 今そこにいるのは、人間の命すらも報告書の上の「数字」として処理する、冷徹れいてつな怪物なのだと。

  その時、一人の女――レディ・エララが口を開こうとした。呼吸を乱し、私の瞳を凝視ぎょうしする。


「あい……アイシャ様――」

  最後の音節がこぼれる前に、私はトーマスに短い合図を送った。

 「黙らせなさい。その口から一切の音を漏らさないように」私は冷たく命じた。



  トーマスの動きは電光石火でんこうせっかだった。エララが叫ぶよりも早く、元騎士団長の荒いてのひらが彼女の口をふさぐ。華奢きゃしゃな令嬢の身体が抵抗し、シルクのドレスがはだけるが、トーマスは手際てぎわよく彼女を粗末な布で包み込み、荷物ロジスティクスのように担ぎ上げた。



 「本部ヘッドクォーターへ運びなさい。裏道を通るのよ」

 【通知:干渉変数『レディ・エララ』の隔離かくりに成功】

【資産カテゴリ:政治的人質 / スキャンダル情報源】


  私は部屋に残された貴族たちを見渡した。彼らは失った金貨をなげくのに忙しく、仲間の令嬢が連れ去られたことにさえ気づいていない。


 「ヘレン、残りの事務処理デスクワークを終わらせなさい。私は、新しい『資産アセット』の尋問ヒアリングに取り掛かるわ」

  私は背を向け、欲望の残骸ざんがいが散らばるサロンを後にした。

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