第2章:初期資本の強制調印(アクイジション)
衛兵の血が腐りかけた床板の隙間に染み込み、埃っぽい空気の中に生臭い鉄の匂いが混じり合う。私の目には、その赤い汚れは単なる死ではなく、非効率な変数を排除した結果にしか映らなかった。
【通知:脅威『王宮の刺客』を排除しました】
【隠しミッション報酬:下層地区地形図(レベル1)および物流管理画面を解放】
目の前に半透明のスクリーンが現れ、鋭い青色のネオンラインが周囲の入り組んだ路地や廃屋を映し出す。
画面の隅には、私たちが保有するリソースを示す棒グラフが表示されていた。――数値は「ゼロ」だ。
「ヘレン」私は仮想マップに目を向けたまま、淡々と呼んだ。
「これからは、ここを単なる置屋とは思わないで。私たちの最初の『拠点』よ」
短剣を拭っていたヘレンはハッと息を呑み、深々と頭を下げた。「御意に、アイシャ様。……指示を」
「プロジェクトマネジメントにおいて、最初のステップは粉骨砕身することじゃない。まずは資本を確保することよ」
私は冷徹な微笑を浮かべた。「ここに通い、金と秘密を捨てていく貴族たちのリストを出しなさい。今夜中に、彼らの資産を『強制買収』するわ」
「かしこまりました。今この瞬間より、ここはすべてあなたのものです、アイシャ様」
「アイシャ様、私には何を?」アルバートが忠実な猟犬のように控えている。
「アルバート、死体を片付けなさい。その後、貴族街へ戻り、数日間は私の最高情報責任者として動きなさい」私は絶対的な命令の身振りで手を挙げた。「この崇高な任務を遂行せよ」
私は外へ踏み出し、下層地区の忌まわしい光景を見据えた。至る所にゴミが散乱し、街角には露出の激しい服を纏った女たちが立っている。私とヘレンは群衆をかき分け、放蕩貴族が集うエリアへと向かった。
「ヘレン! その隣にいる女は誰だ?」背後から野太い声が響く。
振り返ると、そこには顔に傷のある大柄な男が立っていた。
「……奇遇ね、トーマス」ヘレンが歩み寄り、男の耳元で何かを囁く。
私はクソゲーの記憶を検索した。トーマス――窃盗の濡れ衣を着せられ追放された、元王宮騎士団長。原作ではアイシャに唆られ、無策なクーデターを起こして共に処刑される男だ。
「正気か?!」トーマスの叫び声が思考を引き戻す。
ヘレンに促され、私たちは人混みを離れて狭い隠れ家へと入った。扉が閉まるなり、トーマスは信じられないといった面持ちで口を開いた。「本当に……アイシャ様なのですか?」
疑うのも無理はない。高貴なドレスは汚れ、誇りだった長髪は根元から剃り落とされている。
「ええ、私よ」私は足を止めず、冷静に答えた。
「なぜ、あなた様のような方がこんな場所に? 王宮で一体何が……」
「義妹の裏切りよ」私は短く答え、今の王国の状況を、まるで失敗した『進捗報告』のように客観的に要約して伝えた。
トーマスは絶句した。怒りで顎の筋肉が震えている。
「あなたは……この国を救うために不眠不休で働いてこられた。それなのに、あの狂人共は感謝するどころか、あなたを泥の中に突き落としたというのか?」
目の前でシステム画面が明滅する。
【キャラクター:トーマス ―― ステータス:共感・連帯】
さすが元騎士団長。泥を啜ってもなお、正義の天秤は壊れていないらしい。「俺にできることがあれば何でも言ってくれ。あんたの力になる」
「アイシャ様」ヘレンが懸念混じりに遮った。「出過ぎた真似かもしれませんが、トーマスの手下を私たちの『盾』として利用すべきかと」
私はトーマスを真っ直ぐに見据えた。それは悲劇の令嬢の瞳ではなく、人的資源を査定するリーダーの目だ。
「いいわ。トーマス、最初の命令よ。ここを完全に私の支配下に置きなさい。この瞬間から、貴方と貴方の手下はすべて私の部下よ」
私は言葉を切り、この地区の経済構造を反芻した。王宮はこの不浄な地からの税を拒んできた。偽善の極みだ。
「保護の対価として、すべての店に一晩5ゴールドの税を課すわ。拒むなら力で押さえなさい。必要なら暴力を行使して」
トーマスとヘレンは顔を見合わせ、同時に跪いた。「御意に、アイシャ様」
私たちは別れた。トーマスは兵を集め、私とヘレンは腐敗した貴族の巣窟『ロイヤル・サロン』へと向かう。
豪華な黒檀の扉の前で、厚化粧の女がヘレンを冷ややかに迎えた。「ヘレン? 一体何の用かしら。
……隣にいるそのみすぼらしい坊主頭の女は誰?」
ヘレンが答える前に、重々しい足音が通りを圧した。トーマスが数十人の荒くれ者を連れ、錆びた剣や棍棒を掲げて現れたのだ。
「聞け、ロイヤル・サロンの者共!」トーマスの怒号が響き渡る。「今日から下層地区は無法地帯ではない! 毎晩5ゴールドの保護税を徴収する! 今すぐ差し出せ、さもなくばここを更地にするぞ!」
店主は顔を青ざめさせた。「狂ったか、トーマス!? 誰の命令だ!」
「俺たちの主だ」トーマスは私の名を伏せ、傲慢な店主を睨みつけた。「貴様らの鼻柱をへし折る御方だよ」
混乱する群衆の中、私は奇妙な違和感を覚えた。
【警告:予測不能な変数を検知】
【ステータス:半径5メートル以内に盗聴者を確認】
私は目を細め、角にある石柱の陰に視線を走らせた。顔を隠した黒い外套の人物が、私の言葉を逃さぬよう聞き耳を立てている。
私は口の端を吊り上げた。――ここに来てわずか一時間。もう王宮の『ネズミ』が紛れ込んできたというわけ?
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