第19章:潜伏(アンブッシュ)の静寂と黒い福音
澄み渡りながらも凍てつくような川の上流。トーマスと傭兵隊長は、厚い苔に足音を消されながら並んで歩いていた。
「……奴ら、ルークソウへの水供給を絶つために、この川を堰止めるつもりだろうな」
傭兵隊長が、川幅が狭まっている湾曲部を指差して言った。
「ああ」トーマスは経験豊富な眼差しで地形を分析し、深く頷いた。
「堰き止めた後、そのすぐ近くに戦況観測用の天幕を張るはずだ。包囲戦における補給路を断つ拠点にもなる。奴らはここが高台ゆえ、安全地帯だと思い込むだろう」
トーマスは、ならず者と傭兵の混合部隊を振り返った。「いいか、今夜はここで夜を明かす。可能な限り木の上で眠れ。地面に足跡を残すな、焚き火の跡もだ」
命令が下ると同時に、森は不気味な静寂に包まれた。「我らの主目的は敵の兵站を叩くこと、そして東部戦線と連携し、背後から奴らを刺し貫くことだ。
…貴公らが知る傲慢な騎士道など捨てろ。我々に必要なのは名誉ではない、勝利だ」
トーマスの低く重みのある声が、夜の森に響く。ならず者たちは獣のような敏捷さで巨木へ登り、生い茂る葉の間にその身を隠した。
(アイシャ様……必ずや、勝利を貴女の手に)
トーマスは遠くに静まり返るルークソウ城を見つめた。間もなくそこに、鋼の嵐が吹き荒れることを城の主すらまだ知らない。
【境界の村 ―― 東部セクター】
一方、境界の村の通りでは、土煙を上げて「避難民」の群れが到着し始めていた。重い木製の馬車が軋み、疲弊した馬たちが足を引きずる。
薄い砂埃の中、ハンスは暗い穀物倉庫の入り口に毅然と立っていた。その冷徹な瞳は、馬車から降りる避難民一人一人の顔を精査していく。
粗末な麻の服を纏いながらも、騎士の歩法を保った逞しい男が彼に歩み寄った。
「……五人一組の分隊長だ」男はわずかに頭を下げ、囁いた。
「貴殿が我らの指揮官、ハンス殿か?」
ハンスは無表情に頷いた。「ああ、私がハンスだ。貴殿のチームは『第四班』とする。すでにいくつかの班は民家の地下室に伏せさせてある。第四班、前方の白い家に入れ」
ハンスは外見上はありふれた白い木造家屋を指差した。「分隊長は直ちに、通り突き当たりの教会へ向かえ。時間は残されていない」
「了解した」
分隊長は短く応じ、手下に合図を送って家の中へと溶け込むように消えていった。
ハンスは忍耐強く、この避難民の流れが丘の上にいるであろう偵察者の目に不自然に映らぬよう見届けた。
最後の第十班が隠れ家へ入るのを確認すると、彼は村の中心にある古い教会へと足を向けた。
数本の蝋燭が微かに灯る教会内。祭壇の周りでは、十人の分隊長たちが待ち構えていた。ハンスは赤い円と数字が書き込まれた戦術地図を広げた。
「……よく聞け」ハンスの声は低いが、圧倒的な威圧感を放っていた。「この指示はレディ・サラより直接下されたものだ。彼女はこのセクターに『クロックワーク(時計仕掛け)戦略』を敷いた。王宮の騎兵が通過する際、我々は決して姿を現さない」
彼は地図上の4時と5時のセクターを指差した。「エリート騎兵隊は西から侵攻してくる。彼らはこの村を絶好の休息地および兵站拠点と見なすだろう。
レディ・サラの命により、貴公らは地下に潜み続けろ。奴らを油断させ、馬を繋ぎ、鎧を脱がせるのだ」
分隊長の一人が手を挙げた。「……攻撃のタイミングは、指揮官?」
「北の上流――トーマスの配置から『狼煙』が上がるか、レディ・サラのハヤブサが空を過ぎった瞬間だ」ハンスは冷たく答えた。
「レディ・サラの言葉を借りれば、『布団の中の短剣』になれ、とのことだ。合図と共に地下から這い出し、休息中の騎兵を一人残らず屠れ。奴らに再び馬を駆る機会を与えるな」
ハンスは分隊長たちを鋭い眼光で射抜いた。「忘れるな、レディ・サラはこの地のためにすべてを賭けておられる。一班でも不注意に姿を晒せば、計画はすべて瓦解する。……理解したか?」
「了解、指揮官!」
彼らは一斉に、しかし確かな決意を込めた囁きで答えた。
「よろしい。各自の班に戻れ。レディ・サラは城のバルコニーから我らを見守っておられる。
明日の夜明け、この村の通りを埋め尽くすのが王宮騎士の骸だけであることを証明してみせろ」




