第15章:血の薔薇(ブラッド・ローズ)の領地
サミュエルが駆る馬車は、闇を切り裂きながら南方の領地へと突き進んでいた。車内で私は、小さな手鏡に映る自分を見つめる。
頭には黒い絹の布が、整然と巻かれていた。――急造のターバン。だが、それは皮肉にも私の顔立ちをより鋭く、毅然としたものに際立たせていた。
私から髪を奪い、辱めた報い……。単なる髪の一房では済まない代償を、必ずや奴らに支払わせてやる。
「間もなくルークソウの境界です、アイシャ様」前方からサミュエルの声が響く。「煙の匂いがします。マーベリー卿の守備兵たちは、相当な警戒態勢を敷いているようです」
「冷静に、サミュエル。私が命じるまで、決して剣を抜かないで」
「御意、アイシャ様」
馬車が速度を落とし、重苦しい静寂が辺りを支配する。
「貴様ら、止まれッ!」
怒号が夜の静寂を切り裂いた。サミュエルが手綱を引き、馬車は鋭い木製のバリケードの直前で止まった。
五人の衛兵が、鎧を軋ませながら歩み寄ってくる。彼らが掲げる松明の炎が、闇の中に長く不気味な影を落としていた。
「アイシャ様……」
サミュエルが低く囁く。その手はすでに剣の柄にかかっており、即座に反撃に転じられる構えだ。
「そのまま待機して」
私は冷静に命じ、馬車の窓をゆっくりと開けた。揺れる炎の光に、自らの顔を晒す。
――キィィン!
窓から突き入れられた冷たい槍の穂先が、私の喉元を正確に捉えた。「今日、我らの主に無理な面会を求めてきた奴を一人殺したばかりだ。
貴様は何者だ、小娘が。厳戒態勢のこの地に、何の用があって足を踏み入れた!」
私は瞬き一つせず、衛兵の目を見つめ返した。そこにあるのは恐怖ではなく、反抗的な部下を査定するマネージャーのような、冷徹な評価の眼差しだ。
私は演劇的な所作で、黒絹のターバンを解いた。月光の下、短く切り揃えられた――屈辱の象徴であり、再生の証でもある――私の頭部が露になる。
「名はサラ。腐りきったシステムに追放された、元貴族よ」
声は低いが、圧倒的な重圧を孕んでいた。「私の背後には、命令一つで動く三十人の精鋭が控えている。
貴方の主が直面している絶望的な問題……王宮の軍勢がここを焼き払う前に、それを解決できる唯一の手段を私は持っているわ」
衛兵は絶句した。無残に切り取られた髪の跡と、それとは対照的な、下層地区の住人にはおよそ不可能な気品を放つ黒のドレス。私の纏うオーラは、物乞いのそれではない。
「……ここで待て」
衛兵は槍を引き、仲間に警戒を促すと、城門へ向かって走り去った。
重苦しい沈黙が流れた後、巨大な木製の門が地響きを立てて開いた。私たちは入場を許された。
だが、案内されたのは本館の大広間ではなく、城壁内部にひっそりと佇む頑強な石造りの小屋――緊急時の会談場だった。
馬車が城内をゆっくりと進む中、私は窓の外に目をやった。……そして、息を呑んだ。
左右、視界の限り、深紅の薔薇の海が広がっていた。半月の光の下で妖艶に輝くその花びらは、まるで上質なベルベットのようだ。
その香りは、意識が朦朧とするほどに濃厚だった。
(原作のプロットでは、ハナは結局、王宮のありふれた薔薇で妥協したはずだわ)
私はその絶景を見つめながら思考を巡らせる。
プレイヤーたちの間で「伝説」とまで称されたルークソウの美しさが、これほどまでのものだったとは。
私は窓から手を伸ばし、夜風が運んできた薔薇の花粉を指先で受け止めた。
(……この場所は、オク・ボナシのような『ゴミ』の領域にしておくには美しすぎるわ)
冷徹な野心が胸を焦がす。ハナがただの見栄のためにここを欲しがるなら、私はここを、真の覇道を築くための「基盤」にしてみせる。
ルークソウに必要なのは無能な王妃ではない。この美しさを剣で守り抜く術を知る、統治者よ。
「到着しました、サラ様」
馬車が止まり、サミュエルが私の偽名を呼んだ。
私は再び、整然とターバンを巻き直す。
「仕事の時間よ、サミュエル。自分の世界が間もなく崩壊すると知った時、マーベリー卿がどれほどの肝を持っているか……確かめさせてもらうわ」
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