第11章:鉄の地区(アイアン・ディストリクト)と軍備拡張(スケーリング)
――キン! カン! キン! カン!
リズムの良い金属音が私たちを迎えた。「鉄の地区」の空気は重く、肌にまとわりつく煤と、肺を刺すような硫黄の匂いに満ちている。道沿いでは、鋼のような筋肉を持つ職人たちが真っ赤に焼けた鉄を打ち、巨大な炉が唸りを上げて鉱石を飲み込んでいた。
ここは独立した工業の心臓部。王国の法律よりも、鋼の取引法が優先される場所だ。
「こちらです、アイシャ様」ハンスが、巨大な建物の地下へと続くスロープを指差した。
「あそこには、最高品質を誇る武器専門の工房があります。機密保持も完璧です」
「隣国のタカペディア王国でさえ、密かにここへ発注していると聞きます」サミュエルが重要な戦略情報を付け加えた。
「面白いわね……」私は呟いた。あのタカペディア級の国家が顧客なら、この工場の品質管理は基準値を超えているはずだ。
地下工房へ足を踏み入れると、熱風が顔を叩いた。気温はさらに上昇し、巨大な炉が絶え間なく呼吸している。ハンマーの轟音の中、丸太のような腕を持つ大男がこちらを振り向いた。
「ハンス……!」男の声は機械の音を掻き消すほどに響いた。彼は汚れた布で額の汗を拭い、歩み寄る。「久しぶりだな、相棒!」
「ロバート、息災だったか」ハンスがその手を固く握り返す。戦士たちの間に流れる古い絆の儀式だ。
ロバートは私を値踏みするように一瞥し、それからサミュエルに目を向けた。「追放された騎士共が集まって、この灼熱の穴蔵に何の用だ?」
ハンスが答える前に、私は一歩前へ出た。「私が彼らを連れてきたのよ、ロバートさん」
冷静だが、拒絶を許さぬオーソリティを持って告げる。
私は持参した小さな木箱を、剣の鋳型が散乱する作業台の上に置いた。
――カチリ。
蓋を開けると、炉の光を反射して黄金が眩く輝いた。ロバートの目がわずかに見開かれる。
「軍規格の、重心バランスに優れた長剣を三十振り。それと、機動性を損なわない軽装鎧を三十セット欲しいわ」私は端的に切り出した。「納期は最短で。貴方の『会社』はこの発注に応えられるかしら?」
ロバートは粗い髭を撫で、金貨と私を交互に見た。「三十セットだと? 下層地区の難民が頼む量じゃねえな。……お嬢ちゃん、あんた一体何者だ?」
「待つのが嫌いな投資家だと思っておきなさい」私は薄く微笑んだ。「これは手付金よ。品質がハンスから聞いた評判通りなら、より大規模な軍備増強のための長期契約を約束するわ。
どう? 生産能力は足りているかしら?」
ロバートは大笑いし、作業台を叩いた。「気に入ったぜ! いいだろう、ハンスの面目とこの黄金に免じて、うちは残業で仕上げてやる。
敵の肌を切り裂く最高の鋼を約束しよう」
「……それは助かるわ」私は周囲を見渡し、一つ頷いた。
「だがよ、お嬢ちゃん。これほどの軍備を整えて、一体何をするつもりだ?」
ロバートが椅子に腰掛け、職人たちの喧騒の中で敏感な問いを投げかけてきた。
「ロバート、上へ行けるかしら?」
サミュエルが周囲の視線を気にし、場所を変えるよう促した。
「ああ……分かった。俺のオフィスへ来な」
私たちは彼に続き、階段を上がった。「正直、滅多に使わねえ場所だがな」とロバートは笑い、厚いオーク材の扉を開けた。
四人で中に入ると、階下のハンマーの音は遠い鼓動のように和らいだ。ロバートは軋む革椅子に巨体を預け、好奇心を隠さずに私たちを見た。
「さて、話を聞こうか」
「ロバート、お前が信頼に値する男だとは知っている」ハンスが低い声で切り出した。「機密を守れるか?」
「当然だ、誰に向かって言ってる」
サミュエルが私を促す。「奥様……」
私は部屋の中央へ進み、壁に掛かった古びた王国地図を見つめた。「単純な話よ、ロバートさん。私は武力による『統治機構の再構築』を画策しているわ。剣も鎧も飾りじゃない。
腐敗した王国の心臓部を叩く、精鋭部隊のためのものよ」
部屋が静まり返った。ロバートは絶句し、やがて喉から短い笑いを漏らした。
「お嬢ちゃん、冗談だろう? たった三十人でこの『オク・ボナシ王国』に挑むつもりか?」
ロバートの顔が突如として真剣なものに変わる。「いいか、俺は鍛冶屋だ、鋼の質は知っている。だがあんたは敵の質を知るべきだ。
この国の軍事力は安定している。幼少から訓練された近衛騎士がいるんだ。下層地区の素人三十人で挑むなんて……それは勇気じゃねえ、集団自殺だ」
彼は窓の外を指差した。「助言だ。それだけの金があるなら、ドブネズミを鍛える時間は無駄だ。タカペディアの国境にいる『プロの傭兵』を雇え。奴らは血に慣れている。
素人に武器を与えても、振り方も知らずに俺の剣を鈍らせるだけだ」
私は沈黙し、ロバートの指摘を分析した。
マネージャーとして、彼のロジスティクス的な正論を認める。ゼロから部門を立ち上げるにはリードタイムがかかりすぎる。だが、私には即効性が必要だ。
「貴方の懸念は理解したわ、ロバートさん」私は冷静に答えた。「けれど、彼らを正面切った戦争の歩兵にするつもりはないの。この三十人は『特殊作戦部隊』になる。
教育は、王国最高峰の騎士だったトーマス、ハンス、そしてサミュエルが直接行うわ」
ハンスとサミュエルが力強く頷く。
「ただし」私は机を指先で叩いた。「傭兵に関する貴方の助言も無視はしないわ。移行期間の防衛線として、彼らを買い上げることにしましょう。
けれど長期的な視点では? 私が必要なのは絶対的な『忠誠』よ。それは金で買った傭兵には期待できない。私は、私が構築する『会社』に共鳴する人間を自ら育てるわ」
ロバートは深く息を吐き、薄く笑った。「トーマス隊長の元で素人を鍛えるか……。へっ、それなら俺の剣も無駄にはならねえかもしれねえな。分かった、協力しよう。武器以外にも、王国と繋がりのない傭兵仲介人に心当たりがある。
紹介が必要か?」
「ええ」私は短く答えた。「戦略において、資産の分散は基本よ。即戦力の傭兵と、最終決戦のための精鋭部隊……二段構えで進めさせてもらうわ」
【システム:戦略アップデート ―― 二重雇用戦略(傭兵&精鋭部隊)】
【勢力ステータス:戦力蓄積フェーズ】




