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会津屋小間物店~元アイドル、幽霊と雑貨屋はじめました~  作者: 徳崎 文音


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9/11

渡辺誠 前編

「トンボさーん!」


 休日出勤をした帰り道、突然高い声で呼び止められて振り向くと、小さな女の子が手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる。駅前の喧騒の中でも僕の耳に届いた声には聞き覚えがある。けれど一年以上会っていない相手の声に確証が持てず返事ができない。人混みを縫うように走る小さな人影に目を凝らして、ツインテールを揺らす姿を確認した。


 見知っている顔ではあるんだけれど、随分と雰囲気が変わっていて、駆け寄って来るのが本当に僕の知っている子なのか疑問が浮かぶ。後ろから慌てた様に追いかけてくる親御さんの姿を見つけて、ようやく僕の友人で同志の結衣ちゃんだと確信が持てた。

 しゃがんで、両手を広げると勢いよく飛び込んできた。僕みたいなむさいオッサンに懐いてくれる天使の存在は本当に嬉しい。


 同じアイドルを推していた小さな同志が秋に入院して病気の治療を受けるとは聞いていた。その手術の結果が、今お腹に受けた衝撃として僕にも実感できた。イベントの行列に並ぶだけで息切れをしていたり、ライブではしゃぎすぎて倒れそうになったりしていた姿が嘘みたいな走りっぷりだった。

 随分と元気になった結衣ちゃんの姿に、僕も嬉しさが込み上げてくる。推しの卒業で穴の開いた心も、一気に明るくなった。


「結衣ちゃん、随分元気になったんだね!」


 お腹に飛び付いた結衣ちゃんの背中に手を回して立ち上がって、抱き上げる形で結衣ちゃんの親御さんに軽く手を振った。


「うん、あのね、手術は怖かったけど、美紀ちゃんのお友だちが一緒に居てくれて、怖くなくなったんだ」


「ん?美紀ちゃんのお友だち?美紀ちゃんと個人的に会ったの?」


「うん!手術の三日前に美紀ちゃんが結衣のお部屋に来てくれて、それで、これをくれたの」


 結衣ちゃんは、キラキラと光るミサンガを手首に二重に巻いていた。眼の前に出された手首を見ていると、結衣ちゃんのお母さんがすぐそこまで来ていた。親御さんに返そうとすると、結衣ちゃんが僕とお喋りがしたいと言い出して、三人で近くの喫茶店に入る事になった。


 一人では絶対に入らない様なお洒落な喫茶店に、僕は緊張したけれど、結衣ちゃんはお構いなしだ。二千円もするフルーツパフェを突きながらニコニコとお喋りをする。


「手術中に、一緒に遊ぼうって言ってくれた女の子がいたの。私より小さい子、幼稚園くらいの子だと思う。最初はその子とおままごとをしてたんだ」


 美紀ちゃんのお友達に会ったのは、手術中に見た夢の中らしい。きっと親御さんは何回も同じ話を聞いているのだろう、困ったような顔で苦笑いを浮かべている。


「でも、結衣はおままごと好きじゃなくて、近くに沢山レゴが有ったからそれで遊ぼうって言ったの。それでね、ユイはステージを作ったの。すごく大きいステージができて美紀ちゃんの真似してたんだけど、その子は楽しくない、別の物作ろうって怒り出したんだ。その時にお侍さんが来て、美紀ちゃんのお友達だって言ったんだ」


 美紀ちゃんのお友達ってのは結衣ちゃんと同じくらいの女の子だと思って聞いてた。まさかここでお侍さんとは、子どもの夢は不思議な世界だ。

 パイナップルをパクリと食べて一息ついた結衣ちゃんの話は続いた。なんと最初に遊んでいた女の子は悪霊で、そのお侍さんは、美紀ちゃんに頼まれて結衣ちゃんを助けるために来たと言ったそうだ。

 結衣ちゃんの夢がどうであれ、ここに元気に居るのだからそれで良かったと思う。結衣ちゃんはそのお侍さんにとっても感謝しているみたいだけど、きっといつかは忘れるだろう。


「結衣ね、夏休みに浜田に行ったんだ。来年も行くんだよ」


「浜田?どこそれ?」


「えっ?トンボさん知らないの?美紀ちゃんの故郷でね、美紀ちゃんのお店があるよ!」


 結衣ちゃんのお母さんが、美紀ちゃんのお店のインスタページを見せてくれた。【会津屋小間物店】というアカウント名で投稿されているのは、結衣ちゃんが手首に付けている様なミサンガや、和風なイヤリング、時々陶器の食器などもある。美紀ちゃん自身の写真はないけれど、なんとなく確かに美紀ちゃんの雰囲気を感じる。

 行ってみたいと思うけれど、島根県のそれも西側は遠い。少なくとも五日は欲しい。四週間先のゴールデンウィークは一つの休日出勤もしないと心に決めた。休日出勤を断るのなんて二十年務めて初めての事で緊張したけれど、僕は無事にゴールデンウィークをゲットした。



 ようやくやってきた連休を利用して、僕は美紀ちゃんに会う為に西へと車を走らせている。僕の愛車は赤色のセリカで、自分では凄くカッコいいと思っている。僕に似合うかは別として。

 古い型式のマニュアル車で渋滞した道を走るのは、神経を使うし結構疲れる。渋滞した高速道路に嫌気がさして国道を走り出してから六時間くらいになる。途中、道の駅で食事や買い物をして休憩を何度か挟んだから、純粋に走っていたのは四時間半くらいだと思うけれど。


 斜め前方からの陽射しが強くなって、町もオレンジ色に染まりはじめた。道路標識上は浜田まで百キロを切っているけれど、美紀ちゃんに会うのは明日になりそうだ。

 右手の宍道湖を目の端に捉えながら、今夜の宿を探さないとなと考えていると、様々なナンバーの車が走っている事に気付いた。これはもしや宿がないのでは。

 野宿の危機を感じながらセリカを走らせていたけれど、出雲大社を通り過ぎると一気に道路が空いて、日が沈む頃には海沿いの国道を快適にドライブができた。


 道の駅に車を停めて、予約サイトで今夜泊まれる宿を探すと、美紀ちゃんが店を開いたという浜田市でいくつかある事が判り、駅前のリーズナブルなホテルを予約した。道の駅は閉店時間を過ぎていたけれど、建物の裏手から見える夕焼けはすごくきれいだった。海の青と高い空の濃厚その境目のオレンジ色。あのグラデーションは……ふと脳裏をかすめたイメージを振り払うように頭を振って、相棒であるセリカに乗り込んだ。


 日が落ちてどんどん暗くなる道を走る。美紀ちゃんに近づけば近づくだけ不安は増していく。卒業ライブどころか卒業の挨拶すらなかった美紀ちゃんが、一年以上も経った今、どんな様子なのか、僕みたいなキモヲタが会いに行って迷惑がられないか、考えれば考えるほど落ち込む事ばかりだ。


 翌朝遅めの時間帯にホテルの家庭的な朝食を食べた僕は、両頬をペチンと叩いて気合を入れてからセリカのエンジンをかけた。ホテルのある高台を降りた所の交差点、右には駅前の商店街が伸びているところを直進する。川沿いの路地は一通だらけでなかなか辿り着けなかったけれど、遠回りをしている間に僕の気持ちも落ち着いた。


 美紀ちゃんのお店は二台分の駐車場を備えた、レトロな建物だった。僕は右側のスペースにセリカを停めて、レトロでお洒落な建物を眺める。煉瓦の壁に青銅で縁取られた窓と、細工彫りの施された木製のドア。周囲の雰囲気からはちょっと浮き気味のオシャレな佇まいの店だ。その建物とは似つかわしくない筆で力強く書かれた【会津屋小間物店】という骨董品屋の様な縦書き看板が立っている。

 大きな窓の内側には華やかなというか派手なワンピースのマネキンと、女性向け小物が並ぶ棚が見える。どう見ても僕が立ち入って良い場所には見えない。僕みたいなキモヲタが一番似合わない場所に見える。やっぱり僕みたいなファンは嫌だったのかな。

 けれど、看板以上にお店に似つかわしくないポスターが扉に貼られている。よく見るとサッカーチームのポスターだ。なんだか不思議な取り合わせで、もしかしたら僕が入れる隙もどこかにあるのではないかと思えてくる。


 深呼吸をしてどうにか扉を引いた。扉を開くと窓から見たのとは別の店かと思う雰囲気だった。左側には派手な着物が衣紋掛けに掛けられて並んでいる。と厳しいお面。右側の棚には陶器の壺や厳めしいお面が並んでいる。

 カランコロンとドアベルの音が響くと、二人分の視線が僕に集まった。店の奥でお茶を飲んでるご婦人と、その向かいに座っていた美紀ちゃんだ。


「トンボさん?!」


 目が会うと同時に大きな声で呼ばれて、ビクッとしてしまう。お茶を飲んでいたご婦人もかなり驚いた様子だ。ただ、名前を呼んだ美紀ちゃんが笑顔で、決して僕を嫌っている訳ではない様でホッとした。けれど状況で何を言えば良いのか分からなくて、僕は固まってしまった。


「美紀ちゃんの知り合い?お邪魔なら帰るけど」


 ゆっくりとカップを置いたご婦人は、じっと僕を見ている。値踏みするような視線は、出かけてくる時の母親の視線と同じように居心地悪く感じる。すみません。すみません。貴重なお茶の時間にキモヲタが来てしまってすみません。


「いえいえいえ、知り合いなんて烏滸がましい。美紀ちゃんから元気と生きる理由と日々の希望をもらっていたただのファンです。美紀ちゃんのお知り合いとの語らいの時間にお邪魔するなんて申し訳ないので速やかに買い物をして帰ります」


 僕は反射的に早口で答えてしまった。そのまま帰ると言えなかったのは、インスタで見ていたアクセサリーの現物を見たかったからだ。どうか商品を見る事だけは許してください。

 僕の返答にご婦人はポカンと口を開けていて、美紀ちゃんはケラケラと笑いだした。


「田中さん、この方は見ての通り、私のファンだった方なんですよ。これで、私がアイドルしてた事信じてくれます?」


 美紀ちゃんがいたずらっぽく笑いながら、立ち上がった。田中さんは、目を丸くしてマジマジと僕の顔を見つめている。


 ん?このご婦人は美紀ちゃんがアイドルだったことを信じていないのか?それは由々しき事態ではないだろうか。美紀ちゃんほどアイドルというに相応しいアイドルは居ないのに!このご婦人の認識を改めて頂かねば!


「にいちゃん、本当に美紀ちゃんのファンなら、一緒にお茶していかんか?」


 僕の決意なんてお構いなしに、ご婦人は着やすくソファーの端を叩いて僕を呼んだ。その雰囲気は親戚の集まりで、昔話をしたがる叔母の様で僕の苦手な雰囲気だ。ご婦人の認識を改めるなんてミッションは脆くも崩れて、僕は逃げ腰になりながら視線を彷徨わせた。本来の目的、本来の目的。


「僕、美紀ちゃんは雑貨屋をしているって聞いてたんですけど、実は喫茶店なんですか?」


「聞いてたって、だれから?」


「結衣ちゃんから」


 パッと瞳を輝かせた美紀ちゃんが、大股で僕の目の前まで歩いてきて、僕の手首を掴んだ。久しぶりに目の前で見る美紀ちゃんからは、和風な香りを感じた。この入口すぐの着物やお面によく似合う香りだ。僕の手首を掴む指先に絆創膏があって、もうアイドルではないと、僕に知らしめた。


「結衣ちゃんに会ったの?いつ?その話も聞きたいから、トンボさんもお茶していって」


 僕の小さな感傷などお構いなしにぐいぐいと腕を引っ張ってご婦人の向かいのソファーに座らされた。僕を座らせると、美紀ちゃんはレジ後ろの扉の奥へと行ってしまった。初対面の人と向かい合う、オシャレな空間の、柔らかいソファー。どれもこれも僕の苦手な物で、緊張してしまう。


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