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会津屋小間物店~元アイドル、幽霊と雑貨屋はじめました~  作者: 徳崎 文音


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佐々木翔哉 後編

 翌日、俺はまたあのオシャレな雑貨屋を訪れた。扉には店の外観に似合わないポスターが貼ってあって、思わずガッツポーズをしてしまった。カランカランとベルを鳴らしてドアを開けると、正面の棚に、イルカレッドのチラシが置かれているのが見えた。俺は1枚しか渡してないのに束で置かれている。

 入り口右側の棚の奥からひょっこり顔をのぞかせた、店長さんが笑いかけてくれて思わずドキリとしてしまう。これが森脇くんが言ってたアイドルの魔性ってやつか。すごく可愛い笑顔は、見ただけで幸せな気持ちになる。


「あ、佐々木さん。こんにちは」


 振られる手に釣られるように入り口近くの古風な通路を歩いていくと、抜けた先には外から見た通りの洒落な売り場が広がる。大きな木製のテーブルに並べられたアクセサリーにショーウィンドウから差し込む日差しがキラキラと反射している。道から見えない壁沿いの棚の中には観光地のパンフレットと並べてイルカレッドのチラシが置いてあった。


「試合を見に来てくれてありがとうございました!」


 チラシを指しながら言うと、一層輝くような笑顔を見せてくれた。俺より頭二つ分低い位置から見上げる視線に、この前会った時と違って親しみを感じて、うっかり勘違いしそうだ。


「こちらこそ、教えて頂いてありがとうございました。試合、すごく面白かったですし、兄も喜んでいました」


「えっ?お兄さん?もかもしかして、昨日一緒に居た背の高い人?」


「はい。このお店も兄の協力と言うか勧めがあって始めたので、お店にポスターを貼るのも兄に相談してたんです。それで一緒に行くことになったんです」


 田中さん情報にお兄さんの話なんてなかったけど、俺も聞きもしなかった。まぁ、恋人じゃなくて兄貴でも俺みたいな男を近づけたくはないよな……いやこの店長さん神坂って言ったよな。あの兄貴俺の同級生じゃないか?今度田中さんに聞いてみよう。


「てっきり彼氏さんかと思って邪魔しちゃ悪い気がして話しかけなかったんですが、そういう事ならお兄さんにもイルカレッドの魅力を語った方がよかったですね」


「似てないですもんね。でも彼氏はひどいなぁ十も歳上なんですよ」


 ぷっと頬を膨らませた表情も可愛らしい。さっきからコロコロと表情が変わるけど、どの表情も愛らしくて、どんな願いも叶えてあげたいような気分になる。こんなに魅力的なのになんでアイドルやめてこんな田舎に暮らしてるんだろう?


「店長さん、元アイドルだったんですよね?どうしてこんな田舎で、雑貨屋なんてしてるんですか?」


「えっ?私の事知ってたんですか?」


「田中さんに聞いただけなんで詳しくは知らないです。でも、数回会ったただけでもすごく魅力的な人だと、もったいないなって思って。よりれば、イルカレッドの応援大使みたいな存在になってほしいなって思いました」


「……あの、昨日の試合、凄かったですね」


 店長さんは一瞬だけキュッと口元を引き締めてからニッコリってあからさまに話を逸らした。急に応援大使って言われても、そりゃ困るよな。いくら昨日の試合が奇跡的でも初めて見たものにそんな思い入れできるわけないよな。


「凄かったですよね!俺も信じられない気分なんですよ!シュートは枠を外れるはずだったのに、なぜかコースが変わって入ったり、パスが絶対に通らないような密集地帯をスルスル抜けて、ゴールに繋がったり……。まるで、誰かが『見えない力』でボールを動かしてるみたいだったんです!」


 店長さんの表情が、ほんの少しだけ強張ったように見えた。さっきは口元が引き締まったけど、今度は目元が鋭くなって、視線が少し右に向いた。レジカウンターの向こうに何かあるのだろうか?


「そうでしたか?私には、佐々木さんの熱心な応援が選手たちの動きを良くした様に感じましたよ。すごく熱心に応援されてるんですね。あんなに大きな声で、喉は大丈夫ですか?」


 ニッコリと笑って穏やかな声で言われたけれど、なんだかまた話をずらされた気がしなくもない。まぁ、初めて来た試合で、いきなり『不思議現象が!』なんて言われても困るよな。


「俺の応援はいつも通りでしたよ!だから、僕らの応援じゃなくて、もっと他の力のおかげで劇的な何かが起こった気がしたんです!でも店長さんが言う様に俺の応援にそういう劇的な何かを起こす力が宿ったらいいなとも思います」


「応援って、すごく力になるんですよ!佐々木さんの熱心な声もきっと奇跡を起こせますよ!」


「応援が力になる……か。ありがとうございます。そう言ってもらえると救われます」

 

 俺はふと入口に掲げられたあの力強い筆文字の看板を思い出した。


「この前伺った時から気になってたんですけど、このお店の名前って、あの浜田藩の偉人から取ったんですよね?」


「えっ?偉人?……あぁ、そうですね。その会津屋ではあります」


 店長さんは少し困ったように笑ってまた視線を右にそらした。その様子に構うことなく、俺は自分の胸に抱いていた野望を口にした。


「やっぱり! なら話が早いです。俺、イルカレッドにとっての会津屋八右衛門になりたいんです」


「えっと?……どういう事ですか?」


「浜田藩の財政を助ける為に、異国との密貿易という禁じ手を使ってまで一発逆転の一手を打った、あの八右衛門ですよ。今のイルカレッドは、喉が枯れるまで応援するだけじゃ足りない。地道な努力を積み重ねる時間も足りない。……俺は、八右衛門のようにチームを一気にJリーグへ押し上げるような、劇的な一手を探してるんです」


「でも、八右衛門は失敗してます。一発逆転なんて上手くいきっこないんですよ。何事も地道な積み重ねが大事なんじゃないですか?もしも、会津屋八右衛門が、異国の物ではなくて、浜田の物に価値を見つけていたらどうなっていたと思います?私のこのお店は、そういうコンセプトなんです」


 確かにこのお店は、浜田の物がたくさん置いてある。入り口付近に飾られた神楽のお面とか、今正面に見えている和紙とか。けれど、そんな古臭いもので商売が成り立つようには思えない。


 店長さんはショーウィンドウと売り場の間に置かれた組子の棚に歩み寄ると、夕日色の紐を持ち上げた。戻ってきて目の前に差し出されたそれは、几帳面に編まれた幅広のミサンガだった。受取ってよく見れば斜めに紺色の線が入っていてチームのユニフォームを連想させるデザインだ。

 店長さんの顔から微笑は消えていて、真っすぐに見つめられた。真っすぐな視線を受けてもさっきみたいな幸せな気分にはならない。何て言葉を返していいのか分からず沈黙してしまった。


「流行りの推し活では、こういうグッズも楽しみの一つなんですよ?応援する人が沢山集まったら、もっと大きな奇跡が起こりそうじゃないですか?わたしも佐々木さんみたいに自分なりのやり方ってのを考えてみたんです。私にできる応援は、こうしてポスター貼って、若い子受けする手に取りやすい推し活グッズを作る事でしょうか」


「ミサンガなんてJリーグ創成期の物だよ。今更そんな物で人が集まるとは思えないな」


 せっかく空気を緩めて会話を再開させてくれた店長さんに俺はなんて捻くれた言い様なんだ。けれど、地道な積み重ねじゃどうにもできない事だってあるんだ。

 手の中のミサンガをもう一度見る。不思議な存在感を放つ紐が忘れていたい記憶を呼んだ。


「俺、大学まではサッカーしてたんですよ。子供の頃この辺りでは一番上手かったと思います。スポーツ推選で大阪のサッカー強豪校に進学したんです。俺の在学中にインターハイも選手権も全国に行ったんですけど、俺は一分も出れなかったんですよね」


 閉じ込めていた記憶が次々に頭の中に浮かんでくる。練習しても練習してもテクニックが敵わなかった同級生や、天性の勘でゴールを決めまくる先輩がピッチで走ってる景色ばかりが俺の高校時代の記憶だ。あの頃から俺のサッカーはスタンドから見るものになった。


「店長さん、積み重ねが大事なんて幻想です。積み重ねても、何も変わらない事がほとんどなんだ。俺は『一発逆転の景色』を見てみたいんですよ。それを望むことの何がいけないんです?」


 店長さんが俺の手からそっとミサンガを抜き取った瞬間、低く太い声が聞こえた。危機感を覚えるほどの忌々しげな声に、俺は血の気が引くのを感じながら思わず耳を抑えて後ずさった。


『阿呆丸は沈没したぞ』


 阿呆丸? 沈没?今の声は何だ。俺の脳みそが、勝手に不吉な幻聴を作り出したのか?幻聴と言うには明瞭に聞こえた言葉の意味を考え込んでいると、店長さんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「佐々木さん? 顔色が真っ青ですよ。どうかしました?」


「なんでもないです。ちょっと嫌な思い出に浸りすぎてしまったのかもしれません」


 不思議そうに眼を瞬かせている店長さんにはさっきの声は聞えていないのだろう。選手たちが聞いたのと同じ声だとすると、この店長さんの影響なのか?あっ、またカウンターの方に視線を向けてる。一度不満げにキュッと口を曲げた店長さんはニッコリと笑った。


「あのですね、一発逆転悪いとは思いません。でもね、佐々木さん。積み重ねたものが『形にならない』のと『無駄になる』のは、違うと思うんです。一分も出られなかったその三年間があったから、今の佐々木さんは誰よりも熱く、あんなに大きな声で応援できるんじゃないですか?」


 店長さんは店の真ん中の大きなテーブル、アクセサリーの陳列された端にミサンガを置いた。それから、夕日色のアクセサリーをその横に並べていく。小さな透き通った赤い石がキラキラと連なるネックレス、端が扇形になっている簪、夕日色の糸束が揺れるイヤリング。そうやって並べられるとミサンガすらも洒落なアクセサリーに見えてくる。


「私はしがない小間物屋ですから、小物の可能性を信じています。ミサンガみたいな推し色アクセサリーを身に着けた人同士が街ですれ違って、仲間を見つけた喜びを持てる奇跡も素敵だと思いませんか?いつかは町中のみんながユニフォームと同じ色のアクセサリーを身に着けてるようになったら、それもちょっとした『一発逆転の絶景』だと思いません?」


「町中の人がチームの色を身に着ける?」


「そうですよ。沢山の人の応援こそが奇跡を起こせる!そう思うから佐々木さんも宣伝して回ってるんでしょう?」


 店長さんはテーブルの上に並んだアクセサリーからショーウィンドウへと視線を移した。外から入る日差しに眩しそうに細めた瞳は、ここではない場所を眺めている様に思えた。アイドルだった頃の輝かしい記憶でも思い出しているのだろうか。


「私、アイドルだったって言っても、テレビに出たりとか雑誌に載ったりとかしたことなくて、ステージに立っても端っこだったんです。それでも私を見てくれる人がいて、その人たちの為に一生懸命してました。けれど、メンバーの中には目立つためにSNSで炎上するような事を言ったり、わざとスキャンダルになるような事をする子も居たんです。確かに一気に注目を集めて、特典会も行列になったりしてました。でも、そうやって集まった人はファンとしてずっと来てくれるとはかぎらないんですよ。一発逆転なんかを狙って魔法みたいな『一手』に頼ったら、その魔法が解けた時に何も残らないんですよ。八右衛門が何もかもを失ったみたいに」


 彼女の言葉は、静かだけど、実際にその「沈没」を見てきたかのような重みがあった。  店長さんはふっと表情を和らげると、レジカウンターに置いていたミサンガを手に取り、俺の掌にぽんと乗せた。


「コツコツと応援している佐々木さんの積み重ねは、カッコいいと思いますよ。はい!この一本目は宣伝部長への先行投資として差し上げます!イルカレッドを広めるついでにうちの繁盛にも貢献してください!」


 手渡されたミサンガは、見た目の軽やかさに反して、ずしりと温かい。丁寧に夕日色の糸が編み込まれた滑らかな手触りに、途方もない手間を感じる。この店の品物のいくつかは手作りだって聞いているけど、このミサンガも手作りだとすると、この店長さんはとんでもない努力家だと思う。そんな人が積み重ねで応援しろと言っている。俺の一発逆転案なんかただの意地でしかないと嫌でも自覚した。話しているうちにそんな心の瓦礫は崩れて、今はなんだかとてもスッキリした気持ちだ。


「……はは、まいったな。ここのお店の宣伝もしときます!」


 店を出ると、夕暮れの浜田の風は少しだけ冷たかった。けれど、さっきまでより少しだけ、足取りが軽くなっている自分に気づいた。今度田中さんに新しい友達でも紹介してもらおうかな。

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