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会津屋小間物店~元アイドル、幽霊と雑貨屋はじめました~  作者: 徳崎 文音


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4/11

伊藤結衣

 ママのスマホでゲーム動画を見ていたら、急にニュースが出てきた。『神坂美紀、グループ脱退』って文字が目に飛び込んできて、結衣は思わず声をあげた。見つけた文字をクリックして細かい字を読んだ。全然意味が分からない。美紀ちゃんがもうステージに立たない。卒業公演もしない。急だけどもう辞めちゃったんだと理解して何も考えられなくなった。


 美紀ちゃんの居ない生活なんて考えられない。何もできない結衣が役に立てるのは美紀ちゃんの前だけ。結衣が病気を治したいと思えるのは、美紀ちゃんをもっと応援するため。美紀ちゃんの居ない世界なんて、苦しい病気と闘う理由もない。



 結衣が初めて美紀ちゃんを見たのは、お兄ちゃんに連れて行かれたアイドルイベントだった。お兄ちゃんは別のグループのファンで、美紀ちゃんを目当てにしていたわけじゃない。でも結衣はそこで美紀ちゃんを見つけた。

 ステージの右端で、歌っている綺麗な声のお姉さん。フォーメーションが変わっても真ん中に来ることはなくて、目立たないようにしていた。確かにダンスはちょっと上手と言い難かったけれど結衣の耳には、その歌声だけがはっきりと聞こえた。それが美紀ちゃんだった。


 お兄ちゃんに言って次の日曜日にも美紀ちゃんの出るイベントに連れて行ってもらった。美紀ちゃんはやっぱりステージの端っこにいた。フォーメーションが変わっても、真ん中に来ることはなくて、前に出ても右端で、だから結衣も右端の壁に凭れて見てた。

 その日は特典会に並んで、美紀ちゃんとチェキを撮ってお話した。そのチェキは結衣の宝物。サインと一緒に「元気になれますように」って書いてくれてある。美紀ちゃんはステージの上から結衣の事を見て、心配してくれてたんだって。


 それから結衣はできるだけライブに行って、その度にお手紙を書いた。「今日も歌がきれいでした」「美紀ちゃんの笑顔が好きです」って。

 渡すたびに美紀ちゃんは笑顔で受け取ってくれた。「応援してくれてありがとう」「結衣ちゃんの為にがんばるね」「また来てね」美紀ちゃんが答えてくれる言葉で結衣は世界一幸せになれた。


 ママも一緒にスマホを見て、きっとフェイクニュースだよって言いながら病室を出て行った。コンビニに売ってる新聞を見に行くって。結衣は美紀ちゃんのファンだけど、新聞に載るほどのアイドルじゃない事は分かる。なんだかママの方が混乱していそう。


 ママを見送った結衣はチェキ帳を開いてみた。一番最近撮ったチェキの美紀ちゃんは、確かになんだか元気がなかったかもしれない。結衣の応援が足りなかったのかな。次のライブで渡そうと思ってチェキ帳のポケットに仕舞っていた手紙をそっと取り出した。美紀ちゃんに宛てた手紙はいつも何度も何度も書き直した。

 美紀ちゃんのメンカラの便箋を選ぶのは楽しかったし、綺麗に書くために漢字の勉強もした。初めの頃はひらがなばっかりで、「おうたがすきです」とか「たくさんみてくれてありがとう」とか書いてたけれど、最近は内緒のお話を書いてた。学校の友達には言えない、ママにも心配をかけるから隠している「本当の気持ち」。


『美紀ちゃん、昨日は体育の授業をまた見学しちゃいました。みんなが走っているのを見るのは、本当はちょっとだけ苦しいです。でも、美紀ちゃんが端っこで一生懸命踊っているのを思い出すと、私も「見学を頑張る」っていう自分の場所で笑っていようと思えます。美紀ちゃんの歌は、私の心に直接届く魔法みたいです』


 結衣はいつも無力だと思っていた。学校では体育に出られないし、友達と遊んでもすぐに疲れてしまう。家でも「無理しないで」と言われるばかりで、結衣は何もできない子だと思っていた。でも、美紀ちゃんに会う時だけは違った。「来てくれるだけで嬉しいよ」と笑ってくれて、結衣のお手紙を喜んでくれる。結衣でも人を喜ばせられてるのが嬉しかった。病気で何もできない結衣が、誰かの力になれている。それが結衣にとって、世界で一番大切な時間だった。


「結衣ちゃんの手紙は、私のお守りだよ。ステージに立つのが怖くなった時、舞台の袖で読み返すとね、結衣ちゃんが私の歌を待っててくれるって、勇気が出るの」


 それを言ってくれたのは去年の冬の特典会で、その日のチェキには『お守り!』って書いてあった。結衣の手紙が美紀ちゃんのお守りで、そのチェキが結衣のお守り。


 聞いた時、結衣は心臓が飛び跳ねるくらい嬉しかった。何もできない、守られるばかりの「病気の子」だと思っていた自分が、憧れの大好きな人を「守る」ことができている。結衣も生きてる意味があると思えた。

 結衣は病気で、長いこと立っているのも、飛んだり跳ねたりするのもできなかった。コールもMIXも、みんなが楽しそうに声を合わせるのを見ているだけ。そのたびに寂しくなったけれど、美紀ちゃんの応援は違った。


 ファンは推しに似るっていうけど、美紀ちゃんのファンは優しかった。何回も行ってるうちに仲良くなって、大人のお友達ができた。疲れて座り込んだ時には、トンボさんが抱っこしてくれた。「無理しなくていいよ」って言いながら結衣にペンライトを持たせて抱っこして一緒に応援してた時間はすごく楽しかった。


 さっきのニュース、新聞じゃなくてトンボさんに聞く方が、嘘か分かるんじゃないかなって思ってたら、ママが帰って来た。すごくしょんぼりした感じで。


「あのニュース本当みたい。美紀ちゃんも具合が悪いみたいね」


 ママはそれ以上何も言わなかったけど、なんでだか結衣よりショックを受けているみたいだった。


 次の日、部屋がノックされてドアの開いた音がしたと思ったら、ママが目を真ん丸にして固まった。ふっと空気も軽くなった感じがして何だろうと思って振り向いたら美紀ちゃんがいた。えっ?美紀ちゃんが結衣のお部屋に来た?美紀ちゃんの後ろには画用紙で作ったキャラクターが飾られた見慣れた廊下の壁があって、結衣が急に変な場所に来た訳ではなさそう。

 美紀ちゃんはニコニコしながら結衣に向かって手を振った。


「こんにちは、結衣ちゃん。具合はどう?」


「美紀ちゃん?本物?」


 ベッドから降りようとしたら美紀ちゃんが慌てて駆け寄ってきてふわりと抱きしめてくれた。抱き着いたら温かくて、ポロポロと涙が出てきた。


「本物だよ。今日は特典会みたいな時間制限なんてないから、落ち着いて。ほら、苦しくなっちゃうよ。結衣ちゃん、そんなに泣かないで。急に辞めるって言ったからビックリしてたんだよね?ごめんね」


 涙は止まらないけど顔を上げて美紀ちゃんを見たら、困ったように笑いながら結衣を見つめた。謝らないと。三回深呼吸をしてやっと喋れそうになった。


「美紀ちゃん、どうしてやめちゃったの?結衣の応援足りなかった?」


「結衣ちゃんには十分応援してもらったよ。結衣ちゃんがいたから頑張れたんだよ」


「じゃあなんでやめちゃったの?」


「私ね、新しいことを始めたいと思ったの。都会で頑張ってきたけど、やっぱり故郷が好きだから、今度は浜田を応援したいんだ。結衣ちゃんが私に力をくれたみたいに、私も故郷の力になりたい。だから、浜田に帰って、そこでできることを探してみようと思ってるんだ。結衣ちゃんが元気になったら、ぜひ遊びに来てね。私の新しい挑戦を見てほしいな」


「いく!絶対元気になって行く!」


 美紀ちゃんはニッコリ笑って、ポケットから綺麗な紐を取り出してくれた。紫色に白と緑の模様が入った紐で所々にキラキラとしたビーズが光ってる。それを結衣の手に巻いてくれた。


「それはお守り。結衣ちゃんが元気になりますように。元気になって私の大好きな故郷に遊びに来てくれますようにって願いを込めて作ったよ」


 キュッと縛った瞬間、美紀ちゃんの後ろに透けた男の人が見えた。どう見ても幽霊さんなんだけど全然怖くなくて、じっと見てたら口元に人差し指を当てて「秘密」っていうポーズをした。美紀ちゃんを内緒で守ってるのかな。




 口元に当てられたマスクから缶詰のサクランボみたいな匂いがして、数を数えている看護師さんの声がだんだん遠くなっていく。次に起きたら結衣は元気になっていて、美紀ちゃんの故郷へ遊びに行くんだ。

 そう思ってたのに目を覚ましたら、私は真っ白なふわふわした場所にいた。


「ねえ、遊ぼう?おままごとしようよ」


 結衣の目の前には知らない女の子が立っている。おもちゃのお茶碗をもって無表情に結衣を見てる。ちょっと怖い感じがしたけど、女の子が寂しそうに見えて一緒に遊んであげる事にした。


「ゆいちゃーん!」


 どこからか大人の男の人が呼ぶ声が聞こえて、振り向いたらレゴブロックが山のように転がっていた。沢山のカラフルなレゴブロックを並べたら、ライトに照らされるステージみたいになりそうな気がする。結衣が作ったステージなら、美紀ちゃんがセンターでも誰にも文句言われないかも!


「ねえ、一緒にステージを作ろうよ!美紀ちゃんが歌う為のステージ作りたいの!手伝って!」


 結衣がブロックを積み始めても女の子はおままごとの場所から動かなくて、泣きそうな顔で結衣を見てた。すごく悲しそうで、笑ってほしくてブロックを持って女の子の所に行ったけれど今度は睨まれた。


「……そんなの、楽しくない。ステージなんていらない!美紀ちゃんってだれよ!あたしと遊んでよ!ねぇ!あんたも、どうせあたしを一人にするんでしょ!みんなそうだったもん!最初は遊ぼうって言ったのに、すぐにどこか行っちゃう!ねぇ!」


 急に大きな声で怒鳴られてびっくりしたし、すごく冷たい手で腕を掴まれて怖くて動けなくなった。怖いんだけど、この女の子の気持ちが、置いて行かれて悲しい、一人ぼっちで寂しい気持ちが冷たい手から伝わってきて、結衣も悲しくなる。


「これこれ、お嬢さん。その子は俺の大事な子なんだ。乱暴はよしてくれるかな?」


 さっき結衣を呼んだ男の人の声がして、女の子の手を離してくれた。ほんわり温かい感じがして見上げると、そこには美紀ちゃんの後ろにいた秘密のお兄さんが立っていた。

 ボロボロの服を着ているし足がない姿は、どう見ても幽霊さんなんだけどけれど、不思議と怖くなくてホッとした。お兄さんは私の手首に巻かれたミサンガを指さしてニカッと笑った。


「美紀ちゃんから頼まれてね。結衣ちゃんを助けに来たよ」


 結衣と女の子の間に浮かんだお兄さんはすごく頼もしいんだけれど、あの女の子の寂しそうな顔も気になる。


「お兄さん!その子も助けてあげて!」


 精一杯の大きな声で叫んだ結衣を振り向いたお兄さんは、笑って頷いてくれた。怖い幽霊さんも助けれるなんて、美紀ちゃんを守ってるのは凄い幽霊さんみたい!


「お前さんも、ずいぶん長い間、ここで一人ぼっちだったんだろう。この世の未練を抱えちゃあ、いつまでも温かい場所へは行けねぇ。少しだが、俺の力を分けてやる。これでお前さんも、もう寂しい思いはしねぇ場所に行けるはずだ」


 お兄さんが手を前に伸ばすと辺り一面が白く光って、とっても温かくて心地よい空気になった。光が収まった時にはあの女の子は居なくなっていたけれど、きっともう寂しい思いはしない場所に行けたんじゃないかな。


「さあ、続きを作ろう。立派なステージを完成させて、美紀ちゃんに歌ってもらわないとね」


 お兄さんは私の隣にどっかと座り込んで、不器用な手つきでブロックを拾い上げた。はめるのはヘタッピだけど、色のセンスは最高にイケてる。


「ゆいちゃーん!ゆいちゃーん!」


 遠くから読んでるのはお医者さんの声だ。そう言えば結衣は病気を治す手術を受けてたんだった。


「時間だね。美紀ちゃんとの約束を忘れないでね。浜田で待ってるからね」


「うん!お兄さん、遊んでくれてありがとう!美紀ちゃんの事しっかり守ってね!」

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