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会津屋小間物店~元アイドル、幽霊と雑貨屋はじめました~  作者: 徳崎 文音


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小林七海

 視線は遠くに。指先はできるだけ伸ばして、腕を出す時は肩から意識して。カラフルなライトの中で踊りながら、薄暗いフロアを眺める。前列にいるのは見慣れた顔ぶれ、五列目からは私達の後で出てくるグループのファンの人達か。初めて見る人も居るけれどここに居る人は既に推しがあって、ウチらのファンになるなんてほとんどない。

 それでもできるだけ沢山の人に目線を投げて、キレイに見えるように踊って、可愛く見えるように笑う。それが夢を叶える為にできる事だから。だけど、ウチと一緒にこのステージで踊っている他の子は考えが違うらしい。ほらまた由香のステップが違う。


 お客さんが振っているペンライトの色は、ピンクが一番多い。彩はかわいくて巨乳だもんね。全然笑わないけど。ウチの色、黄色を振っているのは、一、二、三······五人か。ホント毎週毎週ありがとう。人数は多くないけど、熱量高いのがウチのファン。ファンは推しに似るって言うもんね。フリーに踊る所は、熱心な皆に感謝して。物販もよろしくね。


 ステージから降りて物販も終わったのは二十時半だった。今日なら大丈夫だと判断して、皆を引き止めて反省会に誘った。

 あっさりと同意したメンバーを不思議に思いつつ、ライブハウスから歩いて五分の所にあるファミレスに入った。あんなパフォーマンスなのに、見た目には気を使う皆はドリンクバーで、温かいお茶をとってくる。ウチはオレンジジュース。踊った後の糖分補給は大事でしょう。


「それで、七海の話って何?」


「早く寝ないとお肌荒れちゃう」


 美沙と茉莉が不満げに話を切り出した。


「なぁ、皆は今のままでええん?いつも通りのお客さんしか来ないライブばっかでええん?」


 オレンジジュースを飲みながら答えたウチの言葉に、ほかのメンバー全員がなにやらアイコンタクトを交わしはじめた。


「だってしゃあないやん。なに?七海は何かお客さん呼ぶ方法知ってるん?」


 口だけはメジャーデビューを目指すって言ってる由香が指で髪を捻りながらいう。


「このイベント出てみーひん?こういう大きいフェスに出て、ウチらを全く知らん人に見てもらうん」


 ウチはアイドルフェスの参加募集の告知をスマホの画面に表示して由香に見せた。美沙と彩はスマホを覗き込んだけれど、茉莉はチラっと横目で眺めただけで、ジャスミンティーを飲み始めた。


「えー、これどこ?えっ?岐阜?遠いって。ムリムリ。そんな遠くで見つけてもらったってライブに来てくれへんよ」


「うん、うん。別にいつも通りのお客さんでええやん。七海は何が不満なん?」


 美沙と彩が信じられないって顔でスマホを突き返してきた。


「今のまんまじゃいつまで経っても底辺の地下アイドルだよ、メジャーデビューなんてできひんやん」


「あー。前から思ってたんだけど、七海はいつまで夢見てるん?アタシ達、大学卒業したら 普通に就職するんよ。メジャーアイドル目指したいんだったら、他の人とやってくんない?」


 ついこの前まで、メジャーデビューを口にしてた由香の一言で、その日ウチらは解散した。


 解散しょうって言った由香が早々に事務所に電話して、一時間もしないうちにグループのSNSで解散が宣言された。ウチはまだアイドルを続けたかたのに。一晩中エゴサをし続けて、寂しがってくれる人を十人くらい見つけた。それが誰の投稿なのかだいたい予想がついて、余計に悲しくなった。


 ただの大学生になって、茫然とした状態で迎えた朝、気が付いたら高速バスに乗っていた。遠くに行きたいというか、少し喧騒から離れたかったのかもしれない。

 メジャーアイドルになるっていう夢と一緒に友達も失ってひとりぼっちになった。思えばメンバーであって友達ではなかったのかもしれない。バスに揺られて、流れていく山の風景を見ながら、ぐるぐると今更な事を考えていた。


 高速バスから降りた時にはもう夕暮れ時だった。乗ったのは朝だったのに。

 早目の夕食を食べられる所を探して、駅前の商店街を歩いていく。いくつか気になるお店は有ったけれど、どこもディナー営業前で閉まっていて、気が付くとアーケードが終わってた。 大した距離じゃなかったけれど。


 アーケードが終わった所から細い川添いの路地に入った所に、周囲の景色に馴染んでいないレトロな建物が有った、建物とアンバランスな「会津屋小間物店」という縦書きの木製看板が立っている。大きな窓の内側に立っているマネキンの着ているワンピースに吸い寄せられた。

 大きな窓の左側にアンティークな飾り彫りがされた扉があって、そうっと押したらカランコロンとレトロな音が響いた。ドアベルの音はお店の外装や窓から見えた商品に似合ってたけれど、扉を開けた眼の前は民芸品屋さんみたいな物がズラリと並んでいて、お店の名前と看板がしっくりくる雰囲気だった。


 大きな焼き物や、やたらと怖いお面を見回していると、奥の方でほうきを持って掃除してる女の人と目が合った。

 小柄で童顔なその女性は、一瞬困ったように眉を下げたけれど、「いらっしゃいませ」と私を迎えてくれた。時間的にもきっと閉店間際なのだと思う。早く買い物を済ませた方が良いんだろうな。


「あの、マネキンが着てるワンピースが見たいです」


 急いでウチの用事を伝えたら、驚いた様に目を丸くして、民芸品の棚の裏側に案内してくれた。組子細工の棚で仕切られた窓際のスペースは、アンティークな家具とキラキラしたアクセサリーが並べられた、お姫様の部屋みたいな空間だった。その一番奥、窓のすぐ傍のマネキンが着ているワンピースに目が釘付けになる。


 外から見た時に見えたワンピースの前側は、黒地に桜柄と所々に金糸刺繍の雅さが目を惹いたけれど、背中側にはこちらを睨む勇猛な獅子の刺繍が施された男性的なデザインだった。着物みたいな袖が印象的な和テイストのワンピースだ。


「これ、神楽衣裳を参考にして作られた一点ものなんです。一応変身の仕掛けもあるんですよ」


「ええ?変身の仕掛けって、何です?」


 店員さんはふふっと笑いながら、マネキンを抱えて眼の前に持ってきてくれた。ウチより華奢に見えるのに、どこにそんな力があるんだろう。目の前で見て、自分が着てる姿を想像する。上半身はボリュームがあるけど、スカートはシンプルなひざ丈くらい。背が高くて電柱みたいな体系の私のコンプレックスを上手く胡麻化してくれそう。


「神楽の衣装みたいに、この袖の部分をこうすると、ロングワンピースになるんです。」


 店員さんが右肩の所を触ると、右の身頃がパラリと落ちて、中から薄緑の地に藤柄の優し気な雰囲気の生地が出てきた。左肩も同じように開けば、オフショルの可愛いドレスになった。上半身がスッキリしてスカート部分にボリュームが出る。このお店みたいな、二つの雰囲気を兼ね備えたワンピースから目が離せない。


「でも、こんなワンピース着て行く所ないですよね?」


 落ちサビ前の間奏で後ろを向いて変形させたら……こんな仕掛けのある衣装で踊ったら、あのお客さん達、どれだけ驚くだろう。


「あります、私はこのワンピースを着る場所があります……あっ、もうなくなっちゃったんだった」


「こんな派手な服を着る場所って?」


 まるで、ウチの状況を知っているかのように言葉少なに問いかけられた。遠慮がちな声にも、責めるような声にも聞こえるのは、ウチの気持ちのせいかな。


「ウチ、昨日までアイドルだったんです。と言っても地下も地下の木っ端アイドルですけどね。ウチは、メジャーデビューを目指して活動してたけど他の子はそうじゃなくて、解散しちゃったんです、昨夜」


 未練と後悔にまみれながら絞り出した答えは、一言で済ませるつもりが、気付いたら早口で、涙もポロポロと一緒に零れてた。


「時間が大丈夫なら、少しお喋りしましょうか?」


 そう言って店員さんは、お店の奥に案内してくれた。閉店時間際だったろうに、良いのかなと思いつつ、案内されるまま入口正面にあった応接セットに座らされた。艶々の天板の周囲にはグルリと飾り彫りがされたアンティークなローテーブル。ソファーも木製骨格のアンティーク調で白い革張りの座面が思ったより柔らかかった。

 ソファーに座らされて渡されたティッシュで涙を拭いてるうちに、店員さんはオシャレなティーセットをお盆に載せて持ってきた。注がれるお茶はアールグレイだと思う。


 一口紅茶を飲んで落ち着いた所でお互いに自己紹介をした。店員さんだと思っていたけれど、このお店のオーナー店長さんだった。神坂美紀さんって名前はどこかで聞いた事ある気がするのだけど、どこだったか思い出せない。東京から出戻りでお店を初めて二年くらいだって。東京で一体何をしていたのだろう。


「アイドルは、ひとりでもやれると思うけど、もうしないの?」


 紅茶を淹れて私の前にカップを置いた店長さんが、本当に不思議そうに首を傾げている。じっと見つめられると恥ずかしい。店長さんはウチよりはるかに可愛くて、アイドルっぽい。


「えっ?アイドルって言えばグループでするものだとばかり思ってました」


「そんな事ないと思うよ。古いけど昭和アイドルはだいたい一人だったでしょ?今では少ないけど。でも、お客さん魅力的だし一人でもやっていける気がする」


「そんな気軽に言ってくれますけどぉ」


「小林さんがなりたかったアイドルってどんなアイドルだったんですか?」


 本当に、目の前のこの人は何者だろう。まるで、ウチの事なんて、お見通しと言わんばかりの言葉ばかりが飛んでくる。ウチがなりたかったアイドルは、王道、清純派のアナタのようなアイドルですと言いたいいけれど言える訳がない。

 少しでも人の目に留まるように金髪にして、ギャルみたいなメイクをして、元気に大きな声を出して、ライブでは煽りを率先して。それがやりたかった訳じゃないけど、目立とうとしてるうちにこうなってた。


 テレビで見たあの人みたいに、友達がいないウチの心を支えてくれたあの人みたいになりたかった。派手なわけでも、声が大きい訳でもないけれど、存在感があって惹き付けられる人。微笑みを見るだけで元気をもらえるような、あの人に憧れてたのに。気がついたら真逆の所に立ってた。

 何も答えられないウチに神坂さんは困ったような視線を向けて立ち上がると、あのワンピースのかかったトルソーをすぐ近くまで持ってきた。


「このワンピースを見た時、お客さん自分がどんな顔してたか気付いてます?私は、着る場所が有るって言われてすぐに、これを着てステージに立つお客さんの姿が浮かびましたよ。あれを着たいと思ったのが、小林さんの本心なら、髪やお化粧や、なんならパフォーマンススタイルも変えてみても良いんじゃないかな」


 何も言えずに、むしろ目も合わせられないウチに向かって店長さんは静かに語りかけてくれる。


「そうだ!このワンピースのアイデアの原点を見に行ってみるのはどうですか?」


 神坂さんに教えられた市街地から離れた神社に来た。行列に並んで、千円を払って、 開けられた社殿の中に入る。普通なら入る事のない場所にドキドキした。提灯や飾りが吊られた天井に、舞台の後ろは、派手な幕が張られている。 三十センチくらいの高さの舞台の手前。板の間にお客さんはそれぞれ思い思いに座っている。

 まだ人が少なくて、ウチは舞台すぐ前の真ん中に座った。ふと見上げると天井に吊るされた飾りが目に入る。背景の幕もすごく華やかで、初めて見る伝統的なステージに期待感が高まる。


 始まったのは鍾馗という演目で、神様が疫病を追い払う話らしい。どっちも厳めしいお面だし、古い言い回しの台詞で、どっちが鬼でどっちが神なのかと思ったけれどよく見たら、片方のお面の頭に二本の角が頭に見えた。

 剣を突き出す袖が揺れる、クルリと回れば裾が翻る。派手な衣装は一歩踏み込む動作だけでも見栄えがした。セリフは全く分からないけれど、惹きつけられて目が離せないステージに胸が高鳴った。

 コールもMIXもなくても周りのお客さんたちも興奮して場の熱気が高まっているのを感じる。お面越しだから縁者さんの視線や表情を直接感じられないけれど、強く心を揺らされた。



 翌日明るい時間に会津屋小間物店を訪ねると、神坂さんはレジの横にトルソーを置いて待っていてくれた。


「試着室がないんですけど、裏で着てみてください。」


 神坂さんに着方を教えてもらって着替えた。鏡に映る変刑前の和風なドレスを着た自分は、なんだかアイドルっぽい。後ろから覗き込んだ神坂さんが目を見開いて、ウチの髪の毛を触った。


「……無理しないほうが良いと思いますよ。求められることをするのもアイドルだけど、小林さんがしたいことをするほうが、案外惹かれる人が多い気がします」


 自分でも衣装と、髪やメイクが合ってないのは分かる。色々迷走した結果の姿が自分らしくないと思っていたから、これをきっかけに、髪やメイクを変えるのも良いかもしれない。黒髪おかっぱの頭に、切れ長アイメイクの和風顔は、アイドルを始めた頃のウチの姿だ。


「そうですね。……ソロアイドルなら、メンバーに気を使ったりする必要もないですもんね」


「小林さんはどうしてそこまでメジャーアイドルになることにこだわったの? 解散になった会話の中で後悔しているのは、言い方やタイミングの問題で、内容ではないのでしょう?」


 神坂さんは、まるでウチの心を知っているかのように話す。解散の寂しさに動揺したけれど、あれ以上上を目指さない皆と続けていく選択肢はなかったと思う。私は鏡の中の自分から視線を逸らし、ギュッと衣装の裾を握りしめた。ザラザラとした金糸の感触が指先に引っかかる。


「メジャーになれば、大きなステージに行けば、もっとたくさんの人に認めてもらえる。そうすれば、ウチはもう『孤独』じゃないって思いたかった。……友達もいなくて、自分の居場所なんてどこにもないと思ってた私を救ってくれたあのテレビの中の人みたいに、私も誰かと繋がりたかったんです」


 ウチの頬を涙が滑り落ちていく。ポタリと落ちた涙が床の木目を鮮明にさせる。木目だってそんな目立ち方はしたくないかもしれない。


「煽って、叫んで、無理に笑って……。そうやって目立たないと、誰も私を見つけてくれないと思ってた。でも、昨日の神楽を見て気づいたんです。お面を被っていても、声が聞こえなくても、あんなに心が震えた。……本当は、無理に自分じゃない誰かにならなくても、一生懸命に自分の『好き』を表現すれば、届く人には届くのかもしれないって」


 ウチは涙を拭いてもう一度鏡を見た。うん、この顔じゃだめだ。髪の毛を後ろに纏めて、ペリペリと睫毛を外す。ほんの少し地味になった顔で振り向いて神坂さんに笑いかけた。


「自分を見失ってたみたいです。ウチはウチのままで、誰かの心を支えられる、誰かを笑顔にさせられる存在になりたかったんです。神坂さん、ウチはこの衣装でもう一度ステージに立ちたい。ウチらしいパフォーマンスで誰かの心を揺らしたいんです」


 他のグループへの編入を勧める事務所に我が儘を言って、半年限定のソロ活動を認めてもらった。どんな小さなステージでも、どんな短時間でもチャンスだと思って、できるだけたくさんのイベントに出演した。


 物販に結衣ちゃんという小学生の子が並んでくれた日、ウチのライブ動画が突然にバズった。付けられた縁結びってハッシュタグの意味はわからないけれど、そのおかげで、ウチはずっとソロでやっていける事になったし、大きなイベントにも呼ばれた。そして、まさかの単独公演と、CDの発売もできた。


 あの日、潮風の吹くレトロな店で手に入れたのは、ただの服ではなく、たくさんのファンの人との縁結びだったみたいだ。


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