表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これって運命かも! 〜連載版〜  作者: 海鳴雫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/13

第6話 これって別れかも!

冬の冷たい風が校舎を吹き抜ける。

 三年生の荒谷呉人にとって、それは高校生活最後の冬だった。


 空手部は全国選抜大会を控え、練習にも熱が入っている。

 呉人は部長として、そして最後の挑戦者として、

 誰よりも真剣に稽古に臨んでいた。


 「先輩! 構えが低すぎです!」

 一ノ瀬涼が声を張る。

 後輩になって一年、彼女は副主将として部を支える存在になっていた。


 「お前、厳しくなったな」

 「荒谷先輩が手を抜いてたら、説得力ないですから!」


 冗談を言い合いながらも、稽古の空気は引き締まっていた。

 その光景を、体育館の外からひとり眺める影があった。


 ――姫野沙耶。


 彼女はマフラーを巻き、手に温かい缶コーヒーを握っていた。

 窓の向こうで汗を流す呉人の姿を、じっと見つめる。


 (……かっこいいなぁ)


 胸の奥が温かくなる。

 でも、同時に小さな不安が胸を締めつけた。


 (卒業したら、どうなるんだろう)

放課後、帰り道。

 夕焼けの道を、二人で歩く。


 「そういえば、くれひとくん。進路って決めた?」

 「うん。推薦で体育大学に行くつもりだ」

 「やっぱり空手?」

 「ああ。もっと強くなりたい。指導者の道も考えてる」


 呉人の言葉に、姫野は少し俯いた。

 「……そっか。遠くに行っちゃうんだね」

 「電車で三時間くらいだぞ」

 「それ、十分遠いよ!」


 笑ってはいるが、目の奥は少し寂しそうだった。


 「私ね、東京の専門学校受けようと思ってる」

 「演劇の?」

 「うん。夢、ちゃんと追いたくて」


 呉人は頷いた。

 「いいじゃねぇか。お前の舞台、また観たい」


 姫野は一瞬、呆然としたように彼を見つめた。

 そして、微笑んだ。

 「ありがとう。……そう言ってもらえると、頑張れる」


 でも、心の中ではつぶやいていた。


 (夢と恋、どっちも掴める人って、どれくらいいるんだろう)

全国選抜大会――。

 体育館には緊張感が満ちていた。


 観客席には姫野の姿もあった。

 彼女はカメラを構えながら、祈るような気持ちで見つめていた。


 呉人の相手は、昨年全国準優勝の強豪。

 試合開始の合図が鳴ると同時に、場の空気が変わる。


 突き、蹴り、避け、受け。

 わずかな呼吸の乱れさえ、勝敗を分ける世界。


 だが、呉人の動きは研ぎ澄まされていた。

 一撃で相手の懐に入り、鋭い正拳突き。


 「一本!」


 観客席が沸いた。

 姫野は思わず立ち上がり、拍手を送った。


 ――結果、呉人は全国準優勝。


 惜しくも優勝を逃したが、堂々たる戦いだった。

卒業式。

 体育館の壇上で、呉人の名前が呼ばれる。


 「卒業証書、荒谷呉人」


 静かな拍手が響く。

 姫野は在校生代表として、客席からその姿を見つめていた。

 胸の奥が熱くなる。


 (あの日の路地裏から、もう三年も経つんだ……)


 放課後、校舎裏で二人きりになった。

 風はまだ冷たいけれど、空は春の気配を含んでいた。


 「卒業、おめでとう」

 「ありがとう」

 「次は、東京と関西かぁ……遠距離恋愛、だね」

 「距離なんて関係ねぇよ」


 呉人は、姫野の手を取る。

 「どんなに離れても、俺はお前を信じてる」

 「……ずるいなぁ」


 姫野は笑いながら、涙をこぼした。

 「私も、くれひとくんを信じる」


 そして、ゆっくりと顔を近づけた。


 唇が触れる直前――。


 「……これって」

 「……運命かも、だろ?」


 二人は笑い合い、風が頬を撫でた。

春。

 呉人は関西の体育大学で新しい生活を始めた。

 寮の道場で朝から汗を流す。

 「全国の壁、もう一度越えてやる」

 心に誓いながら。


 一方、姫野は東京で舞台の稽古に明け暮れていた。

 セリフ覚え、発声練習、表現の研究――。

 彼女は夢を掴むために走り続けていた。


 でも、夜になると、スマホの画面を見つめる。

 「おやすみ、くれひとくん」

 「おやすみ。明日も頑張れよ」


 離れていても、繋がっている。

 それだけで、十分だった。

数ヶ月後。

 夏の大会予選が始まる前日。

 呉人のもとに一通のメッセージが届いた。


 > 「今度の舞台、関西でやるんだ! 観に来てね!」


 添付された写真には、姫野の笑顔とチラシが写っていた。

 舞台のタイトルは――


 『運命を選んだ日』


 呉人は少し笑いながら、返信を打った。


 > 「もちろん行く。

 > だって、これって――運命かも、だろ?」


 画面の向こうで、きっと彼女も笑っている。

 そんな確信があった。

舞台当日。

 照明が落ち、幕が上がる。

 そこに立つ姫野沙耶は、凛として美しかった。


 彼女の視線が、一瞬だけ客席の端に向く。

 そこには呉人の姿。

 手を振ることもなく、ただ静かに見守っていた。


 舞台が終わる頃、姫野の最後のセリフが響く。


 > 「運命なんて言葉、きっとただのきっかけ。

 > でも、それを信じる誰かがいるなら――

 > それはもう、運命だと思うの。」


 客席のどこかで、小さく拍手が響いた。

 その音に、姫野の目がわずかに潤む。


 (ありがとう、くれひとくん)


 カーテンコール。

 拍手の中で、二人の運命はまた交差した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ