第4話 これって告白かも!
十二月。
冬の空気が澄みきって、吐く息が白く浮かぶ。
東京体育館。
観客席のざわめき、汗と緊張の匂い。
荒谷呉人は、白い道着の袖を結びながら深呼吸をした。
「……行くか」
隣で声をかけるのは後輩の一ノ瀬涼。
「先輩、緊張してます?」
「してるさ。でも悪くない」
「ですよね。私も、応援してます!」
一ノ瀬の声に呉人は軽くうなずいた。
だが、もう一人――どうしても気になる人がいた。
観客席を見上げる。
そこに、いつもの元気な声が響いた。
「くれひとくーん! がんばれーっ!!!」
――姫野沙耶。
赤いマフラーを巻き、両手でメガホンを握りしめている。
体育館の誰よりも目立つ声。
その姿を見た瞬間、呉人の胸が熱くなった。
(……来てくれたんだな)
自然と、口元が緩む。
「選手入場!」
アナウンスの声が響き、試合場の畳に足を踏み入れる。
相手は関東王者。
身長もリーチも呉人より上。
「始め!」
審判の声と同時に、空気が張り詰めた。
呉人は深く踏み込み、突きを繰り出す。
「せいっ!」
拳が相手の胴を正確に捉える。
ポイント! 審判の旗が一斉に上がる。
その瞬間、観客席から大きな声。
「いっけー! くれひとくん、かっこいいー!!」
会場中の笑いと拍手が起きる。
けれど呉人は真剣な顔で次の構えを取った。
(負けられねぇ。今は全部、見せるだけだ)
その後も冷静に攻め続け、一本勝ち。
初戦を完璧に制した。
休憩時間。
姫野は体育館の外で、マフラーを握りしめていた。
「すごかった……本当に強い……」
呉人の勝利を見届けて、胸が高鳴る。
けれど同時に、心の奥に小さな不安が生まれていた。
――あの子、一ノ瀬涼。
試合のあと、真っ先に呉人のところへ走っていったのは彼女だった。
タオルを渡し、笑顔で話していた。
まるで自然な光景のように。
「……別に、嫉妬とかじゃないけど」
自分に言い聞かせるように呟く。
「でも、くれひとくんの一番近くには、やっぱり私がいたいな」
空を見上げると、白い雲が流れていった。
冬の日差しがやけに眩しく感じた。
午後。
勝ち進んだ呉人は、ついに決勝の舞台へ。
「荒谷呉人、関西代表・白川隼人」
アナウンスが響く。
会場の空気が一段と熱くなった。
白川は全国屈指の強豪。
手足が長く、スピードもある。
「始め!」
両者が一瞬で間合いを詰める。
突きと蹴りが交錯し、畳を鳴らす音が響く。
呉人の脳裏に浮かぶのは、姫野の笑顔だった。
(俺、何のためにここまで来たんだ?)
県大会優勝も、全国出場も、すべては――。
気づけば、誰かに“見てもらいたい”と思っていた。
「守りたい」と思ったときの、あの感覚。
姫野を不良から助けたあの日の衝動。
あれが、すべての始まりだった。
(あの日の拳を、もう一度)
次の瞬間、白川の中段突きが飛んできた。
呉人はそれをギリギリでかわし、反撃の一撃を放つ。
「せいっ!」
完璧なタイミング。
拳が相手の胴にめり込み、審判の旗が三本上がる。
「一本! 荒谷!」
会場が沸く。
姫野の声が聞こえた。
「やったぁああ! くれひとくん、最高ーっ!!」
呉人は息を整えながら、静かに笑った。
(……見てくれてるんだな)
表彰台の上。
金メダルが首にかかる。
カメラのフラッシュが光る中、呉人は遠くに姫野の姿を見つけた。
小さく手を振ると、姫野も笑顔で応えた。
それだけで、十分だった。
大会の夜。
東京の街はイルミネーションで輝いていた。
呉人は会場近くの公園にいた。
手に金メダルを握りしめ、息を吐く。
「……来るって言ってたけど、遅いな」
そのとき、背後から足音。
「おまたせ!」
振り向くと、息を弾ませた姫野が立っていた。
マフラーに雪が少し積もっている。
「寒かったでしょ」
「平気。くれひとくんの勝ち姿で、あったまったから」
いつもの笑顔。
だけど、どこか少しだけ照れくさそうだった。
呉人は、ポケットの中の拳をぎゅっと握った。
「……俺、ずっと考えてた」
「なにを?」
「お前の“運命”って言葉、最初はよくわからなかった」
「うん」
「でも、今は少しわかる気がする」
呉人は姫野の目を真っ直ぐに見た。
「運命って、自分で掴むもんなんだな」
「……え?」
呉人は深く息を吸って、続けた。
「だから――俺は、お前を掴みたい。
姫野沙耶。好きだ」
姫野の瞳が見開かれる。
そして、次の瞬間。
「……これって、運命かも!」
笑いながら、涙がこぼれた。
呉人は慌ててハンカチを差し出す。
「泣くなよ」
「だって、嬉しいんだもん!」
二人の手が自然に触れ合う。
冷たい指先が重なり、温もりが伝わる。
「……ねぇ、これからも一緒に頑張ろ?」
「ああ。俺も、もう逃げねぇよ」
冬の風が、二人の間を優しく吹き抜けた。
それから数日後。
学校ではすっかり“全国優勝&カップル誕生”の噂で持ちきりだった。
昼休み、屋上。
姫野が弁当を広げながら笑う。
「まさかこんなに注目されるなんてね」
「……俺はちょっと恥ずかしいけどな」
「でも、これも運命でしょ?」
「はいはい、運命運命」
二人で笑い合う。
そのとき、風に乗って聞こえた声。
「荒谷先輩ー! 練習、見てくださいー!」
一ノ瀬涼が、屋上の下から手を振っていた。
姫野が眉を上げる。
「……あの子、相変わらず元気だね」
「まぁ、頑張り屋だからな」
「ふーん」
姫野は少しだけ唇を尖らせ、
「ま、負けないけどね」と笑った。
呉人は苦笑して肩をすくめた。
「誰と勝負してんだよ」
「運命のライバルと!」
そして姫野は、空を見上げた。
冬の青空に、白い雲が流れている。
> 「ねぇ、くれひとくん」
> 「ん?」
> 「私たち、きっとまだまだ続くよ。
> これって、運命の始まりかも!」
呉人は笑いながら答えた。
「だったら、これからも掴みにいこうぜ」
二人の笑い声が、冬空に響く。
そして物語は、新たな一歩を踏み出した。




