異世界の卒業記念パーティーは卒業できていなくても出席できます。
「アンナ・イースト・ローデン侯爵令嬢! 貴様のような地味すぎる令嬢は俺の横にはふさわしくないっ! よって、貴様は婚約破棄し、この可憐で妖精のように美しいイザベラ・フロレンティーナを俺の妃とするっ!」
アイステリア王国立魔法学園の卒業パーティーに、第一王子ルシアンの怒鳴り声が響いた。
呼び止められていきなり怒鳴られたアンナは、渋々と諦めたような目をしてルシアンに向き直る。
「兄上……………っ」
直前まで一緒に話していた双子の第二王子ノアールが、アンナの代わりに反論しようとするが、アンナは手でノアールを制した。
「何度も申し上げますが、ルシアン殿下は留年です。ですので、無事卒業された弟君であるノアール殿下が立太子され、私と結婚されることになります。そろそろ覚えてくださいませ。私はあくまでもルシアン殿下とノアール殿下のお二人の婚約者候補でした」
落ち着いたアンナの言葉に第二王子のノアールが、
「そうだね、僕とアンナ嬢が結婚する事になる」
と笑顔で頷く。
「なっ? だがっ、何回も言っているように俺はこいつより頭も良くて下位貴族や平民とも仲良くやっていて……………………」
「ですからっ、何回も申し上げているように出席日数が足りないのと、卒業の為に受けなければいけない定期テストで受けていないものがあるのです」
ルシアンの焦ったような反論に、アンナが遮るように言葉を被せた。
この卒業パーティーの場には多数の貴族が集まっていて、王家の恥をさらすことになってしまう。
だが、我が子に呆れはてた王から話していいとの許可をアンナは貰っていた。
「確かにたまにふらっといらっしゃって得意な科目だけ受けるテストではノアール様を上回る点数の物もございましたし、戦闘の実践実習では規定を破って、ノアール様より成績を出せているものもありました」
「そうだろう! なら大丈夫じゃないかっ!」
「しかし、公務ではないのにほとんどの定期テストを欠席し、その隣で腕を絡ませているご令嬢と会ったり、身分が下の者たちと城下町に遊びに出るために通常授業も欠席してばかり。それを指摘する先生方には口答えばかりで救済の為の補習授業にも出ないとなると、卒業できません」
「どうして!? 卒業できないなんてことがあるはずがない! この学園は王立だろう! 王子の俺が卒業できないわけがないんだ!」
ルシアンは、なかばずっと叫んでいるような状態で反論してくる。
「でしたら、ルシアン殿下。卒業式でさえ格式ばった式は嫌いだと欠席されていましたが、その場で授与された卒業証書はございますか?」
「そ、卒業証書?」
ルシアンは初めて聞いた単語であるかのように、目を見開いた。
そこで初めて、この騒動の行方を見守る者たちの中の教師の方を見る。
ルシアンにすがるような目で見られた学園長(中立派の伯爵家の次男・だいぶ高齢)は、首を振った。
「留年ですじゃ」
「俺は王子だぞ!」
ルシアンの脅しのような言葉に、学園長は伸ばした真っ白いひげを落ち着き払って撫でる。
「誤解を招くような事を言うのはやめるようにと言ったのにのう。我が、アイステリア王国立魔法学園は、能力のある子女が等しく高い教育を受けられるようにとの使命を背負って、公明正大に運営されている国立の学園ですな。国の資金で運営されており、王の個人の資金で運営されているわけではないのじゃ」
「難しいことを言うな! 俺は王子だ! 卒業させろ! 不敬罪で処刑するぞ!」
ルシアンの言葉に周りが一気にざわめいた。
「ルシアン殿下! なんてことを言うのですか?!」
今まであまり動揺していなかったアンナが、やや顔を青ざめさせてルシアンを注意する。
アンナの手の中で何かが光って消えたが、ルシアンは興奮していて気づいていない。
「俺の卒業証書を持ってこい! でないと学園の教師らは皆、処刑だ!」
ルシアンは周りが動揺した事に対して気を良くして更に命令を追加した。
自分の護身用という事で、王族だからと持ち込みを許されている短剣を抜いて、学園長に突き付ける。
もう自分にまとわりついていたイザベラは振り払っていた。
「兄上! やめてください!」
「ルシアン殿下、冗談ですよね?」
ノアールとアンナの声にも、
「うるさい! 早くしろ!」
とルシアンは怒鳴り返す。
「分かった。だから落ち着くのじゃ。予備の紙はあるか? 卒業証書を発行しよう」
その中で学園長だけが落ち着いていた。
大人しく両手を上げている。
学園長は側にいた事務員に聞き、事務員が震えながら他の教員と一緒に会場を出ていく。
走って会場を出ていった事務員は、出ていった時と同様、
「ありました! ありましたから学園長に剣を突き付けるのはやめてください!」
と叫びながら走りこんできた。
「さあ、卒業証書に儂のサインを入れたら完成ですじゃ」
「よこせっ!」
学園長のサインが入った卒業証書をルシアンはひったくる。
持っていた剣は床に投げ出していた。
「これで俺も卒業。これで俺も王太子!!」
ほぼ乱心と言っても過言ではない状態のルシアンを皆が静まり返って見つめる。
そこに、
「騎士達! ルシアンを抑えろ!」
と国王の声が響いた。
皆が振り返るとパーティー会場の一角に、転移魔法の光と共に王と近衛騎士達が出現していた。
近衛騎士達が雪崩のようにルシアンの元へ駆けつけ、暴れるルシアンに縄をかけて押さえつける。
「やめろー! 無礼な! 俺は王太子だぞ!」
「皆の者への賠償については追って伝える。すまなかった」
国王がそう一言、皆へ伝わる声で言った。
そして、転移魔法で国王と騎士達と共にルシアンが消えた後、会場に居た者たちはざわめきとともに顔を見合わせ合った。
特に第二王子のノアールと婚約者候補であったアンナは、
『その場をうまく収めることができなかった』
という共通する後悔でいっぱいだった。
しかし、その一方でノアールとアンナはどうしたって第一王子より身分が下である。
それに、万が一学園長が殺されてしまったらそれこそ取り返しがつかない。
国王が唐突に現れたのは、ルシアンが騒ぎ始めた時、アンナが手の中で緊急事態を知らせる合図の魔法を国王に向かって飛ばしたのが理由だった。
第一王子に向かって命令できるのは、国王しかいなかったからだ。
しかし、そんな騒動があったにも関わらず、他の子女の保護者である貴族たちはノアールとアンナに寄ってきて、同情的な言葉をかけてくれた。
特に、比較的容姿も派手で麗しく、たまに天才的な閃きを見せる第一王子の派閥だった貴族たちが多く寄ってきていた。
「いやあ、災難でしたな」
「気を落とさずに」
「いえ、私も以前から堅実な第二王子殿下が王太子となった方がこの国はうまくいくと………」
「ローデン侯爵令嬢も第一王子殿下とのお付き合いはさぞかし大変だったと………」
と、勝手な事ばかり言っている。
第二王子派は、
「私は第二王子殿下が王太子にふさわしいとずっと主張していて」
「陛下も今日のような事は想定していなかったとはいえ、第一王子の能力に疑問を持っていて、ぎりぎりまで立太子を見送っていて」
「まあ、最初から陛下は分かっていたんでしょうね、いや、お人がわるっ…………んんっ、なんでもありません」
自分たちの陣営が勝ったと言う安堵で、こんな事件があったばかりなのに安心した笑顔を見せあっている。
こんな勝手な様子の貴族たちを見て、今まで派手な兄の陰に隠れることが多かったノアールは、
『僕がもっと父に学ばせてもらってしっかりとやらなきゃ。兄上も、僕がもっとしっかりと止められていれば』
としっかりと意識した。
アンナは、
『ノアール様をしっかりと支えていなかければ』
と決意を新たにしていた。
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その後のアイステリア王国と言えば、まずは王家が王やルシアンの個人財産から学園長や学園や貴族たち(アンナを含む)や学園に通っていた平民に慰謝料を支払った。
ルシアンは王家の一員としては珍しく、『国家反逆罪』と貴族への『殺人未遂罪』で立件され、毒杯を賜る死刑となった。
国王はルシアンが起こした事件の一連の処理が終わると、早々に立太子したノアールに王の位を譲り、王妃と共に若くして位を継いだノアールとアンナを支えることに専念した。
ノアールとアンナは、アイステリア王国史の中では突出していたわけではないが、国を無難に豊かに保った。目立ったトラブルは一切起こさなかったという。
そして、ノアールとアンナの間には激しい恋があったわけではないが、お互いに相手を立てる穏やかな関係だったという事だ。
そして、これが一番大事だが、アイステリア王国立魔法学園の卒業パーティーは、入り口で卒業証書を提示しないと入れないことが明文化された。
卒業記念パーティーには卒業していなくても出席できた気がします。
後、卒業記念パーティーに参加していない人も結構いた気もします。
それぞれ事情がありますものね。
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