第七話 煙たい唇
「このままずっと、二人で寝てられたらいいのにな」
裕斗が言ったその言葉のように二人は深い眠りに落ちていた。高鳴っていた健人の鼓動は裕斗から伝わる心地よい体温に安心したのか、いつのまにか落ち着きを取り戻していた。
「もう夕方だな」
裕斗のその言葉で重たいまぶたを開けた健人が目線を窓へと向けると、黄金色の夕日が差し込んでいた。
「コーヒーでも淹れるよ」
ベッドから起き上がる健人を裕斗は名残惜しそうな瞳で見つめている。
裕斗とは保育園に入る前からずっと一緒だった。同じアパートに住んでいて母親同士の仲が良かったこともあり、家族ぐるみの付き合いだった。健人の隣にはいつも裕斗がいて、裕斗の表情なんて見尽くした気がしていた。だが、いま目の前にいる裕斗は健人の知らない表情を浮かべている。
健人の手が自然と裕斗の頬に伸び、そしてふっと我に返る。
「ブラックでいいよな」
健人はそそくさとキッチンに向かい、気恥ずかしさをかき消すようにコーヒーを入れ始めた。裕斗も気恥ずかしいのか健人に背を向けて一服しにベランダへと向かう。
コーヒーを持ってベランダに出ると、裕斗の唇から吐き出された煙が、さっきよりも濃くなった夕日に照らされ赤色に染まっていた。タバコを吸う裕斗の表情は、昨日とは違い何だか少し大人びて見えた。
「うわ、寒いな。ほら、コーヒー」
「ありがとう」
「タバコにコーヒーって美味いの?」
「試してみる?」
裕斗はコーヒーをひと口飲むとタバコを吸い、ゆっくりと煙を吐く。徐々に近づいてくる裕斗の唇から健人は目を離すことができずにいた。そして、まだタバコの煙が残っている裕斗の「煙たい唇」が健人の冷え切った唇にそっと重なる。
冬の凍えるような寒さが唇から伝わる熱を鮮明に感じさせ、重なり合った唇は互いの熱を求めるようにどちらからともなく絡み合う。この瞬間、健人の中で「親友」という明確な関係が何か別のものに変わった気がした。だが、その「何か」を言い表す言葉を見つけ出せずにいる。
二人の唇が離れた頃、夕日と夜空が混じり合い紫色の空が広がっていた。
「どうだった?」
「苦い」
照れくさそうに答える健人に裕斗の大人びた表情は緩み、いつもの子供のような笑顔に変わった。
「今日も泊まっていい」
「好きにしろよ。とりあえず腹減ったから何か食べに行こうぜ」
「これだから男子は」
「お前も男子だろ」
この関係を何と呼べばいいのか、そんなことはどうでもいい。このままずっと互いの一番側で支え合っていくのだから。この時はまだ、そう思っていた。