第十二話 あの頃の僕らは、(前編)
「久しぶりだな」
ひどく懐かしい声だった。呼吸を整え振り返ると、そこにはあの子供のような裕斗の笑顔があった。
「健人、タバコ吸うんだな。なんか新鮮」
「広告業界は喫煙者多いから。コミュニケーションツールのつもりで吸い始めたら、なんとなく習慣になってな。お前も吸うか?」
健人が差し出したタバコは、あの頃、裕斗が吸っていたタバコと同じ銘柄だった。
「やめとくよ、禁煙したんだ。俺、もうすぐ父親になるんだよ」
父親の面影を感じさせるこのタバコは、今の裕斗にはもう必要ないのだろう。裕斗は今、新しい幸せな家庭を築こうとしている。
「そっか。おめでとう」
今更こいつに過去の話をする必要なんてないのかもしれない。こいつはもう他の人のものなのだから…今更あの時の話をしても二人の邪魔をするだけだ。
「お前は相変わらず泣き虫だな」
「タバコの煙が目に染みたんだよ」
「そっか」
「そうだよ」
裕斗は健人の頭をくしゃくしゃに撫でた。まるで、あの大学二年の秋のように。
「そろそろ中に戻れよ。まだ来たばっかりでみんなと話せてないだろ」
「健人も戻ろうぜ」
「これ吸い終わったら戻るよ」
裕斗を先に店に戻し、タバコの煙を深く吸い込んでゆっくりと吐き出した。このタバコが裕斗に父親を思い出させたように、健人にとっては裕斗を思い出させるものだった。裕斗のあの煙たい唇を、幾度となく交わしたくちづけを…。
「俺も禁煙するかな」
健人はそう呟いて、タバコの火を消した。賑やかな灯りの中に戻ると、荷物を持ちみんなに別れを告げる。
「俺、そろそろ帰るな。明日の朝イチで東京に戻らないといけないから」
別れを惜しむ旧友たちの間を笑顔で抜けていくと、不意に肩を叩かれた。
「私も帰るから、一緒に駅まで行こう」
「真理、まだ来たばっかりだろ」
「私も明日朝早いんだ。それにお酒飲めないし」
「旦那はいいのかよ?」
「いいのいいの。私がいない方が話せる話もあるだろうし」
そういうと半ば強引に腕を引っ張り「じゃ、みんなまたね」と真理は笑顔で外に出た。「相変わらずだな」と笑う健人に、真理は笑顔を見せつつ、真剣な口調で話し出す。
「駅前のカフェで少し話さない?」
「お前、お腹に子供いるんだろ?」
「デカフェにするから大丈夫」
「…わかったよ」
真理は昔から言い出したら聞かない。どんな言い訳も見逃さず「うん」と言うまでけして逃してくれないことを健人はよく知っていた。