第一話 出さない手紙
薄暗い部屋で机に向かい、デスクライトにあかりを灯した健人は、便箋の横に置かれたペンに手を伸ばした。
「テレビやドラマにたまに出てくる『出さない手紙』ってやつ、あれって何のために書くんだろうな」
大学一年の頃に、親友の裕斗が唐突に言った言葉を不意に思い出した。
「確かに何でだろうな。出さないのにわざわざ紙に書くなんて、考えただけでも何だか恥ずかしいよな」
「二人とも本当にお子様だよね。文字にすることで自分の気持ちを整理できるんだよ」
「これだから男子は」と呆れ顔の真理は、健人と裕斗の幼馴染だ。大学で再会してからは何かにつけて二人を男子代表に仕立て上げ、女子代表として責め立ててくる。
そんな真理に「別に男子を代表してない」と反論し、どうでもいいことで、ああでもない、こうでもないと盛り上がるのがこの頃の日課になっていた。
「そんなの現実にやるやついないって。ドラマの観すぎだよ」と笑い飛ばした自分の言葉が、十二年経った今、特大のブーメランとなって心にダメージを負わせていた。
健人はこの三日間、大学時代のことを思い出しては頭の中がグチャグチャになる感覚に襲われている。過去の自分の気持ちが現在の自分を責め立てて、考えがまとまらない。そして、そんな自分にほとほと嫌気がさしている。
長い時間をかけて少しずつ忘れていった罪悪感と後悔は、不意に訪れた旧友との再会をきっかけに容易く息を吹き返し、思考を蝕む。こんな気持ちを振り払おうと、「ドラマの観すぎ」だと馬鹿にした行為を今まさに実行しようとしているのだ。
「はぁー」と少し大袈裟にため息を吐き、意を決したように便箋にペン先を下ろして、出さない手紙を書き始める。