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初幕  1日の始まり

どうぞ見ていってください!

真冬の最中。

それはつまり、太陽が出ているより月が出ている時間の方が長い事を意味する。

現在の時刻は5時13分。

辺りは未だに暗い。

紺色の空と橙色の空が綺麗に分かれている。

その境目は、グラデーションになっており、それもまた魅入ってしまうほど綺麗。

俺がこんな時間に早起きするのは、これを見れるからと言っても過言ではないと思う。

大袈裟に表現しているのではない。事実なのだ。

しかし、必ずしも俺が冬という季節だけ早起きするというのは違う話。

日本という温帯に属する国は、四季というものがある。

春、夏、秋、冬。

これら一つ一つには、十人十色と言うべきか。

それぞれ違った良さがあり、俺達の日常を彩り豊かにしてくれる。

春ならば、過ごしやすい気温の中、小鳥のさえずりが全てを包み込むような青空に響き渡り、美しい花々と共に1日の始まりを知らせてくる。

桜という春を代表する風物詩も、あちらこちらに咲き乱れ、その儚くとも可憐な花びらを俺達に魅せながら散っていく。

まるで霞掛かったいつかの夢を、ここ(現実)に持ってきたかのようだ。

夏ならば、蒸し暑い気温を扇風機かクーラーで凌いぎ、涼しくなってきた室内でテレビを観るのも良し。

陽炎が出来ている外に出て、打ち水をして気休め程度に冷やしたりするのも良いだろう。

それか⋯⋯⋯⋯子供の頃、両親と一緒に行った駄菓子屋でアイスを買って食べてみるのも、アリかもしれない。

真っ白な積乱雲が浮かぶ濃い青色の空の下、自転車に乗り身体いっぱいに南風を受けながら。

駄菓子屋に行くまでの坂道を駆けていく。

希望ある広い空を横手に、少しのワクワクと思い出を片手に込めて。

秋ならば、頬を撫でる風に少しの冷たさが乗り、木々が紅葉した姿を見れば1年の終わりが近づくのを実感する。

それは季節としての短さ故か、はたまた時期の関係かは分からない。

だが、夏や冬⋯⋯⋯まぁ、春もそうだろう。

それらと比較すると、秋という季節は魅力的ながらも一瞬にして過ぎ去ってしまうのも事実。

食欲の秋、読書の秋など様々な言われようをしており、人々が好き好んでいるにも関わらずだ。

俺も結構好きだと言える。

昔、まだ小学二年生の時に学校で焼き芋をした。

それは親も参加可能だったらしく、お父さんとお母さんと俺で色々準備したのを覚えている。

まずは芋を頑張って洗い、その後に濡れた新聞紙で包む。

出来たらアルミホイルでまた包み、先生が用意した落ち葉の中にそれを入れるのだ。

そしたら、落ち葉に火をつけ焼いていく。

十数分待った頃か、先生は芋を取り出し俺達生徒に分けてくる。

肌寒くなって来たとはいえ、子供の俺には出来立ての芋は熱く、手が赤くなり痛くなった。

何故そこまでするのかと言うと、両親にあげる為だ。

俺は一緒に食べた方が絶対に美味いと思う。

少し不格好だが、半分こに割れた芋をお父さんとお母さんにそれぞれ渡した。

すると凄く笑顔になって喜んでくれたのだが、「貴方の分が無くなるでしょ?」と言い、両親は片方だけ貰った。

本当はどっちも食べて欲しかった、俺は涙目になりそう言ったのを未だに覚えている。

────これも両親との良い思い出だ。

冬は、先程言った通り朝の景色が幻想的で俺が一番好きな季節でもある。

俺が住んでいる場所は、鈴宮市(すずみやし)と呼ばれる街を見下ろせる所にあり、結構高い。

そして、冬と言ったらやはり雪。

早朝に起きて窓から見えるは、しんしんと降る白い結晶と明かりが灯る街。

道路が凍てつき、新雪が積もる中。

この寒さでも街を一望していると、どこか温もりを感じて心地良いのだ。

既に親が居ない俺にとっては、それは何事にも代え難い程の感情。

まるで側にお父さんとお母さんが居る筈だと思えるから。

だから、俺は冬が一番好きだ。


「⋯⋯⋯⋯⋯よいしょっと、そろそろ学校の準備しないとな」


さて、俺の好みや過去の話は辞めにしよう。

これ以上喋ったら歯止めが効かなくなるからな。

俺の悪い癖だ。

それに、毎朝⋯⋯⋯というよりは登校中か。

俺にはやらなければならない事が一つある。

歯磨き、ドライヤー、顔洗い、朝ご飯云々ではない。

それよりも、もっと具体的で重要な事。

そう、人の人生が掛かっていると言っても良いだろう。

これ程までの事、一体今何なのか。

ズバリ───『朝がクソ弱いあの馬鹿を、叩き起こす』、これだ。


「はぁ、アイツ眠り深過ぎなんだよ。こっち(起こす)の身にもなって欲しいな、全く」


俺は温もりを帯びているベッドから降り、寒さが支配する外界に出る。

肩が震え、手が冷たくなり、靴下を履いてないせいで素足が露出し痛い。

一度立ち止まるが、再び歩む足を動かす。家の中なのに、吐く息は真っ白だ。

しかし、廊下を抜きリビングに直行する事で、今手元には暖房のリモコンがある。

俺は即座にそれを起動し、部屋全体を暖めていく。

所々寒さが残っているが、殆どは生活する分には問題ない温度へとなっていた。


「いや〜、最近の家は凄いなぁ」


虚しくも、一人しか居ない此処に響き渡り、余韻が自分までに聞こえてきた。

俺は湧き出た謎のモヤモヤ感を無くす為に扉を開け、寒さが立ちこもる洗面台へと向かう。

着いたところで、タオルを手に取り、温水になるまでの間を冷水で乗り切ろうとする。

だが、真冬の水が髪や頭の皮膚にダイレクトアタック。

途轍もない冷たさが、脳に突き刺さる。

本当は温水になるまで待てばいいのに、この時の俺にはそんな考えは浮かばなかった。

そのお陰で、先程まであった眠気はさっぱりと消え、段々と自分がしている行為が分かってくる。


「何やってんだ俺⋯⋯⋯⋯」


自然と口から漏れていた。

未だ蛇口から出るのは冷水のまま、髪から滴る雫は余計に冷たい。

視界は俺のロングヘアで、シャットアウトしている。

巡り至る思考は、それらによってより洗練されていき、自分の心の内を晒されてく。

何故こんな行動をとったのか?

このような質問をされたら、今の俺は直ぐにでも答えられるだろう。

自分で自分を抉る事によって、理解はしているからだ。

それ故に、謎のモヤモヤ感の正体も分かった。

朝日は出ていないのか、洗面台があるこの部屋は薄暗く、寂しい。

率直に言うと、まるで俺を表しているようだ。

早くに親を亡くしてからというもの、何かが欠けていて、何かが足りない。

それが『愛情』だっていう事は、もう既に知っている。

ただ、今年で17歳になる俺はその8年を一人で過ごしてきて、何回も突発的な感情に支配されていた。

今回のもだってそう。

自分で言った何気ない一言で、俺の行動はいつもと違う感じになり、それを抑える為か今現在のように頭に冷水をぶっ掛けているのだろう。

身体の支配権を奪われ、必死に命令しているのに制御が利かない。そんな事が多々あるが、年齢が重なっていくに連れ、俺の精神面などは成長している。

ある日の夕方、出来立ての夜ご飯を食べている時に、ふとおかずなどが並べてあるテーブルを視界いっぱいに入れた。

何気ない光景、いつもと変わらず空席の二椅子と一つの(・・・・・・・・・・)赤ちゃん用の椅子(・・・・・・・・)が、色褪せた写真みたいに目に映った。

数瞬の時が経ち、俺はそれを見てしまった事により改めて認識させられ、この現状の異常性に気が付く。

4席ある内の3席が空いており、ご飯も一人分しかない。

────そのせいでテーブルも、声も、空間さえも寂しい。心が締め付けられるように痛い。


「オェッ⋯⋯ヴェ⋯⋯オェェェェ⋯⋯!」


胃にあるものが、食道にあるものがテーブルに吐き出される。

腐った牛乳みたいな臭いと共に、口から必然的に嗚咽が漏れて嫌悪感を示す程の気持ち悪さが押し寄せる。

加えて俺は無様に撒き散らさせたゲロが、目の前にある惨状に再び嘔吐してしまう。

抑えようと口を手で覆う事も意味なく、飲み込もうと努力するが奥から来た吐瀉物により無駄に終わった。

多分、この頃の俺は食べた物全部を出したと思う。

それぐらい吐く量が多くて長く、苦しかった。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ッ!?」


嘔吐も一旦は落ち着き、少しの休憩と言ったら良いのか。そのような時間が訪れていた。

俺は現状を理解する為と後処理はどうしたら良いかを考える。

数十秒、体感ではそう感じた曖昧な時間だが、それを通り過ぎた瞬間から急に俺の心臓が痛みだした。

鼓動が早くなり、耳を澄まさなくとも音が全身を巡る。

つまるところ、動悸というやつだ。

激しく心臓は飛び跳ね、それに応じるように苦しさも増していく。

手を押し付け、身体の外に出るのではないかと思う程に跳ねる心臓を無理矢理押し込むが、激しさは依然として変わらない。

俺は徐々に吸う息さえも取り込まず、絶え間なく来る振動と苦しさに焦点を向ける。

ドクン、ドクンと一回一回の音が重く、それでいて頻度が高い。

まるで大太鼓を、身体の内側から叩かれているようだ。

しかし、そればかりに気を取られている間に全身を巡る酸素は次第に底尽きてしまい、今度は逆に吸う事に意識を向ける。

こっち行ってはあっち行く状態、今がまさにその通りだ。酷い目眩と共に、息苦しさと動悸が奏でるハーモニーにより俺の視界は揺らいでいく。

先が見えず、霞がかるのも一瞬で理解出来た。


「⋯⋯⋯⋯⋯あっ」


映る景色が曖昧になり、考える脳は遅れて反応する。

頭が妙に重たく感じ、まるで産まれたての赤子のように首が据わっていないような感覚に陥った。

それを脳は頑張って処理するけれど、次の瞬間の出来事には一足⋯⋯⋯いや二足程間に合わない。

片方に体重が寄り、椅子が大きく傾く。

両手は心臓を押さえる為に使えず、受け身などを取る事すら出来ないで地面と接触してしまう。

約40キロの重さが左肩に伸し掛かり、思わずうめき声が漏れる。

しかし激しい音が盛大に響くと、それは無かったかのように掻き消された。


「い、痛⋯⋯⋯⋯オェッ⋯⋯!」


落ち着いたと思った吐き気は、椅子から落ちた振動により再び戻ってくる。

全て身体の外に出てもう何もない筈なのに、俺は先程感じた嫌悪感と喉の奥から吐瀉物が来るという症状に襲われた。

実際、俺の口から固形物は出てこなかったが、白く濁った液体が代わりにと大量に出てくる。

恐らく胃液だろう。

舌を通過すると、ゲロとはまた違う臭いがして永遠と残るような、気持ち悪い苦さが口を支配する。

お腹が、具体的に言えば胃がキリキリと痛くなっていく。

無いのにも関わらず、「それでもまだ残っているではないか」と聞く耳を持たないで胃液をさらけ出す俺。

ペチャ、そう音を立てて床に吐かれる液体は元々身体の中にあったとは思えない程、直ぐに冷たくなった。


「もう吐けない⋯⋯」

「吐きたくないよ⋯⋯⋯」

「苦しい⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯誰か⋯⋯助け、て」


嘆き、手を伸ばすが掴んでくれる人など当然居ない。

何故なら、俺の親は死んだから、誰も残っていないから、皆俺を置いて行ってしまったから。

───こういう時、お父さんならどうしてくれるのかな。

お母さんなら心配してくれるかな。

まだお腹の中にいた子は、両親に知らせてくれたりするのかな。

あぁ、居てくれたらどれだけ良かっ⋯⋯⋯⋯いや、もしそうなら俺は今こんな状態にはなっていない筈か。

家族団らん、皆で一緒に食卓を囲んだりテレビを観たり、休日には何処かに遊びにだって。

一人では出来ないことが沢山やれたりする。そんなの絶対に『幸せ』だろう。


「⋯⋯⋯⋯でも、無理⋯⋯か」


遠のき深淵に落ちていく意識の中、俺は夢物語な思いを否定した。

所詮は妄想、現実では起こり得ないのだから。期待しても、その分だけ絶望は大きくなる。

それを身体いっぱいに理解しているならば、当然の選択だ。

異様な臭いが充満する部屋で心の痛みを感じる俺は、この考えを境に力無く倒れていった。

その後、連絡しても返事が来ないと辺りが暗くなった時間帯に幼馴染が来たらしい。

扉を開け、リビングの床に突っ伏した俺と部屋の状況を見た幼馴染は直ぐに救急車を呼んだ、と本人は言っていた。

未だに記憶がおぼろげで、思い出そうにも思い出せない。

『心的外傷後ストレス障害』いわゆるPTSDと称される症状を持つ俺は、家族に関する事がトリガーとなりこの時みたいに倒れてしまうと、その前後の記憶はある程度失くなってしまう。

例えるならば2、3日前の夕飯を思い出せ、そう言われたら誰しもが食べたという事実だけは鮮明に分かる。

だが一体何をおかずにし主食は何か、味噌汁かはたまたスープなのか。飲水はお茶だったのか。その種類は?

これら全て思い出すという行為は、メモ帳などに記しておかない限りとてもではないが出来はしないだろう。

それくらい俺の記憶は薄れているのだ。

ただ苦しく、気持ち悪いという感覚(・・)だけが身体に刻まれ、その結果に陥るまでの過程は覚えていない筈なのに身体が分かっている。

もしかしたら、これはある種のトラウマになっているのではないだろうか。

今の俺が脳裏に自然とこの時の出来事が浮かび上がり、自ずと手と足が震えて、動悸している様子を見る限りでは。


「早く収まってくれると良いんだがな」


口調は一丁前の掠れた声で吐き捨てる。

俺は温水に変わりつつある水を止め、タオルで髪を拭く。

こういう時、ロングヘアは面倒臭さくて困る。寝癖は結構つく方だし、小6の頃までは髪が短かったのも合わさって、水で直すという力技が当たり前になってしまった。

そのせいで毎回毎回長い時間掛けなければならず、腕はパンパン。毛先は乱れるしで最悪。

今は必死にドライヤーの助けを借りて髪を乾かしている。

水気を全て飛ばす思いを片手に、風速は最大設定。

ブゥゥゥン、勢いよく鳴る音は辺りを逆に静かにして精一杯張り切っているみたいだ。


「おぉぉ!?」


先程までの苦戦が嘘みたいに乾いていく。

ピタリと髪同士がくっついていたのが、今では風により逆だって踊っているみたいだ。

俺はそれを鏡越しに確認すると、ドライヤーのスイッチを切りコンセントを抜いた。

もう完全に大丈夫。髪を手で触り、そう確信する。


「良し、後は櫛で梳けば終わり⋯⋯⋯って。あぁ、そういえば昨日新しいやつ買ったんだっけか?」


危ない危ない。忘れかけていた。

折角悩みに悩んで選んだ品。ここで使わないでいつ使えば良いのか。

俺はすぐさまリビングにまで行き、雑に放り投げられたビニール袋の中から一つの櫛を取る。

そして洗面台へと再び戻り、鏡を見ながら綺麗に梳いていく。

お母さん譲りのサラサラな髪が徐々にその姿が現れる。

スッと指と指の間を通る黒髪ロングに、俺の顔立ちを合わせたら⋯⋯⋯。フッ、奇遇稀なる清楚系の完成だ。

手の震えや動悸が止まると同時に、俺の自己肯定感高めの性格が出てくる。

いやはや、先程までの憂鬱な俺はどこに行ったのやら。


「良し、髪やっと終わったし制服に着替えるか」


新しい櫛を置き、髪を弄くり回しながら考える。

朝ご飯が先でも良いかなと思ったが、学校の準備が出来ている状態で食べた方が気持ち的にも余裕が持てるし、何を言っても寝間着に食べ物の汚れが付くのが嫌だ。

このように諸々の理由から、俺は先に制服を着ることを選ぶ。


「昨日の俺マジナイス過ぎじゃね?褒めちぎりたい気分だわ今」


リビングに入ると椅子に予め用意された制服などが目に映る。

アイロンされたYシャツに黒色のハイソックス、肌色のカーディガンや学校指定のスカート(・・・・)、赤を基調とした可愛らしいリボン(・・・)

俺は今着ている寝間着をあちらこちらに脱ぎ捨て、それらを次々に履いていく。

後で畳めば問題なし。綺麗はやれる時にやれば良いのだ。

楽観的なのか、ポジティブなのか、はたまた怠惰なだけなのか。まぁ、答えはもう明白だろう。


「フフ〜ん、今日はぁ♪部っ活がない日〜♪」


先生達が放課後に会議をするらしく、3時半くらいには帰れるという神日。

そのこともあってか、俺は帰宅した時に寝間着を片付けようとする意識が高まる。

どうせ家には誰も上がんないし、見られちゃ駄目な状態でも別に良いだろう。


「いんやぁ、さてはて。今、あんまり食いたくないんだよな〜」


嬉しさが溢れ出し、クルクルと回りながら言う。朝ご飯は大事だ。

まさしく俺の1日のポテンシャルが掛かっていると言ってもいいくらいに。

しかしだ。朝という時間帯に何か食べ物を口に入れてみろ。味が分かるか?

正直に言って俺はイマイチ良く分からない。普段から馴染み深い食材でも、まるで舌の味覚がぶっ壊れているのではないかと思う程に全くの別物になってしまうのだ。

悪く言えば不味い。良く言えば新発見される味。それしか感じ取れない。

なら一体どうするべきか。いっそ食わないという選択も良いが、それだと健康的な側面からして無理だ。

何でもいい。とにかく腹に入り、ある程度は美味しく、それでいて手軽に食べれるもの。

およそ3分間、色々な事と葛藤しながらも一つの結論に辿り着いた。


「そうか───菓子パンだ」


腹に入る←◯ 美味しい←◯ 手軽さ←◎

なんていう事だ。俺の今の状況においては、まさに最適ではないか。

加えてエネルギー消費も考えて糖分さえも摂取出来てしまう。

あぁ、これか。これだ。俺が探し求めていた朝食(トレジャー)

クロワッサンやチョコパン、メロンパンにクリームパン。思い浮かぶだけでこんなにもある。


「ヘヘッ、へッへへへ。うへッ!」


狂気的な笑い声と共に口角がグンッと上がる。

自然と理解した。俺の今の顔は人に見せられるものではないと。

それはキッチンの菓子パンが大量に備蓄してある棚に近付くにつれ、より酷くなる。

⋯⋯⋯ガサゴソ、ガサゴソ。

山のように積み上げられた幾つもの菓子パンの中から、自分の好きなものを選別していく。

しかし何やらチョコ系しかないようだが、まぁ良い。今の俺はその気分なのだろう。


「お!これ食べてみようかな」


縦長のパンがチョコでコーティングされ、中にはホイップクリームがずっしりとあるものを俺は選んだ。

これくらいの甘味ならば、鈍い味覚も貫通してくれるだろう。

そんな淡い期待を抱きつつ、俺はその菓子パンを片手に席につく。

透明な袋を豪快に開け、食べやすいように半分ほど外に出す。

目の前には、中年層全員の胃を壊そうと目論むカロリー爆弾がこちらを見てくる。

「喰えるものなら喰ってみろ」そう声が聞こえてきそうな菓子パン。

俺もその意思に応えるべく、真っ直ぐな目線を向ける。

そして大きくガブり。チョコのほどよい甘さとパン自体の素朴な味。それらを薄いガーゼで包み込むような牛乳感少し高めなホイップクリームが、見事に美味(ギルティ)

思わず、「ん~〜♡」と喉が鳴った。


「おいひふゅぎるんでふけど!?」


ほっぺが落ちるという表現がこの世界にはあるが、俺は今の今まで余り信じてはいなかった。

そもそも食生活において、胃に入ればすべて同じ。そんな暴論まがいな考えが俺にはあったからだ。

しかしこの菓子パンを食べてみて思う。自然と顔はとろけて、笑みが浮かぶ。

────そう、幸せがほっぺに乗る感じがするのだ。

一時の甘い時間が俺を抱擁してくれて、この独り身を癒してくれる。

なんとも優雅な朝ご飯なんだろう。俺は頬を手で支えながらそんな事を考え、じっくりとゆっくりと味わった。


「むふぅ〜、美味しかったぁ」


一瞬で完食してしまった菓子パン、口に広がる束の間の余韻を最後まで堪能する。

朝からの甘味は罪深いが、それはそれで別に良い。

久し振りの美味しい食べ物を見つけられたという嬉しさと明日もこれを食べれる事を考えると、今の摂取したカロリーは無いのも同然だ。

俺は最後に水を飲んで口を潤すと、何もない菓子パンの袋をゴミ箱へと捨てる。

ゴミ出しをし易いように、ちゃんと分別をしてからね。


「後はもう学校に行くだけかな」


やる事は既に終わり、刻々と時間は過ぎていく。

俺は1日中稼働している腕時計を手に取りそれを確認した。

さて、朝早くから登校という習慣付いた事を実行するとしようではないか。未だに寝ているであろう間抜け面のアイツを起こすついでにな。


「はぁ、アイツもいい加減自立してほしんだが」


ブーメランとなって返ってきそうな文句を一言垂れる。

だが手作りの赤いマフラーを首に巻くと、その文句はまるで無かったかのように消え去った。

俺はボストンバッグを肩にかけ、ピンク色のカバーをしたスマホを手に取る。絵面だけ見ると普通に女子高生(・・・・)のようだ。


「そうそう、最近は電気代が多いんだよ〜。節電節電っと」


今までこのリビングと俺を温めてくれた暖房君の役目を終わらせる為に、電源をOFにする。

本当、冬ってのは寒いから電気代食うんだよ。俺はこの瞬間だけ、自分が冷え性なのを恨む。

重ね着しても全然駄目、こたつがあれば少しは良かったかぁ?

初売りに駆け出して行った祖父と祖母と一緒に買えば⋯⋯⋯。うぅ、安いやつが沢山あったのに。

お正月雰囲気も段々薄れてきたし、手遅れだろう。


「まぁ、過ぎた事だし気にしちゃいけないか。また安い時買おうっと。⋯⋯⋯でもこのマフラーあっけぇ。ハッ!家でこれ巻いとけば解決??」


ツッコミ役が居るなら、今頃俺はハリセンで頭を叩かれている。

ボケのつもりだけど実際、良い案だと思う。節電対策になるし、エコだし、手作りの物。つまりは積極的に使うべき代物。

しかし、それでも日常使い用としてのマフラーだ。そこら辺を加味すると、少し気が引けてしまう。

俺は一人合点し、澄ました顔で玄関まで行く。

納得材料が何なのか分からないが、気持ちが良い。ただそれだけ。

理由としては満足にはいかないものの、感覚的に思った事だ。詳しい訳などは要らないだろう。

靴を履き替えながら、そう考える。


「名札、ここに置いてたっけ?」


靴箱の上の部分を探すと、自分の名前───鏡沢紗稀(かがみざ さ  き )が刻まれた白い長方形型の物が見つかった。

今の時代に高校生が名札とは古臭い、そう思うかもしれないが最近になって校則が変化したお陰で、付けても付けなくても良いという事になった。

俺は一応、ポケットに仕舞って持ち歩く事にしている。いざという時があるかもしれない。

そんな雷に打たれるぐらいの確立かもしれないが、備えて損はないだろう。


「今日も今日とで外は寒いんだろうな」


靴先を床にトントンとして足を奥まで入れる。

そろそろ出る時間だ。

俺は最後に名札の隣にあった写真に目を向け、手を合わせる。

男性が一人、お腹が大きい女性が一人、そしてその二人の間に居る一人の子供。三人一緒に仲良く写っている、そんな写真に。


「お父さん、お母さん、それに弟の筒城(つつき)。行ってきます」


返事は無い。

だが、安心する。

手を振ってくれてる家族が、少しだけ見える気がした。

俺も手を振って、精一杯の笑顔で玄関の外に出る。

冬の冷気に晒されるが、この生命を示す温もりは一切揺らぎはしない。

何故なら俺には家族がついているから。皆の分まで生きるんだ。

────鏡沢家唯一の生き残った人間として。






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