第2話: 「無意識の魔法」
星川凌の魔法が暴走することがあるとわかってから、私は彼のそばにいる時はいつも少し緊張してしまう。彼自身が自分の力を完全にコントロールできないことは理解していたけれど、時々何も知らないクラスメイトたちの前で魔法が発動してしまうのではないかと心配になるからだ。
その日、私は放課後に図書室にいた。宿題を片付けるために必要な参考書を借りに来たのだが、意外と図書室には多くの生徒がいて、少し騒がしかった。私は静かに勉強したいタイプだから、図書室がこんなにも賑わっていると集中できなくて困る。
そんな中、ふと後ろに人の気配を感じて振り返ると、そこには星川凌がいた。彼もどうやら何かを探しているようで、棚の間をゆっくりと歩いていた。私は思わず彼を目で追ってしまった。彼がここに来るのは珍しい。図書室という場所が、彼の冷静な雰囲気に合っている気がして、私は少し安心感を覚えた。
しかし、すぐにその静寂が崩れる出来事が起こった。
突然、図書室の奥の方で「ガラガラガラッ!」という大きな音が響いた。私は驚いてそちらの方向を見たが、何と本棚が倒れかけているのが見えた。何が起きたのか、周りの生徒たちもパニックになり、ざわざわと騒ぎ始めた。
「何!?誰か怪我してない!?」
「大丈夫か!?」
生徒たちが声を上げる中、私はすぐに気づいた――これは、星川君の魔法が原因だということに。何度か見てきたけれど、彼の感情が揺らぐ時、意図せず魔法が発動してしまうことがある。それが今、ここでも起こったに違いない。
私は星川君の方を見ると、彼が動揺した様子で立ち尽くしているのが目に入った。顔には明らかに後悔の色が浮かんでいて、自分が引き起こしたことに気づいているのは明らかだった。
「星川君、大丈夫?」私は彼の方に急いで駆け寄り、そっと声をかけた。
「…またやってしまった…」彼は小さな声で呟いた。
周りの生徒たちはまだ状況を整理できていないようで、倒れた本棚を直そうとする者、何が起きたのかを話し合っている者、さまざまだった。星川君はその混乱を見つめ、唇を噛んでいた。
「気にしないで。誰も君がやったとは思ってないよ」と私はそっと彼の肩に手を置いて、彼を落ち着かせようとした。
彼はしばらく私の顔を見てから、静かに頷いた。「ありがとう。でも、僕はどうしても…抑えられないんだ。こんなところで暴走させて、また迷惑をかけてしまった…」
彼の言葉には、深い自責の念が込められていた。彼がこの力をコントロールできず、誰かに迷惑をかけることを何よりも恐れていることが伝わってきた。彼が自分を責める気持ちもわかるけれど、私はそんな彼を見ているのが辛かった。
「大丈夫。誰も気づいてないし、私が手伝うから。本棚だってすぐに元に戻せるよ」と私は励ますように言った。
その時、図書室の職員が駆けつけてきて、倒れた本棚を元に戻す作業が始まった。幸い、怪我人はいなかったし、星川君が原因だと疑われることもなかった。周りの生徒たちは「不注意で本棚が倒れた」と考え、すぐに状況を受け入れたようだった。
「君がそばにいてくれて、本当に助かったよ…」星川君は私に感謝の言葉を口にしたが、その声にはまだ不安が残っていた。
「気にしないで。私は君の味方だよ。困った時はいつでも言ってね」と私は微笑みながら答えた。
彼は微笑み返してくれたが、やはりその笑顔はどこか寂しげだった。彼の力を完全にコントロールできる日はまだ遠いかもしれない。それでも、私は彼を支える覚悟を決めていた。
図書室を出た後、私たちはしばらく一緒に歩いた。彼が少しでも気持ちを落ち着けられるように、私は何気ない話をしながら彼に寄り添った。
「星川君、次は何をする予定?」私は彼が落ち着くように、できるだけ軽い話題を振った。
「うーん…この後は特に予定はないかな。でも、もう少し練習をしないといけないかもしれない。感情を抑える練習…」
彼は自分を責めるようにそう言ったが、私はすぐに言葉を返した。
「一人で無理しないで。私も手伝うよ。君が困った時は、いつでも助けるから」
彼は私をじっと見つめ、しばらく考え込んだ後、静かに頷いた。「…ありがとう、桜井さん。本当に、君には感謝してる」
その言葉を聞いて、私は少し安心した。彼が少しでも私に頼ってくれるなら、それで十分だと思えた。彼の孤独を少しでも軽くしてあげられたら、それが私にとっても幸せなことだと思う。