第9話 賢人がひとりの女
三賢人がひとり、カスパールの名を拝命した女性は、姿だけなら妙齢の美人と呼んで差し支えないが、三賢人の中ではもっとも年上だという。
そも黄金碑郷の三賢人らは、人の理を越えた時を生きている。
けして気の抜ける相手でないと前置きはあれど、彼女は様々なことをナンバーこと魅那に教えてくれた。
――女の扱いを含めて。
「やはりまだ、あなたはルービック恵瑠乃を愛しているのね」
「……そう、見えますか?」
使用人から彼女の私室へ呼ばれた時点で、こうなることはある程度予想していた。
拒む理由もなければ、そのまま寝所へと誘われ……彼女たちが不在の街、ほかのあらゆる変化に耐え難くて。
カスパール=ミルラ、三賢人の中で唯一、変身前のオカルティック・パビリオンらの身元まで軒並みを把握している。情報収集能力の高さで言えば、紛れもなく黄金碑郷随一だろう。
「私のような年寄りの戯れに付き合ってくれて感謝してるわ。
でもほかの女のことをやってる最中考えられるのは、哀しい」
「すいません。賢人会のとき」
「メルキオ翁を止めなかった話?
あの男は自身肝煎りのデジタライズクラフトにたいそう自信があるようだわね。
帝国の侵攻責任をあなたひとりに押し付けようとしている」
「わかっているんじゃないですか」
「先に行っておくけど、貴方なら彼らを統率できるわよ」
「なんの根拠があって」
「あなたの概念数字を用いれば、彼らの思考へ干渉して洗脳するのは容易い」
「――、彼らの自由意志を奪えと?」
時折そうだが、今回もまた物騒な提案をなさる。
「でなければあなた自身が背中からまた撃たれるわよ。
あの二人はメルキオ翁の息がかかっている、そもそもデジタライズクラフトについて、実用化の際のリスクはあなたも知っているでしょう」
「ナンプレがそうであったように、変身者を力そのものが取り込み自我を肥大させる危険性、ですか……奴らはそれを承知でしょう、装着者へ選ばれたからには」
「彼らはあなたと違い、アーミーとしての特殊な戦闘訓練を積んでいる。
元来からして命令遵守の忠犬ではあったのよ、もっとも彼らの序列というのは」
「直属のメルキオ翁が最上位、それ以外のものを本質的には見下している……そしてクラフトホルダーとなり、周囲への侮蔑と成果主義への拘り承認欲求を隠さなくなったと」
「黄金碑郷を護る、パズルに選ばれた戦士たちがこの体たらくとはね――あなたを除いての話よ、後発は紛い物とはいえ、いくらなんでも質が落ちている」
「……なぜ、あの五人は帝国へ寝返ったんです」
魅那はいよいよ核心へ触れる。畏れ多くもこの街でもっとも高位の人物を前にして。
「ウィズダムやアナグラムは、とりわけあなたへ懐いていたでしょうに。帝国の目的は?」
知れば、あるいは疑問を抱いた時点で、魅那自身も排斥される対象かもしれない。
「あなたは知ることを恐れないのね」
ミルラは哀しげに微笑む。
「おおよその見当はついてる。モノリスを用いた奴らの目的もね……彼女らはあれの正体を知ったということよ。そしてあなたもそれを知る――帝国はもはや、正体不明の敵ではない」




