第81話 聞き耳
「魅那くん、智絵のこと好きなんじゃないの!!?」
「――、そりゃぁ君から見たらそうなのかもだけどな」
「自分のことでしょう!」
「声がデカい」
「あ……はい」
食い気味に反応したことを恥じて、恵瑠乃は肩を落とす。
「ごめん」
「いやまぁ、親友二人が変な男に引っかかってるんだから、心配するのはそりゃ当然でしょうよ」
「変な男?
いや、魅那くんは魅那くんでしょう?」
「――」
どうにも、やりにくい。
彼女の記憶、一部は相変わらず欠落したままなはずで、つまり河川敷でのあの頃は、俺の人格評価におそらく関わってこないということになる。
(俺はあの日のことを、片時も忘れられないでいたのに)
帝国で俺の両腕をあっさり潰し、ウィズダム――智絵を殺しかかったあのとき、彼女には実行に迷いがなかった。
「きみは……紛い物の俺がいなければ、それで良かったんじゃないの」
「え――っそれは」
恵瑠乃がふたたび変身できるようになった、その動機まで、廃村での彼に気にしている余裕などなかったが……ひとまず落ち着いてくると、腑に落ちないことばかりなのに、思い至ってしまう。どれもなまなかな気分で問い質せることではない。
平和が頃合いの引き際とみて、手をはたく。
「食事、どうしようか。外いく?」
「あぁ、それなら」
思い立った恵瑠乃は、それまでの話題を振り切るように、レジ袋類を掲げ、苦笑する。
「ちょうどタイムセール、行ってきたんだ。
多く買いすぎちゃったけど、三人いるならまぁいいかも」
材料的に鍋物のカロリーではなから胃袋を殴るつもりだった模様、ちょうど長期の帝国潜入後だったし、三人ともそういうものを求めていた頃合いじゃあった。
「私が用意するね、お台所お借りします」
「好きにどうぞ。火元、気を付けてね」
話が切りあがり、彼女が部屋を出るや、魅那はやっとこさ肩を落とす。
「――」
「眉間に皴寄ってるよ」
「だろうな、自覚ある」
「難しく考えないで。魅那はどうしたいの?」
「わかんないから、困るんだ。
バレてるよな、昔はどうしようもなく、あの人に憧れて……けど、今は自分がみっともない。あのとき俺が死ぬんなら、それでもよかった、でもウィズが――智絵が死にかかって、びっくりするほど、自分の中で……誰のせいでも、あの子のせいじゃないってわかっていても、そうなってしまったのが怖くて、酷いことを言った」
恵瑠乃が好きだったと言わないのは、平和に対する最低限の配慮だ。
(あぁ、前は確かに、あの子が大好きだった。憧れも、男としてのそれもぐちゃぐちゃに入り混じって――必要とされたくて)
だからナンバーになれていた。そういう『強い自分』を、紛い物でも演じる気概があったのは。
「まぁ――糸鋸にも、当たっちゃったんだよな、前に」
「いつ――あぁ」
――裏切ったのはみんなだろう、まるで俺が悪役みたいにッ。全部放って逃げだしたくせに、偉そうに言うなよっ!
「……いやあの時は、売り言葉に買い言葉というやつでしょう。私も大概アレなことしか言ってなかったし。
恵瑠乃と王成なら、ちゃんとしてくれるって――あの子らに負担を押し被せちゃった、もっと一緒に、思い詰める前に、できることがあったんじゃないかって。
ごめん、魅那――ナンバー」
「たぶんもう俺はナンバーにならない、なれないよ」
「恵瑠乃が――あの子があんたの、戦う理由だったから?」
彼が無言で俯くと、平和は彼の頭を抱き寄せる。
扉の向こうでとうの恵瑠乃が聞き耳を立てていたことまで、二人は気づかない。




