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第66話 追想6 盤上王成

 王成が表彰された日、カスパールとバルタザールが会場には出席した。


「盤上さん、おめでとう」

「ありがとうございます、賢人様」


 カスパールからトロフィーを授与されると、彼女は一礼してから、向こうの顔を盗み見る。

(カスパール……綺麗な人だけど、信用はできない。三賢人、全員『政治屋』だから、碑郷はいまマテリアール獣とモノリスの被害に晒されているんじゃなくて?

 責任ある立場のひとびとが、モノリスやクラフトに関して多くを失伝しているのは、どう考えても不自然よ。

 パビリオンのためには、賢人たちを一掃し、新たな秩序を構築する。私が欲しい世界には――恵瑠乃さえ、幸せでいてくれれば)

 彼女にはいつも、世界に対する過剰なまでの懐疑心があった。

 同じ胎から生まれたはずの弟は純真に育っているのに、両親の子であるはずの私がどうしてこんなにも周りの当たり前の人らを信じられずに、そういう「いやな子」に育ってしまったのか。

 世界とは盤面であり、私の好きなように動く。ルールにさえ則れば、どのような搦め手であろうが結果にたどり着ければそれでいい。正道は……日の下には、あの子だけがいればいいのだ。




 美継恵瑠乃。私の星、私だけの星。

 なにも劇的な出会いだったわけじゃない――ただ転機はいくつもあった。私はあの子が好きだ、大好きだ。でもそうなったという結果より、過程が重いなんてことはない。


「論文、賢人様らに表彰されたんだろう? 凄いじゃないか」

「どうも――でも大したものじゃないよ」

「本人的にはそうだろうけど、きみがそつなくこなせるから、みんなそれを面白がってる」

「ほかにマシな言い方ないの?

 ま……誉め言葉として受け取っておくよ。

 恵瑠乃がさ、喜んでくれて。

 あの子は本当に変わらないよな。

 私の言うこと、いつも素直に聞いてくれて、優しくて、あったかくて」

「うん」

「あの子はずっとあのままがいい。

 天都戸くんのお爺さんのことは、残念だったけど、あの子が哀しむのはびっくりしたよ――他人の家族なのにね。

 惜しまれるひとだったなら、もっと長生きしてくれてたほうがよかった」


 だって何よりあの子自身が、管制された不動の『結果』だから。だけどあの男……魅那はそれを認めない。


「……変わらないものなんてないよ」

「――」


 やたらとその声は淡白だった。後から想えば、なぜか怒気さえ含まれていたように想うが――当時の私には、そんなことどうでもよくて。


「俺が追ってる背中はその人の過去、けっして届かないから、追う価値がある。

 思い出は、ナマモノじゃない。体験の後追いだ。

 それがどんなに脆くても……じいちゃんとの思い出、いくつもあったはずなのに。糸鋸や美継さんに言われて、ようやく少し思いだしたり、返したり。

 どんだけ俺って薄情なんだろう、最近はそれに嫌気がさす。

 で――どうしてそんな話になったんだっけ?

 あぁ、美継さんのことか。

 きみがそう想うのは、好きにすりゃいい。

 だけど俺は、今のあの人へ、過去と同じことを求めないよ。

 それは期待しないって意味じゃなく――きっとあの子は俺の想像に収まったりしないままだ。

 あの子の変わっていく先で得るすべてが、あの子自らを満たしていく。誰の人生もそうであるようにさ。

 俺は取り敢えず『追いつきたい』って言ってみるけど、実際は『追い越す』気でないとそれができないのも、肌で感じてる。

 あの子をあの子にしたのは、環境と、あの子自身の才能だ。

 才能は知識で詰めても、決定的に埋まらない……効率とかもあるけど、俺はあの子にはなりたくてもけして一生なれないよ、だけどほんの一時でも一瞬でも、あの子と同じ景色こころを見れるなら、俺ができる最大限に正しいこと、誠意で応えたい――馬鹿の一つ覚えみたく、それに期待しているんだ」


 お人よし、紛い物、そのくせ語られる綺麗ごと、性善説……ドライな視点がありながら、年に似合わぬ妙な成熟ぶり。


「……気持ち悪い」


 あれほどおぞましいものを見せられて、そんなものが私の星の近くに在ることからして断じて認めがたい、我慢ならなかった。

 あの男はあまりに正しすぎて、歪だ。

 まるで人間でないものが、人間を説いているような不自然ささえあった。少なくとも、王成の知る『人間』――狡くて卑小で愚かで無責任な、あの子以外すべて――私さえ含めて、そういうものとは決定的に異なる達観。

 お前も血の通った人間なら、その品性という薄ら寒い仮面ペルソナを棄てろ、どうせそんなものは欺瞞だ、男としてあのひとをひん剥きたい、浅ましい欲をおくびに出すでもない。

 そんなやつは“普通”に見て、『生きてさえいない』んだ。


「あなたは今を歓ぶが、きっと一生できないんだね」

「――」


 私史上、最大の侮蔑であり皮肉。

 なれば彼という存在との断絶を、決定的にした出来事――。

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