第22話 壊れた記憶
「……この前からね、どうしても思い出せないの」
浅瀬に対峙するふたり。ルービックは水に濡れながら、立ち尽くした。
「ここにはなにか大切な想い出がしまってあったはずなのに、誰と、何をしていたのか。
あったはずなんだ、私のここにッ!」
彼女は儚げに、自身の胸を掻きむしっている。
「この前って、まさかビットマテリアール獣の依り代!?」
ナンバーがあれを倒した弊害が、今彼女の身に変調を齎していた。
それに思い至って彼は、愕然とする。
――あんたはいつもルービックを傷つける、あの子を哀しませる!
「馬鹿な、これまで依り代にされた人間たちだって、記憶を喪うなんてなかった!」
「……それがルービックの覚悟なのよ」
身を引き摺って、ジグソーこと平和がやってくると、ルービックの肩を支えた。
「ルービックの、私達の邪魔をしないで、ナンバー!
やっぱりどこまで行っても、あなたは紛い物のクラフトホルダーだ。
私たち本物の仲間は、絶対に味方を傷つけたりなんてしない!」
大切な想い出?
「この河原か、河川敷?
……大切な想い出って?」
するとよりにもルービック自身が泣き崩れてしまう。
「ナンバー、きみにはわからないよ、わかるわけない!
私の大切なひとの――きみが、きみのせいで」
「――」
ここまで取り乱すルービックなど、初めて見た。
*
報告を受けるバルタザールは、愉しそうだ。
「敵幹部ポリゴォンの撃破に、残る七人の敗走……ね。
二人しかいないわりには、善戦したほうかもな。
戦闘の最中、ルービック、ジグソー、チャトランは急に動きが悪くなり、退却を始めたと。
理由は掴めているのかい?」
「前回出現したビットマテリアール獣の制御は特殊なものでした、依り代はルービックですが、これまでのビットマテリアール獣は一般市民の意識を引き替えにしていました。従来のものは依り代が昏睡状態に陥り、眠りが深まるとそれだけマテリアール獣と同調しておりました。しかし彼女の操作したものは、彼女が覚醒したままに動いていた、制御するためほかの二人の意識も利用しており、今回の戦闘で三人の疲弊は抜けきらなかったと推測されます」
むろん、聞かれることを織り込み済みで予めこさえた欺瞞である。もっともらしく聞こえていればそれでよい。真贋五分五分ってところで、だけど戦闘も回を追うごとに、ナンバーが現場で処理するタスクとその難易度は跳ね上がっている。8対1だって無理ゲーもいいところなのに、母数を減らしてそれっぽい戦果をでっち上げ、上役の顔色にお伺い立てなきゃならない。チャトランも宮仕えとはまぁ、よく言ってくれる。
もっとも有志で無償にやっていたパビリオンらとは異なり、お給金も貰えたりするので、宮仕えだってそう悪いことばかりでもない。
ただ……今日のはちと、堪えた。
ウィズダム、智絵はまだ俺に期待を寄せてくれているようだけれど、表立ってなにかしてくれるわけもない。なによりやはり、ルービック。
彼女が俺との想い出の、あの百均ルービックキューブを忘れてしまったらしいこと。
俺があのとき彼女の記憶を奪い、想い出を砕いてしまった。
彼女の背中を追って、彼女を護り、並び立つ力を欲してやってきたはずが……俺がこれまでやってきたこととは、果たしてなんだったんだろう?




