第99話 元凶の母
拍手が聞こえると、メビウスの前に急いでウィズダムは立つ。
なぜだろう――いや、来る前に占ったら、不吉な兆候はあったもののその正体が判然としないままだった……これまでは。
「バルタザール卿?」
「いやぁ、パビリオンにも顔が知れてるとはねぇ。彼女を現世へ誘い出してくれてありがとう」
「!メビウスさん、逃げて!」
「……ごめん、ウィズちゃん。無理なの」
「――」
メビウスは彼女の肩へ手を置いて、前に出た。
「それで、私が出てきたところを狙ってどうというのかしら?」
「メビウスのホルダー、あんたの意見は求めてない」
バルタザールが懐から取り出して掲げるのは、
「デジタライズの擬似クラフト、ピラミッド!?」
「察しが良いな知恵の輪のお嬢さん、だがそれは正解のうち半分に過ぎない」
「なにを言って――」
「『ダブルクラフト』、ピラミッドとトライピークスのふたつの性質を有した、“本物”のクラフトだ。
これがメビウスの空間に宙ぶらりんだったそこの女を、データライズ三次元へ固定する」
「「!!?」」
クラフトから出て彼の手のうちで回転する、逆さ三角のエフェクトらは、それが起動したことを示す。
「僕の目的は、“データライズ世界のオーバーライド”だからね。
そのためには、僕の望む新たなクラフトの製作がどうしても必要だった」
メビウスはバルタザールへ、侮蔑の視線を向ける。
「そのクソ忌々しいパチもんの出処と経緯は、おおよそナンバーくんから聞いてたよ。
……そのために、無辜の子どもたちを犠牲にしたと?」
「凄い剣幕だなぁ、お二方。
犠牲だなんて、ありえないだろう。
紛い物程度の犠牲に子どもをすり減らしたメルキオ翁とは違う、俺は彼らに世界の礎という、生まれてからこのうえない意義を授けてやったんだ、程度の低い言葉をあてがってはあの子らがあまりにも報われない」
ウィズダムたちが身構える。
「そもそも、あんたがナンバーに仕出かした愚かしい行為こそが、すべての元凶だろうに」
「え――?」
ウィズダムは想わずメビウスを見る。
「結果として僕の目的が果たされるのに、半年は遅れたよ。
本来必要なかった人数の回りくどい犠牲を、メルキオ翁が空費したのは、すべてナンバーこと天都戸魅那と結び、彼を生んで因果を歪めた、貴様というふしだらな女のせいじゃないか」
「どういう……」
「そうかもしれないわね」
ウィズダムが状況を理解するのをそっちのけて、メビウスはぼやいている。
「私は魅那を愛してしまったから――あの子のすべてになりたかっただけよ」
「えぇと、つまり?」
「とある時間軸の未来において、あの子と交際しているうち……クラフトの副作用で因果が拗れて、あの子を『生んでしまった』らそれが正史に組み込まれていたのよ。
だからいまのあの子の父親は、あの子自身だったことになっている――」
「それって、オリジナルのお母さんはどうなったんです?」
「存在が私と同化された、喪われちゃいないわ――ただ人の理を超えただけだから。
というか取り込まれたら、うちのほうが振り回されてるくらいだし。ちなみに時間を自在に渡ることはできないわよ、あれはクラフトの作用でもイレギュラー中のイレギュラーであって」
「うわぁ……」
ウィズは思いっきしドン引きである。
これまで魅那から父母の育児について話が出てこないのは、そういった背景を知らされないうち、メビウスの異空間へ彼女が囚われてしまったからだ。するとまともな血縁者は、たまに名の出る祖父だけだった。
元々のメビウスには、魅那の息子を魅那本人として生みたいというほどの歪んだ性質はない――いずれかというと、本来の魅那の母が持っていた願望だ。元の夫に対する不満がそのまま息子への溺愛と欲望へ置き換わり、メビウスの神秘力にも干渉するほどだった。
メビウス自身には半ば不可抗力だったが、結果としておおよそ十八年前の当時、時空が小さく捩じれた。
「おかげで擬似クラフト、ナンバープレイスは仕様にない挙動を示し、歪んだ因果を持つ少年を選んだ。
それさえなければ、デジタライズトランプ開発への着手が三か月も遅れることにはならなかった」
天都戸魅那にメビウスというイレギュラーが愛《干渉》してしまったことが、ナンバーとしての彼を生み出してしまったと言える。
「メビウスの魔女、貴様さえいなければ――」
無論バルタザールの苛立ちは、ただの八つ当たりだ。
自らの悪だくみが遅れたことの。




