第九十九話 スーベニアとの連携
【登場人物】
ジュード 主人公 英雄王ジークの転生体 〈勇者〉
マリリア ジュードの元婚約者、神帝の妃 〈聖者〉
イェリアナ 神帝の妃 〈剛者〉
シルリラ 神帝の妃 〈賢者〉
クリス スーベニアの神殿騎士で知略の持ち主
スーベニア神聖国が神殿騎士を中心とした対帝国軍を旧アルムヘイグへ差し向けたのはジュードがマリリアを捕えた1ヶ月後だった。この対帝国軍を率いているのはクリス、大聖堂の司教にジュードへの随伴を命じられていた女性騎士だった。小柄だが知謀に長けた騎士、その彼女がスーベニアにいたのはジュードの指示で、ジュードが北の大陸へ向かった後、彼女は各地で弾圧された統一教信者を保護しつつ、対帝国の戦力を編成する為に奔走していた。ジュードが戻ってからは頻繁に連絡を取り合っている。今回の旧アルムヘイグへの侵攻もジュードと協議した結果だった。
国境線を越えて布陣したスーベニアの対帝国軍はそこで進軍を止め、アルムヘイグ側の出方を見守った。近いうちに闇森人を中心とした迎撃軍が現れる筈だ。数は多くないだろうが、弓矢による遠距離攻撃と、少数ゆえの機動力には注意を要する。クリスは対帝国軍を役割毎に細かに分け、装備や配置を工夫していた。なるべく長く、なるべく多くの闇森人をこの地に釘付けにする。それが今回の作戦だった。
「シルリラが釣れれば良いのだけど。釣れるかしら?」
「居所が掴めていません。難しいでしょう。」
クリスとその後ろに控えていた副官が話していた。最近はイェリアナとシルリラが戦線に出て来た話を聞かない。何をしているのか、何処にいるのかについては不確かな情報しかない。帝国による西方諸国への侵攻も半ばで止まっていた。旧アルムヘイグの隠れ信者からの報告ではシルリラが王宮を出た形跡はないとの事だが、本人を目撃した者はいない。クリスとしてはシルリラも戦線に引き摺り出し、闇森人と共に足止めしたかった。それによって大陸中心に位置するアルムヘイグとジョルジアが手薄になり、ジュードが攻める絶好の機会となる。
数日後、闇森人600名の軍が対帝国軍の前に現れた。かなり距離をとった所で待機している。帝国軍に組み込まれた旧アルムヘイグ国軍は見当たらず、闇森人だけの軍だった。偵察隊の報告では残念ながらシルリラを釣れなかった様が、この規模の闇森人を引き摺り出せたのであれば、作戦の初期段階は成功していると言って良い。
この時点で既にシルリラは出産準備の為にハルザンドへと移っていたのだが、クリス達はその情報を掴んでいなかった。シルリラの外見が変わっていた為に王宮を見張っていた隠れ信者が見落としたのだが、その事をクリス達が知るのはずっと後の事になる。
「では始めましょう。」
クリスは細かに分けた部隊の幾つかを前進させた。そこに闇森人の矢が飛んでくる。しかし各部隊は頑丈な大楯を構え、矢による被害を抑えていた。そして暫くすると前進させていた部隊は後退し、次は他の部隊が違う場所から前進する。この部隊も大楯で矢を防ぎ、暫くすると後退した。それを繰り返す。軍全体としては敵軍に付かず離れず、敵の遠距離攻撃がギリギリ届くか届かないかという距離を維持する。その上で部隊を入れ替えながら闇森人の弓矢による攻撃をひたすら耐えた。
「今のままでは膠着状態です。そろそろ相手も動き出すと思われます。」
「そうね、帝国軍のお手並みを拝見しましょう。」
闇森人の軍から幾つかの部隊が前に出て、スーベニア側の弓矢が届く距離の手前で止まった。こちらの部隊を誘い出そうという魂胆が見え見えだった。クリスは闇森人の部隊が出て来た分だけ自軍に後退を命じた。相手が諦めて後退すれば今度はこちらを前進させる。
「拍子抜けね。帝国には戦術というものは無いのかしら。このままこの状態が続きそうね。何日ぐらい奴等を釘付けにできるかしら?」
「何日、ではなく、ジュード殿が動き出すまで釘付け出来そうです。相手の動きを見るかぎり、知恵が回る者はいないのでしょう。或いは闇森人の部隊だけでは決め手がなく、単に攻めあぐねているだけかも知れません。せっかく準備した策を使う事がなさそうで残念です。」
「そうね、それは残念だわ。」
近接戦ならともかく、弓矢による遠距離攻撃の威力や飛距離では闇森人側には敵わない。それ故にクリスは前面に出した部隊の他にやや離れた森林や丘に小部隊を潜ませていた。潜ませた部隊の数は1つや2つではない。時に闇森人側の側面を、或いは後方を、状況に応じて潜ませた小部隊に突かせる事で闇森人側を混乱させるつもりだった。闇森人が小部隊に反撃しようと森林や丘へ追ってくれば幾つも設置した罠に嵌まる。
副官の読み通り、それから数日経っても戦況に大きな変化はなかった。