第八十三話 出航準備
【登場人物】
ジュード 主人公 英雄王ジークの転生体 〈勇者〉
マリリア ジョルジア王マルスの末娘、ジュードの婚約者 〈聖者〉
イェリアナ ハルザンド王イェガスの娘 〈剛者〉
シルリラ シシリー子爵夫人の娘 〈賢者〉
牛頭 名はゴルドル、牛の頭と脚を持つ異形の者
蛇女 名はケララケ、腹部以下が大蛇の異形の者
鳥頭 名はザンバ、梟の頭と羽を持つ異形の者
また北の亜大陸から敵が現れるかは分からない。ケララケ達が持っていた地図にはハルザンド以外の国も描かれている。仮に敵が現れるとして、その敵がこれまで通りハルザンドの港町へ来るかも分からなかった。
「攻められる前にこちらから北大陸へ行く。」
ジュードの提案に反対する者はいなかった。但し、この大陸に住むものにとって外洋に出て未知の大陸に行く事それ自体が初めて、相当な危険が伴う作戦になる事が予想された。ケララケ達が案内役を、彼等が連れてきた兵達が操船を担ってくれるが、現地で何が待ち構えているか分からない。ケララケ達の一族を捕えて人質にしたと言う侵略者の正体も懸念材料だった。それでも行かねばならない。ジュード達が今いる大陸を戦争に巻き込まない為には、そしてケララケ達の一族を解放して侵略者を打ち払う為には、北の大陸へ行く必要があった。
ケララケ達が乗ってきた軍艦は、軍艦とは呼んでいるが、単に大きく頑丈な帆船だった。戦闘の為の武装は備えていない。軍艦の中は、船底のバラストのある区画と上部にある操舵室を除けは、仕切りで区切られた幾つかの部屋があるだけだった。この大陸に来るまでに破損したであろう箇所が少なくないのと、航行中に必要な食料や水も補給し直さなければならない状態だった。操船はケララケ達が連れてきた兵が担うとはいえ、不測の事態に備えて、ハルザンドおよびジョルジアの兵にも操船の訓練が必要だった。
北の大陸へ行くのは、ジュード、ケララケとゴルドル、ケララケ達と共に来た兵のうち操船に必要な人員、それにハルザンド軍およびジョルジア軍から選りすぐられた先鋭だけとした。マリリア達にはこの地に残って防衛に当たってもらう。マリリア達は初めジュードに同行すると言い張ったが、何日かかけて説得した。3人とも納得したのか、それからは神装具の訓練に専念し、傍目にはかなり上達した様だった。
出航準備を始めてから10日ほど経った時に軍艦の船上でボヤ騒ぎがあった。原因はザンバという鳥頭の異形の者で、見張りの数名を殺して脱走したが、ちょうど夜風にあたりに来ていたイェリアナとシルリラが軍艦に乗り込むザンバを発見し、その場で討ち取っていた。ボヤはシルリラの魔術によるもので、軍艦に大きな被害はなかった。
全ての準備が終わるまでに2ヶ月を要した。その間に北の大陸からの新たな侵攻はなかった。ジュードは兵達と北の大陸までの航行ルートや上陸後の作戦行動を検討し、マリリア達は引き続き神装具の訓練を続けていた。
そうして翌々日に出航するという日の夜、ジュードは桟橋で修理を終えた軍艦を眺めていた。未知の領域へ行く事の不安、新たな冒険へ旅立つ時の期待や興奮、そうした感情がジュードの中でごちゃ混ぜになっている。気持ちを沈めようと夜風にあたりに桟橋まで来ていたのだった。頬にあたる夜の海風が心地よかった。