第六十話 ガイの提言
【登場人物】
ジュード 主人公 英雄王ジークの転生体 〈勇者〉
ジーク かつてジョルジアを治めた英雄王 〈勇者〉
マルグリット ジークの第一王妃、ジョルジアの王太后
マルス 現在のジョルジア王でジークの息子
マリリア ジョルジア王の末娘 〈聖者〉
ガイ 前軍務卿の外孫でジュードの従者
ジュードとマリリアは共の高等学校の第2学年へと進級した。
復学時は最下層のHクラスだったが、前年度末の試験で二人とも優秀な成績を残し、ジュードはDクラス、マリリアはCクラスへと上がった。この辺りになると上級貴族の子女も在籍している。マリリアの友人もいるだろう。友人達と有意義な学校生活を過ごして欲しいとジュードは考えていた。しかしマリリアは依然として通学時と昼食休憩時にはジュードの横にいる。同じ王宮から通学するのは仕方ないとして、昼食休憩ぐらいは友人といても良いと思うのだが、この話をするとマリリアがまた涙ぐむのではないかと、その事が気になってジュードから話を切り出せずにいた。
最近では早朝にガイと武術訓練する事が多い。剣術だけでなく、槍術や体術においてもガイは一流と言えた。ジュードは勇者の力に頼りすぎていたと反省し、ガイとの武術訓練に打ち込んだ。ガイと話すと、彼の生真面目さが良く分かる。口数は少ないが、頭の回転は良さそうだった。
この日もガイと武術訓練に励み、水浴びで汗を流した後に部屋へ戻ろうとした時にガイが話しかけてきた。彼から話しかけてくるのは珍しい。
「ジュード様はマリリア様を如何なさるおつもりでしょうか?」
「如何とは?」
「一般には公表されていませんが、マリリア様は王族籍を外され、ジュード様のみに仕えよとマルス王から命じられています。つまりマリリア様には公的な身分はなく、しかも他の男性へ嫁ぐ事が出来ません。嫁ぐとすればジュード様しか許されない状況です。」
「それは誤った解釈だろう。仕える事と嫁ぐ事は同じではない。彼女に好いた男性がいればそこに嫁げば良い。」
「ジュード様こそ誤った解釈をされています。王命を文字通りに受け取ってはなりません。王家や上級貴族家において特定の男性のみに仕えよという表現は、他の男性に目を向けるなという意味を含んでいるのです。ですからマリリア様は他の男性に恋心を抱く事が許されません。」
「そんなバカな。彼女が何処に嫁ぐかについては彼女の意志を尊重すべきだ。」
「王家や上級貴族家の婚姻に自由恋愛はありません。常に国や家の利益が求められます。マリリア様もその様に教育されている筈です。かつてジーク様がマルグリット様やイェルシア様と婚姻される際にも、恋愛感情だけでなく、国としての利益も考慮されたのではありませんか?」
「まぁそうだが。だが今のマリリアは王族ではない。国や家の利益など関係ない筈だ。どこに嫁ぐかは彼女が決めれば良い。」
「それは、マリリア様がジュード様との婚姻を望めば、応じて下さるという理解で良いでしょうか? ジュード様はこれまでのマリリア様の献身をどう感じておられたでしょう。妙齢の女性が一人の男性にここまで尽くすのは義務感や責任感からだけではありません。きっかけは王命だとしても、マリリア様はジュード様といる事を強く望んでおられる。」
「まぁ、少しは察しているつもりだが...だが俺は騎士爵家の三男坊でしかない、家を出れば平民と同じだ。マリリアにはもっと相応しい男性が居るのではないか。」
「確かに表向きは騎士爵家のご出身ですが、ジュード様は望みさえすればどの様な立場でも手に入れる事が出来ます。その事を見越して、陛下や王太后様はジュード様との縁を繋ぐ事を目論んでおられるのでしょう。ですからジュード様の今のご身分は全く問題にはなりません。」
・・・変な事になってしまったな・・・
「取り敢えず今の話は分かった。マリリアと話してみる。」
「お願い致します。王族籍を離れたマリリア様の立場は曖昧で、今のままではお可哀想です。それにマリリア様とジュード様の関係に疑問を持ち、騒ぎ出す者が出てくるかも知れません。願わくばマリリア様をお側におく覚悟を持ち、その事を周囲にお示し頂きたいです。」
ガイと話し終えたジュードは自室の戻って行った。
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その日の夕方、いつも通り部屋で読書をしているマリリアに声をかけた。マリリアは普段と違う雰囲気を察知したのか、本を閉じて神妙な面持ちでこちらを向いた。ジュードはどう話すか悩んだのち、結局はガイと会話した内容をそのまま彼女に伝えた。
「マリリアはどう考えている。」
「今のままお側で...お願いします。妾でも召使でも、どんな扱いでも構いません。私がお仕えしたいのはジュードだけです。」
「王族籍に戻してくれと頼む事も可能だぞ。」
「身分など気にしません。周囲の目も気になりません。お側に置いて頂けるだけで私は幸せです。」
「仮に俺が断ったらどうする?」
ジュードがそう言い終わるとマリリアは大粒の涙を流し始めた。
「私は...それを拒否する事が出来ません。...現時点で私はジュードの元へ臣籍降下した様なものです。正式な婚姻ではありませんが、周囲はそう捉えているでしょう。ジュードに断られれば、私は離縁されて出戻った女性として扱われる事になります。」
王女であれば本来はどこかの国の王子や有力貴族の嫡男に嫁げるものだが、出戻りとなると、歳の離れた貴族に後妻として嫁ぐか、正室ではなく側室として嫁ぐか、あるいは下級貴族に嫁ぐか、いずれにせよ見劣りする嫁ぎ先になる。そうだと知ればジュードは突き放さないとマルス王やマルグリットは考えたのかも知れない。
「臣籍降下とか離縁とか、随分と飛躍した考え方だな。事実として婚姻していないのだから、何もなかった様に振る舞えば良いだろうに。」
「周囲がそう捉えるという話をしただけです。先程も言いましたが、私の望みはジュードと共にいる事...それ以外を今は考えられません。...それとも私にはジュードの側に置くだけの魅力がないのでしょうか? 何か不都合があるなら教えて下さい。」
「いや、君は充分に魅力的な女性だと思っている。だからこそ君の幸せについてキチンと考えたい。それに俺は君の祖父さんの様な者だ。君の相手には相応しくないだろう。」
「ジュードはお祖父様の記憶と能力を引き継いだだけで、血と身体は異なります。それに王族が近親者と結ぶ事は珍しくありません。私の幸せを考えて頂けるのであれば、どうか側に置いて下さい。」
・・・これでは堂々巡りだ。そもそもマリリアを側に置く事について俺としては断る理由がない。むしろ過ぎた女性であると思っている。その女性が側に居たいと言うのだ。もう腹を括るしかないな。・・・
「分かった。これからも側に居てくれ。」
マリリアの表情がパッと明るくなる。
「だが、君が何者でもないという今の状況は変えたい。妾や召使にするつもりもない。どうするかはマルス王とも相談する必要があるが、将来は俺の妻として迎え入れる事にしたい。一先ずは婚約という事になるのだが、受けてくれるだろうか?」
「はい...はい...喜んでお受けします。」