第五十二話 マルグリットとの再会
【登場人物】
ジュード 主人公 英雄王ジークの転生体 〈勇者〉
ジーク かつてジョルジアを治めた英雄王 〈勇者〉
マルグリット ジークの第一王妃
マリリア ジョルジア王の末娘
フレデリカ マリリアの友人、ヨミナス伯爵令嬢
ゾルド フレデリカの許嫁、王都騎士団所属
ザイ フレデリカの愛人、王都騎士団所属
騎士団員達はどうにかジュードを止めようとするが、光の盾に阻まれて誰もジュードに触れる事が出来ない。そして近づいた者から斬り捨てられていく。闘技場の中は血の池と化していた。最初に闘技場に立っていたゾルド達はとっくに死んでいる。そうして多くの騎士団員が倒れ、残りの者達がジュードを遠巻きに囲むだけとなった時、ジュードは観客席へと向かった。ジュードにすれば不公平で理不尽な裁判に同意した観客達も敵だった。向かってくるジュードの姿に観客席にいた者達は恐怖した。
貴族の護衛と思しき何名かが顔を引き攣らせながらもジュードの前に立ち塞がり、震えながら剣を構える。ジュードはその剣ごと護衛を両断した。斬られた護衛が撒き散らす血肉が近くにいた観客達に降り注ぐ。血を浴びた者達は、声を出せず、逃げ出す事もできず、ただその場に座り込んでいた。マリリアの姿がジュードの視界に入った。ジュードは光の剣を彼女へ向けた。その直後に後方から声がした。
「ジーク、お待ち下さい...お願い。お待ちになって。あなたの事はミケから聞いています。」
久しぶりに転生前の名前で呼ばれ、ジュードは声の方を向いた。そこには近衛兵に守られながら歩く年老いた女性がいた。50年経とうとも見間違える筈はない。かつてジークだった頃に妃としたマルグリットだった。マルグリットはジュードの元まで近付いてから膝をつき、手を合わせて、まるで神にでも祈る様な姿勢でジュードを見つめた。その瞳には涙が溢れていた。
「あぁ、ジーク。お会いしたかった。貴方がいなくなって、毎日が不安でした。」
「マルグリットか。久しぶりだな。」
青年がジーク王だと確信できていなかった者も2人の会話を聞いて理解した。気が付けば周囲の者達もマルグリットと同じ姿勢でジュードを見つめている。
「この場の不合理さは理解しています。でもその前に、先ずはそのお体を癒しましょう。この場は私にお任せ下さい。」
「そうか、では頼む。」
そう言い終わるとジュードは意識を手放した。
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ジュードが意識を取り戻すまでに10日かかった。目が覚めたのは王宮の中で、ジークの時に使っていた寝室だった。部屋の中にはマルグリットと医師達が居て、ジュードが目を覚ましてホッとしたという顔つきだった。意識がない時から治療は開始されているが、1人で立てる様になるまでに2ヶ月は必要だと言われた。
目が覚めてから毎日の様にマルグリットが会いに来る。彼女と会話する中で騎士団の地下牢にいた間に起きた事が少しずつ分かってきた。
ジュードが地下牢に入れられて直ぐ、ミケはハルザンド王国へ向かい、イェルシアに事情を話した。ジークが転生した事、ジークの転生体であるジュードが森で襲われた事、そのジュードが今は騎士団の地下牢にいる事。その話を聞いたイェルシアはマルグリットへ早馬で手紙を出し、それを受け取ったマルグリットが近衛騎士団を使って騎士団の動向を調べさせた。そして決闘裁判の事を知り、闘技場に駆けつけたのだった。
「もう少し早く知る事が出来れば...本当にごめんなさい。必ずあなたの身体を元に戻します。足りない物があればなんでも言って下さい。それと、騎士団などへの処罰に関して希望があればお聞きします。」
「俺は今回の件に関与した人間の事を知らない。調査と処罰は君に任せる。あまり大事にはしないでくれ。」
「そうはいきません。きちんと処罰させて下さい。」
「そうか。まあ任せる。」
それからマルス王とマルグリットが下した処罰は苛烈だった。
ジュードへの拷問や決闘裁判に加担した者は全て騎士号などの身分を剥奪のうえ財産没収、当然ながら死傷した者への弔慰金や見舞い金の支給はなし、生き残っていた者は牢獄送りとした。例外はなく、家柄や過去の功績は無視された。直接加担していなくとも監督責任のあった騎士団員は連帯責任として一般兵に降格の上で国境警備や地方都市警備へと配置換えされた。騎士であった親や夫を失って路頭に迷う事になった家族は多数いて、彼等は国に対して救済を申し立てたが、無視された。また多くの団員が居なくなった王都騎士団は再編成される事になった。
ザイやフレデリカ達が行った犯罪は王都民に告示され、ジュードへの拷問を主導したゾルドと共に、その頭部が王都外壁の近くに晒された。ジークによるジョルジア再建以降は罪人が晒される事は稀だったので、彼等の罪は多くの人々が知る事になった。一方で、行方不明者や殺害されたライナスやアルベドの家族を含め、被害を受けたと申し出があった場合は国が手厚く補償した。
ヨミナス伯爵家を含むジュード襲撃に加わった生徒の親達は降格処分とし、罰金刑が科せられ、領地や資産の一部が没収された。結果として貴族身分を失った家もあった。当初は正式な審議を経ない王家の独断専行に対して各派閥の貴族からの抗議は激しかったが、マルグリットは国軍の動員も辞さぬ覚悟で貴族の抵抗を抑え込み、実行した。犯行の中心人物であるフレデリカ達の罪状が知れ渡ると、降格処分とした王家の判断を支持する声が上がり始め、抵抗は徐々に下火になっていった。