第四十二話 光りの中へ
【登場人物】
ジーク 主人公 ジョルジアを治める英雄王 〈勇者〉
シンシア 主人公の第二王妃 〈聖者〉
ミケ 怯者の精霊
二つに切り裂かれた影は、激しく痙攣し、そして崩れ落ちた。崩れ落ちた影から無数の小さな光が現れ、上へと昇っていきながら消えていく。おそらく贄とされた人々の魂が解放されたのだろう。魂が解放される度に影は萎んでいった。
魔神の影を切り裂いたジークは直ぐにシンシアへ駆け寄り、彼女を抱き起こした。腹部の傷は深く、大量の血が流れ出ている。シンシアは聖者の力で癒そうとしていたが、効果はなさそうだった。シンシアの命の火は今にも消えてしまいそうで、ジークはシンシアの命を繋ぎ止めようと、何度も彼女の名を叫び続けた。
「まだ終わってない。依代を壊しただけ。魔神自体を封印しないと、また何処かで同じ事が起きてしまうよ。」
ミケが叫ぶ。贄とされた魂が全て解放された後の影から赤黒い光が出てきていた。その赤黒い光はゆっくりと祭壇の奥の壁面に設置された鏡へと向かう。赤黒い光が近づくと鏡は光り始めた。そして赤黒い光は鏡の中に吸い込まれていった。
「魔神はあの鏡を使って神界へ戻ったんだ。早く魔神を追いかけなくちゃ。」
そう言われてジークは悩む。ジークの腕の中にはシンシアがいて、彼女はまだ生きている。その彼女を置いて魔神を追いかける訳にはいかない。そう考えていたジークの手にシンシアは自分の震える手を重ねて話し始めた。
「私は...これま で です...貴方は、今 やる べ き 事を。」
「君を置いて行く事など出来ない。」
「だめ よ...私が 愛した ジークは...やり とげて くれる と 信じ てる。」
ジークは涙が流しながら暫し俯いていたが、急に顔を上げ、シンシアをそっと地面に寝かせ、そして涙を拭った。シンシアに向けるジークの表情には彼の強い決意が表れていた。シンシアはそんなジークを見つめ続けていた。
「さようならシンシア。君に会えて幸せだった。」
そう言い残すと、ジークは鏡に向かって駆け出した。鏡はまだ光り続けている。その光にジークは飛び込んだ。ジークの体は鏡に吸い込まれ、そして鏡は光を失った。
シンシアはジークを見送った後、静かに息を引きとった。
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そこは光に包まれた世界。ジークがその光の中に入ると、装備や肉体が徐々に失われていき、半透明の身体と、その中にあるジークの魂だけが残った。ジークの半透明の姿の中で彼の魂が激しく燃えている。
「ここが神界か?」
(早とちりするな。ここはまだ神界の入口に過ぎぬ。)
頭の中に声が響いた。ジークが声がした方向に目を向けると赤黒い光に包まれた人型の物体が浮いている。
「お前が魔神だな...」
(まあ、その理解で良い。正確には分霊であって本体とは違うがな。それで、我が魔神だと知ってお前はどうするのだ。)
「ここでお前を倒す。多くの人々を弑したお前を許す事はできぬ。」
(くっくっくっ...倒す? 人でしかないお前がか? 笑わせるな。)
魔神が魔術で作った拳大の岩をジークに向けて放つが、その岩をジークは光の盾で弾いた。魔神は続けざまに多くの岩を放つ。ジークは2つだけ光の盾で弾くが、魔神が放った多くの岩を捌き切れず、堪らずその場を離れた。
(先程は聖者によって依代の動きを封じられてしまったが、ここなら邪魔される事はない。)
そう言いながら魔神は炎を矢を放った。ジークは横に飛び退いてその矢を避けてから前進して魔神に斬り掛かる。しかし魔神が前に突き出した手から大量の水をジークに浴びせ、彼を押し返した。
(どうした。我を倒すのではなかったか?)
魔神は腕を横に振って風の刃を放った。その風の刃をジークは視認する事が出来なかったが、光の鎧に守られて後ろに弾き飛ばされただけだった。光の鎧が僅かに削れている。魔神は続けて風の刃を放ち、防御姿勢をとったジークの光の盾と鎧を削った。
(守ってばかりではないか。やはり神である我に勝てる筈はない。)
「それはどうかな?」
魔神が最後に放った風の刃をジークは光の剣で弾いた。
(!?)
「この程度か。ようやく目が慣れてきた。慣れてしまえば問題ない。」
(何を馬鹿なことを...)
魔神は岩と炎の矢を放つが、ジークはどちらも光の盾で防いだ。
「カインの魔術の方が強力だな。お前は戦いに慣れていないのか。或いは分霊だから力が弱いのか。何れにせよお前の攻撃では俺に致命傷を与える事は出来ないだろう。」
(黙れ! 手加減していただけだ。)
魔神は次々と魔術を放つ。しかしジークはそれらを躱し、剣で弾き、或いは盾で防いだ。
「依代にいた時よりも動きが悪いぞ。弱っているのか? それともこれが実力か?」
(黙れ、黙れ、黙れ!!)
尚も魔神は魔術による攻撃を放つが、ジークはそれを捌きながら前進した。剣の間合いまでもう少しというところで魔神はまた水流をぶつけようとしたが、ジークは素早く横に移動し、前に突き出していた魔神の腕を斬り飛ばした。
(ぐわっ...)
怯んだ魔神に対してジークは斬撃を放ち、次は反対側の腕を斬り飛ばした。
(何故だ...何故だぁぁぁぁ...)
斬る、斬る、斬る...ジークは魔神の身体が細切れになるまで斬り続けた。
(...)
もはや魔神は声を発していない。細切れにされた魔神の赤黒い体が霧散し、遂には全てが消えた。残ったのはジークだけだった。暫しの静寂が訪れる。
(魔神の分霊を倒したのですね。貴方が期待通りの役目を果たした事を嬉しく思います。神界にいた魔神の本体はこちらで封じましたので、もう魔神が悪さをする事はないでしょう。)
静寂を破ってジークに優しく語りかける声がした。若い声だが、女性であるか男性であるかは分からない。
「貴方は?」
(私は貴方達が神と呼ぶ存在の一部です。神界では主神と呼ばれています。貴方を迎えに来ました。)
「私は何処へ連れて行かれるのでしょうか? もし許されるなら元の世界へお戻し下さい。」
(残念ですが、肉体を失った貴方は今のままでは元の世界へ戻る事が出来ません。元の世界に戻る機会が来るまで、暫くは神界でお眠りなさい。)
主神がそう言うと温かい光がジークを包み始め、完全にジークを包み終わると、ジークの姿は消えていた。