第四十話 魔人の拠点のその奥で
【登場人物】
ジーク 主人公 ジョルジアを治める英雄王 〈勇者〉
シンシア 主人公の第二王妃 〈聖者〉
カイン アルムヘイグ王国の大司教 〈賢者〉
イェルガ ハルザンド王国の第一王子 〈剛者〉
ミケ 怯者の精霊
「我々が使命を果たす時が近付いている。もう少しだ。もう少しで終わる。」
洞窟内の空間に低い声が響く。
「我々の使命を邪魔せんとする者共が近付いている。新たな贄を得る事も難しい。このまま贄がなくば使命を果たせぬ。だが我々にはまだ術が残っている。さあ皆のもの、バラモス信者として最後のお役目の時が来た。何も恐れる事はない。神が顕現なされれば我々は救われるのだから。」
声の主がそう告げると、中央の祭壇らしき場所の周囲で祈りを捧げていた者達が1人また1人と立ち上がって中央へと向かっていった。
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長い階段を降りると横に続く一本道で、大人が二人並んで進める程度の道幅があった。人為的に掘った、あるいは拡張したのであろう、露出した岩肌にはノミ等で削った後が残っている。所々に松明が灯されているが、それでも暗い。
「こりゃあマズイねぇ。」
ジークの右肩の辺りまでミケが飛んできて呟く。一本道に入ってからジーク達は強いプレッシャーを感じていた。緊張や恐れなどではない。明らかに一本道の先から強い敵意というか、近づくものを拒む様な圧力が漂ってきている。一本道に入った直後に兵の何人かは膝をついて動けずにいた。
しかしシンシアが降りて来ると状況は幾分かは改善した。魔に対抗できるのは聖なる力。シンシアが聖なる祈りを捧げる事でプレッシャーが弱まった。但し、シンシアの祈りによる効果は彼女を中心とした狭い範囲とその後方にしか及ばなかった。ジーク達は、ジークを先頭にそのすぐ後ろにシンシア、彼女の左右でカインとイェルガが彼女を守りながら、4人が固まって進んだ。先鋭部隊はその後方に続いた。
「既に顕現しちゃってるかもよ。足りない贄はどうしたのかな? 僕がいた時にはまだまだ先って感じだったけど。」
そうミケが独り言のように呟く。
「贄が足りない時にバラモス派の連中がやった事は明らかでしょう。」
「どういう事だ?」
「都市内が異常に静かでした。魔人達は手っ取り早い方法で足りない贄を集めたのですよ。つまり旧王都に住む住民を魔獣に襲わせたのです。」
「なんて事だ。それが事実なら許せん。」
ジーク達は進み続けた。もう随分と進んだ筈だが、未だに一本道が続いていた。魔人も魔獣も居ない。壁面の松明以外は何もない。ただ暗い道が続いているだけだった。それでも先頭にいるジークは躊躇いなく歩く、歩き続けた。そうして更に進んでやや道幅の広い場所に出たところで、カインに呼び止められた。
「後続の兵達が極度に疲弊しています。」
ジークが振り返ると、後方にいた先鋭部隊の兵達は疲労のピークに達している様に見えた。ジークは逸る気持ちを抑え、全員に小休止を取ると伝えた。兵達がその場に座り込む。
「このまま進むのは無理です。先鋭部隊を下げるしかないです。」
「やむを得んな。我々だけで進むしかないだろう。」
小休止中にカインが提案し、イェルガもそれに同調した。他の選択肢はなかった。今のままでは先鋭部隊が足手纏いになってしまう。ジークは先鋭部隊の隊長に引き返すよう指示し、ここからは紋章を持つ4人だけで進む事にした。小休止を終え、ジーク達は再び歩き始めた。それからも何度か小休止を挟んだが、シンシアの疲労が溜まってきたので、途中からはジークがシンシアを抱えながら歩いた。
今いる道は、一本道ではあるが、一直線ではなかった。緩やかに曲がりながら降りながら、まるで螺旋を描くように下へ下へと続いている。もうどれだけ深く潜ったのか分からない。進むほどに息苦しさが増してくる。空気の湿り気も強くなり、ベッタリとした嫌な感覚を肌で感じた。時間の感覚が狂ってしまい、どれだけの時間を歩き続けたのか分からない。それでもジーク達は歩き続ける。前へ前へと。
そしてジーク達はとうとう大きな広間に出た。広間の中心には祭壇があり、多くの篝火が焚かれているので明るい。祭壇の周囲には多くの人型の魔獣が重なり合って倒れている。そう、魔人達は都市の住民だけでなく己をも贄としたのだ。祭壇の中にある台座には大きく黒い影がいる。先日の影とは違いくっきりとした輪郭、その姿は翼を持った人型だった。