第三十五話 魔人の追跡と討伐
【登場人物】
カイン アルムヘイグ王国の大司教 〈賢者〉
イェルガ ハルザンド王国の第一王子 〈剛者〉
イェルシア 主人公の第三王妃 〈智者〉
剛者イェルガが率いる部隊はハルザンド、ジョルジア、および西方諸国の領域を担当し、魔人の追跡と討伐に取り掛かった。魔獣討伐会議での情報によれば、魔獣を発生させている魔人は10組。イェルガは西方諸国での討伐から着手した。彼としては、遠方の西方諸国を先ずは片づけ、その後はハルザンド、ジョルジアの順で東方に進み、途中で新たな魔人の痕跡が見つかればその都度対応、作戦が終わればライドルにいるジークと合流するつもりだった。
各国国軍との連携に大きな支障はなかったが、西方諸国の国を跨ぐ情報伝達では若干の遅れがあり、魔人の居場所を特定するのに時間が掛かってしまった。それでもどうにか最初の魔人の場所を特定し、予想地点に部隊を潜ませた。暫くすると闇夜を足早に進む人影がこちらに向かってくる。夜の闇の中で赤く光る眼が目立っている。
「魔人で間違いない。数名ずつ左右に分かれて待機せよ。」
イェルガの部隊は背を屈めて背丈の高い草に隠れていたが、イェルガの指示で兵達が左右に移動する。その微かな音に気付いたのか人影が移動速度を落として周囲を警戒し始めたが、暫くしてまた進み始めた。イェルガは人影が近づくギリギリまで隠れ、人影の先頭の何人かがイェルガの横を通り過ぎようとした時、自身の大剣を横に薙いだ。
「...」
剛者イェルガが放った斬撃は強い衝撃波を伴って先頭の人影の何人かを胴の辺りで切断し、後続の何人かを吹き飛ばした。倒した人影に目をやると、カインの報告にあった魔人の姿だった。
「1匹も逃すな。」
イェルガの指示で左右に潜んでいた兵達が魔人を包囲する。逃げ場を失った魔人達の動きが一瞬止まったのをイェルガは見逃さず、残りの魔人達に斬り掛かった。次々と魔人が倒れていく。やや離れた場所では兵が数名ずつに分かれて魔人を抑えている。近場の魔人を討ち取り終えたイェルガはそちらへ加勢していった。全ての魔人が討ち取られるまでの時間は僅かだった。
「お疲れ様でした。さすがイェルガ様です。我々では魔人を抑えるので精一杯でした。この場の全ての魔人が討ち取られた事を確認済みです。周囲の偵察兵も魔人の逃亡はなかったと報告してきました。」
配下の兵がイェルガに報告した。
「よし。では伝令を出して魔人の亡骸は後続の部隊に回収させよ。我々は次の場所へ移動するぞ。1日でも早く魔獣発生を終わらせよう。」
話が終わるとイェルガは部隊を取りまとめて移動していった。
次の魔人の居場所は西方諸国とアルムヘイグとの国境付近、起伏のある平原だった。時間はまたしても夜間。小高い丘の上に立てば容易に相手を発見できるが、夜間では見落としもあり得る。相手に先に発見される可能性もあった。イェルガは仕方なく兵を分散配置したが、結果、分散させた兵の一部が魔人に襲撃されてしまった。結局は騒ぎを聞きつけたイェルガが魔人を一掃したが、兵の犠牲は少なくなかった。
魔人討伐はハルザンドおよびジョルジアへと場所を移して継続されたが、かなり早いペースで進んだ。ハルザンドからはイェルシアが参陣し、智者である彼女の指示に従った事でそれ以降の作戦が加速し、また兵達の被害が抑えられた。魔人討伐がひと段落した後、ハルザンド国軍およびジョルジア国軍はライドル共和国との国境警備に就き、新たな魔人の侵入に備えた。
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もう一方の賢者カインはアルムヘイグ、スーベニア、および旧ゲイルズカーマイン地域にある各国を担当した。前半のアルムヘイグおよびスーベニアではカインの魔術に加えて智者イェルシアの後方支援を受けて早いペースで魔人討伐を進められたが、旧ゲイルズカーマイン地域に入る頃にイェルガ部隊での被害が報告された。カインの部隊に被害がない訳ではないが、数字を見る限りはイェルガの方よりは少ない。
「イェルシアさんはイェルガさんの支援に向かって下さい。」
「良いの? ゲイルズとカーマインの領域は広いわよ。私達が認識していない魔人がいる可能性も高いわ。」
「もちろんイェルシアさんが抜ける影響は出ますが、だからと言ってハルザンドやジョルジアの作戦を遅らせる事は出来ません。幸いにもこちらは予定を前倒して進んでいますし、担当地域は大国が多い。ここからはそれらの国の国軍も戦闘に参加してもらうつもりです。」
「一般兵での討伐になると被害が増えるわよ。」
「このまま市井の人々に被害を出し続けるよりはマシな筈です。」
「そうね...分かりました。私は兄の方に向かいます。」
旧ゲイルズカーマイン地域に入ってからは、カインは後方での作戦指揮に専念し、各国国軍を使って魔人討伐を進めた。国軍兵の被害は少なくないが、各国で同時並行的に討伐でき、早期に魔人による魔獣発生を抑える事で、結果的に魔獣による街や村への被害を減らせると目論んでいた。カインのこの目論見は成功し、魔獣被害を低く抑える事が出来た。カインは魔人討伐が完了したことを受けて、新ゲイルズ王国の国軍をライドル共和国との国境に配備し、新たな魔人の侵入に備えた。
ここまでの作戦によりイェルガとカインは魔人をライドル共和国へ封じ込む事に成功し、国境警備の配備を確認した後、二人はライドル共和国にいるジークの元へ向かった。