第三十四話 魔獣討伐作戦
【登場人物】
ジーク 主人公 ジョルジアを治める英雄王 〈勇者〉
シンシア 主人公の第二王妃 〈聖者〉
カイン アルムヘイグ王国の大司教 〈賢者〉
イェルガ ハルザンド王国の第一王子 〈剛者〉
イェルシア 主人公の第三王妃 〈智者〉
魔獣の襲撃が数日おきに場所を移動しながら発生する事、そしてその発生に人型の魔獣が関与していると考えられる事はアルムヘイグ王国から周辺国へ伝えられた。人型の魔獣...魔人と呼ばれる事に決まったが、魔人について把握しているのはアルムヘイグだけだった様で、この情報を受け取った各国で魔人の捜索と討伐が始まった。それによって徐々にではあるが魔獣被害が減っていった。
ジョルジアでは大陸の全ての国が参加しての魔獣対策緊急会議が開かれていた。会議室の中心に据えられたテーブルには、ジョルジアからはジークとマルグリット、ハルザンドからはイェルガとイェルシア、アルムヘイグからはカイン、各国国軍の軍団長クラスとそれぞれの補佐官が座っていた。その他にも各国の文官がテーブルを囲む様にして座っている。会議の目的は魔獣に関する情報共有と今後の討伐に向けた協力体制の取り決めで、カインが会議全体を主導していた。
「先ずは各国の被害状況を共有します。各国から報告されたものを纏めたもので、正確に把握するのが困難な場合も少なくない為に概算値でしかありませんが、大凡の状況は把握して頂けると思います。」
カイン配下の文官が被害状況を纏めた資料を配る。
「こっ、これは...」
「大陸全土でこんなにも被害が出ているのか...」
「今回の会議で決定した作戦行動を各国で批准する際に必要でしょうから、この資料はそのままお持ち帰り下さい。資料を読んで頂ければお分かりになると思いますが、魔獣被害の発生は、特に初期においては大陸中央と東部に偏っています。地図で見てみましょう。」
中央のテーブルに大きな地図が置かれた。地図には魔獣発生場所と日付が記載されている。この時代の地図は各国にとって戦略上の機密情報であり、本来は国外の人間に見せるものではない。その為、この会議では大まかな国境線と主要都市だけを記載した簡易的な地図が使われた。
「既に各国には書面でお知らせしていますが、魔人は場所を移動しながら魔獣被害を発生しています。この様に...」
カインは自国であるアルムヘイグで魔人を討伐した場所をペンで指し、そこから日付を遡りながら魔獣被害の発生場所を線で結んでいった。線はアルムヘイグからジョルジアを通り更に大陸東部へと続く。カインは他の国での魔獣被害も同様に線で結んでいった。幾つもの線が引かれたが、その線を辿れば、魔獣発生が旧ゲイルズカーマイン帝国の北西、現在のライドル共和国という小国の辺りに辿り着く事が分かる。
「...」
線が加えられる度にライドル共和国からの参加者の顔が徐々に青ざめていく。
「おそらくライドル周辺の何処かに魔人の拠点があり、そこから魔人が大陸の四方へ移動しながら魔獣を発生させていると考えられます。その為に初期の被害が大陸中央と東部に集中していたのでしょう。」
ライドル共和国はゲイルズカーマイン帝国の解体に伴って復活した国で、東は新ゲイルズ王国と、西はハルザンドやジョルジアと国境を接している。ゲイルズカーマインに併合される前は王政であったが、既に王統は途絶え、現在は国内にある都市国家の連合という色合いが強い。そうした政治体制であるが故に、中央政府の権限は弱く、各都市の自主性に委ねられている。魔獣への対応も都市毎で異なり、会議に参加していたライドルの代表者は国内状況を把握しきれていなかった。
「各国が協力して直ぐにライドル周辺の調査を進めるべきだ。」
「あぁ、我が国も協力するぞ。」
「こちらもだ。」
「ちょっと待ってくれ。それはライドルに他国の兵を入れるという事か? それは受け入れられない。」
慌ててライドルの代表者が口を挟む。旧帝国に併合された過去があるライドルとしては他国の兵を自国に入れたくはない。
「何を言っている。貴国だけで魔人や魔獣には対抗できぬであろう。」
「そうだ。そもそも発生元であるライドルは今まで何も出来なかったではないか。」
「そもそもライドルが裏で糸を引いている可能性もあるのだぞ。」
「兵の受け入れを拒否するなら、周辺国がライドルを潰すつもりで進軍するしかない。」
中央政権の権限が弱いライドルだけで十分な調査が出来る保証はなく、また魔人の拠点が発見された場合にライドル国軍だけで対処できる保証もない。既に大陸全土で被害が発生している以上、ライドル側は拒否する立場になかった。各国の強い意見に押され、ライドル側が最終的に譲歩した。但し、ライドル側の不安へある程度は配慮する必要があり、ライドル国内への兵の派遣は最少人員とし、常にライドル国軍が同行する事に決まった。
「少数でライドルへ部隊を派遣するとしても、魔人の拠点があるとすれば、その部隊は非常に危険な状況に陥る可能性があります。先鋭を派遣するのは当然として、その部隊をジョルジアのジーク王に率いて頂きたい。」
「そうだな。英雄であるジーク王が適任であろう。」
「我が国も賛成だ。それ以外は考えられん。必要な物資や金銭は遠慮なく申し出てくれ。」
「スーベニアも教会を通じてご協力いたします。」
「ゲイルズはなにか起こった時の為に国境線で兵を待機させよう。」
「分かりました。ライドル調査の件をお受けしましょう。」
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その後も会議が続き、大陸内を移動していると思われる魔人の追跡と討伐はカインとイェルガを中心とした2つの部隊が受け持つ事に決まった。イェルシアは後方支援と各国間の調整役を任された。各国の国軍は従来通り魔獣の襲撃に備える事とし、カインとイェルガの部隊が国境を超える際の手続きの簡素化と、魔獣発見の際の情報伝達についても取り決めた。
「ライドルでは私の聖者の力が必要です。」
途中から参加していたシンシアの突然の発言に多くの参加者が驚いたが、カインとイェルシアは予想していた様子だった。魔人の拠点では何が起きるか分からない。聖者の治癒の力があれば大きな助けになるのは確かだった。また魔に魅せられた存在が魔獣であるなら、聖なる力で対抗できるかも知れない。その可能性をカインとイェルシアが指摘した。しかし戦闘力のないシンシアの同行は危険が伴う。ジークは反対したが、シンシアの覚悟を覆す事ができなかった。結局はシンシアがジークに同行する事で決着した。