第三十三話 洞窟の奥で
広い部屋の中央に卵の様な物体が置かれている。物体は人の背丈の何倍もあり、表面は濡れた肉壁で覆われており、その周囲を血管の様なものが格子状に幾筋も這っている。よく見れば肉壁も血管も脈打つ様に動いて、まるで生物であるが、こんな生物を誰も知らない。物体の周囲は石造りの祭壇の様で、その祭壇の周囲では松明が灯され、その淡い灯火が中央の卵の様な物体を照らす。
部屋の周囲の壁面は岩肌が露出し、所々に人が削ったであろう痕が残っていて、ここが地下の空洞かあるいは洞窟の中を広げて作った空間である事を示していた。部屋の中の湿度は高く、岩肌からは水滴が滴り落ちていた。
時折、部屋の入口から次々と淡い光の玉が現れ、その光が卵の様な物体の中へと吸い込まれていく。その度に卵は内側から赤紫色に光り、その光は物体の中に巣食う何かの影を浮かび上がらせるが、その影の輪郭は不明瞭で、中に何がいるのかは判別できない。何かがいる。分かるのはそれだけだった。
祭壇上の卵の周囲では数名の人間が動き回り、何かの作業をしている。また祭壇の周りには広く平らな空間があり、そこに大勢の人間が座り、物体に向けて祈りを捧げている。
「まだまだ贄が足りぬ。」
祭壇上の1人が声を発すると、その声が部屋中に響き渡る。それを聞いて、祭壇上で作業をしていた他の人間や、周囲で祈りを捧げていた集団が一斉に動きを止める。
「どうも先に放った者共は役目を終えた様だ。一足先に神の元へと参ったのであろう。だがこれでは我等の使命を果たす事ができぬ。追加で誰かを放つべきだろう。」
声を発した人間が周囲で祈りを捧げている集団の一角を指差すと、その一角に座っていた数名の男達が静かに祭壇の近くまで来て跪く。
「分かっているだろうが、我等の使命を果たすには更に多くの贄が必要だ。急ぎ各地へ散って贄を集めよ。この役目を与えられる事を光栄に思うが良い。」
その言葉が終わると跪いていた数名の男達が何も言わずに出口へと向かう。男達が部屋から出ていくのを見届けてから、残った集団はまた作業や祈りを続けた。部屋から出た男達は、マントを羽織り、屋外へと出た。外は新月で、星明かりだけの暗い中を男達は進む。男達の眼は赤く光っていた。