第三十二話 人型の魔獣
【登場人物】
カイン アルムヘイグ王国の大司教 〈賢者〉
ジョルジア王国の西方、アルムヘイグ王国でも魔獣の被害が発生していた。アルムヘイグは軍を投入して被害の最小化を図っていたが、ジョルジアと同様、被害を完全に防ぐ事が出来ずにいた。魔獣に対する軍の中には、賢者カインと彼が指揮する聖騎士隊の姿もあった。
この日、カインはアルムヘイグ北方の街に襲いかかる魔獣の群れを防いでいた。街に迫る魔獣にカインが炎の魔術を幾つか落として数を減らし、大楯を持って横並びした兵士達が残りの魔獣の突進を受け止め、残りの兵士が長槍を突き刺して仕留める。魔獣は兵であれ民であれ生きている者がいれば向かってくるので、索敵で魔獣を早期発見できれば軍による討伐は難しくはない。この繰り返しで最近は街や村への魔獣の被害を減らす事が出来ている。しかし盾役の兵士の損耗は少なくなかった。カインも連日の魔術の行使で疲労していた。
「誰かいつもの地図を持って来てくれ。」
カインは手渡された地図に魔獣発生した場所に日付と規模を書き込んだ。これまでカインの部隊やアルムヘイグの他の部隊が討伐した情報も書き込まれている。カインは前回と今回の魔獣発生場所を線で結ぶ。
「今回も予想通りだったな。次はこの辺りか。」
カインは魔獣発生箇所の推移を見ていれば次の襲撃場所が大凡予想できる事に気が付いていた。大凡の場所や時期が分かれば対処はし易い。それも魔獣被害を減らせている理由だった。
魔獣襲撃は複数箇所で同時発生する訳ではなく、一箇所ずつ、1〜3日おきに場所を移動しながら発生している。また一度発生した場所で直ぐに次の魔獣襲撃が起きる事はない。そこまで分かれば、魔獣襲撃が発生した場所の周辺で狙われそうな次の街や村を予想し、部隊を待機させておけば良い。時折は複数同時の襲撃もあるが、その場合の襲撃は国境付近で、おそらくは他国で魔獣襲撃を起こしていた何かが国境を超えてアルムヘイグに入り込んだ為だと考えられた。
「もう傾向を把握するのは十分だろう。そろそろ魔獣を発生の原因となる『何か』の方をどうにかしたい。」
「討伐や早期警戒の兵とは別に『何か』を探る偵察兵を周囲に潜ませると言う事ですね。」
「そうだ。次の予測地点がここ。この周辺の森林や山間部に偵察兵を潜ませよう。魔獣襲撃が人為的なものであるならば、その現場を押さえられるか、それが無理でも何らかの手掛かりが得られるかも知れない。」
「了解しました。直ぐに偵察兵を配置します。」
カインと話していた聖騎士の1人がその場を離れていった。
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何度かの魔獣発生と討伐を経て、偵察兵はとうとう魔獣の群が発生したと思われる場所から立ち去る複数のマント姿の男達を発見した。偵察兵は密かに尾行を続け、連絡を受けたカインは聖騎士隊と共にマント姿の男達が通るであろう森の出入口に潜んで待ち構えた。そして発見の翌日の夜、マント姿の男達が一列になって森から出てきたところで聖騎士隊が一斉に襲い掛かった。
「囲め、一人も逃すな。」
聖騎士隊の隊長が叫ぶと聖騎士達はマント姿の男達を囲み、その輪を徐々に狭めていった。森からは偵察兵も出てきて退路を塞いだ。月明かりに照らされたマント姿の男達の表情を窺い知る事は出来なかったが、慌てた様子はない。男達はゆっくりと密集し、そして徐に包囲の一方へと襲いかかる。それを見て聖騎士達も一斉に斬り掛かり、乱戦となった。マント姿の男達は武器を持っていないが、その膂力は常人のそれとは違い、聖騎士の何人かを弾き飛ばした。しかし聖騎士達は怯まず、数名が組になって相手と対峙し、次々と男達へ剣を突き立てた。一人の男が包囲を突破して逃げ去ろうとしたが、カインが土の魔術で作った壁に行手を阻まれ、追ってきた聖騎士に後ろから切り捨てられた。
「カイン殿、これをご覧下さい。」
「こっ、これは...人...なのか...」
戦闘が終わり、マント姿の男達が全て打ち倒された後、カインや聖騎士達は討たれた男達を見て驚かされた。マントに隠されていた姿は黒い肌に赤い目、獣の様な牙や爪、がっしりとした体格、人に近い容姿ではあるが、明らかに普通の人間ではない。人型の魔獣と言える何かだった。
「分かりません。戦闘が開始されるまでの行動は人の様でしたが、戦闘での様子はまるで魔獣でした。この様な生物は過去に報告されていません。」
「魔獣の大量発生の原因はこいつだろうが、目的や動機が未だ分からないな。そもそも我々に理解可能な目的があるかすらも分からないが...」
魔獣と同じ強靭さを持ち、魔獣と異なり考えて行動する。しかもおそらくは魔獣の群れを発生させる事が出来る。この大陸の人々にとっての新たな脅威だった。
「一先ずこの生物の亡骸を回収して王都へ送ってくれ。解剖して生物学的な特徴を整理しておく様に。それと、これまでに分かった魔獣発生の調査結果と共にこの生物の事を急ぎ他国とも共有する必要がある。他国との共有の場は私が王都に戻ってから調整するが、ジョルジアのジーク王にだけは先に概要を伝えて欲しい。後でジーク王宛の書簡を渡す。」
聖騎士にそう指示してからカインは再び人型の魔獣に目を向けた。